* * *
よく晴れた合宿2日目。
体調はバッチリだ。
今日こそ止まるトス成功させてみせると意気込み、まずは腹ごしらえと食堂に向かった。
食堂についてまずやることは、菅原さんを探すこと。
怪しまれない程度にあたりを見回すと、賑わう食堂の中、入り口付近の席に座っていた。
向かいの席にいるのは音駒のリベロだ。
俺はトレーを手にし、飯を載せていく。
今朝は鮭定食か。
鮭うめえよな。
ポークカレー温玉のせには負けるけど。
そして俺は、菅原さんの座っているテーブルから2つ離れたテーブルの、真正面にはならず斜めから菅原さんが見える程の席に着く。
テーブルを2つも離すのは、万が一にも見ていることを気づかれたくないから。
食事をしつつ、周囲の様子を見るふりをして菅原さんをチラ見する、幸せ。
ここが俺の特等席。
いただきますと箸を持つと、上から声がふってきた。
「おはよう影山。ここ空いてる?」
いつの間にか赤葦さんが、俺の席の正面に立っていた。
「!おはざす赤葦さん。空いてます」
「よかった」
そう言うと赤葦さんは、俺の左斜め向かいに座った。
「…」
なんてこった。
正面じゃねえのか。
そこに座られると菅原さんが見えなくなる…。
今日はその分休憩中にいっぱい見よう。
そう思っていたら、赤葦さんは少し俺の正面の方に移動した。
「?」
「…座り心地が悪かったから」
食堂の椅子にそんなもんあるのか。
田中さんが言ってた通り”してぃぼーい”は違うな。
あ、でもこれで菅原さんが見えるようになった。
よかった。
そんな事を考えてたら隣から声がかけられた。
「おはよう飛雄、隣いい?」
孤爪さんが、いつの間にか俺の隣に立ってた。
「!おはざす研磨さん。どうぞ」
「ありがと」
研磨さんはトレーを置くと俺の左隣に座った。
さあ食事の続きをと思ったらめんどくせえ声が聞こえてきた。
「影山!なんでもう食ってんだよ、探したぞ!」
「ああ!?俺がいつ食おうが俺の勝手だろ!」
日向がトレーを手に隣に立ってた。
「そうだけどよー…一言かけてけよな」
「は?めんどくせえ」
「ケチ!」
「俺はケチじゃねえ!」
日向が俺の右隣にトレーを置いたのを見計らって頭握ってやった。
痛え!って叫んでた、ザマアミロ。
「研磨もよー、行くなら誘えよ」
「…めんどくさい」
「薄情者!」
研磨さんの言う通りだ。
飯ぐらい好きに食わせろ。
「日向!なんで置いてくんだよ!」
またうるせえのが来やがった。
「悪いリエーフ!影山が先に来てるのが悪い」
「ああ!」
なんで俺のせいなんだよ!
くそ腹立つなコイツ。
「おはよ飛雄!」
「…おう」
ニコニコ顔だったリエーフが、空いてる席…日向の正面を見た途端不機嫌になった。
「赤葦さんもっとそっち詰めて下さい。なんでそんな中途半端な位置に座ってんすか?俺飛雄の正面がいい」
「…断る。灰羽には関係ない」
赤葦さんの言う通りだ。
詰められたら菅原さんが見えなくなる。
グッジョブです赤葦さん。
「ひどいっす!」
この鮭うめえ。
味噌汁も沢庵もうめえな。
俺は飯をかき込みながら菅原さんをチラ見した。
飯を口いっぱいに頬張る姿もカッコよかった。
煮物に視線を戻し、昨夜の菅原さんとの会話を思い出す。
サラサラストレートがそんなに好きなのか。
菅原さんのぴょんぴょんはねる髪もいいと思うけどな。
優しい菅原さんに合ってる。
合うと言えば菅原さんは王子様の衣装が似合うよな。
白い服に赤いマント、頭には金色の王冠を乗せ白馬に乗った菅原さん…やべえカッコ良すぎる!
【王子様な菅原さんは、白馬に乗って世界を旅する。
なぜ旅をしてるかと言うと、菅原さんの父親…王様のカツラを探しているからだ。
王様は国民の前に姿を現す事がほとんどない。
なぜならハゲだから。
ハゲでは王冠を乗せても落ちてしまうから、王様は人前に出れなくなっているのだ。
王子様の菅原さんは、そんな王様のために(王様の希望である)サラサラストレートなカツラを探して世界中を旅していた。
しかしある時、白馬が岩につまづき骨折してしまう。
途方に暮れた菅原さんの前に、ちょうど通りかかった俺が声をかける。
菅原さんは俺の髪に目を奪われこう告げる…”その髪でカツラを作らせて下さい!”】
「ブフッ」
「ブッ」
聞こえた音にビックリして我に帰ると、研磨さんと赤葦さんが味噌汁を吹き出してた。
「うわっ!」
「大丈夫っすか!?」
日向とリエーフもビックリしてた。
味噌汁が熱すぎたのか?
「ティッシュいりますか?」
差し出したティッシュを、二人とも受け取った。
「ありがとう…」
「…ありがと」
指先が震えてるのは気のせいか?
その後も、菅原王子様と俺の物語は食事を終えるまで続いた。
最終的に菅原王子様と俺は結婚し、2人は祝福され幸せになった。
いい話だった。
研磨さんと赤葦さんは、その後も何度か吹き出してた。
飯しょっぱかったのか?
食器を片付けてたら日向に言われた。
「お前ぼーっとしすぎ。起きてますか?」
「?飯食ってただろ」
「そーゆー事じゃないです!」
何言ってんだこいつ?
食堂を出る時、研磨さんと赤葦さんに声をかけられた。
「また一緒に食事してもいい?」
「?」
「昼食とかも、できたら飛雄と食べたいんだけど」
「!なんでっスか!?」
ビックリした。
そんな事初めて言われた。
「影山と食べたいから」
「うん」
「!お願いしあす!」
勢いよくお辞儀した。
嬉しかった。
2人も嬉しそうだった。
本当、いい人たちだ。
* * *
研磨さんと赤葦さん。
他校のセッターと、人付き合いがあまりうまくない俺が何故知り合いのようになっているかというと、話は前回の東京合宿までさかのぼる。
7月初め、初めての東京合宿(1泊2日)の夜。
腹が減った俺はいつもより早目に夕食をとっていた。
運がいいことに菅原さんもいて、いつものベストポジションから菅原さんをチラ見してたら、なんと。
「…隣いい?」
音駒のセッター…孤爪さんが声をかけてくれたのだ。
ビックリした。
「うす!」
5月のGW合宿の試合の時は、聞きたいこといっぱいあったけど声かけられなくてそのままだったから、今がチャンスとばかりに質問した。
「孤爪さんは何がきっかけで」
「…研磨でいい」
「?」
「苗字で呼ばれるのあんまり好きじゃない」
「…研磨さん?」
「さんいらない」
「研磨さん」
「うん…」
よかった、先輩を”さん”なしで呼ぶにはハードルが高すぎる。
ここぞとばかりに聞きたいことを質問しまくった。
研磨さんはビックリしつつ”順番に、1つずつ”と言って、質問に答えてくれた。
時間はあっという間に過ぎた。
まだまだ聞きたいことがあったけど、研磨さんも俺も飯食い終わってしまった。
残念に思ってたら
「聞きたいことあったらいつでも声かけて」
そう言って研磨さんは食堂を後にした。
感激で胸がいっぱいになった。
だから次の日も、空いた時間を見つけては研磨さんに質問しまくった。
いつでも嫌な顔せず答えてくれた。
「お前、いつの間に研磨と仲良くなったんだよ」
日向に聞かれた。
「?研磨さんが優しいから」
「答えになってねーよ!」
なんでだよ!
「よかったな」
菅原さんが頭をグシャグシャしてくれた。
嬉しかった。
ポンポンじゃなくて残念だったけど。
2回目の東京合宿初日も、研磨さんは声をかけてくれた。
けど、前回までで聞きたいことは聞いたのと、今は止まるトスのことで頭がいっぱいだったから特に質問しなかった。
それなのに研磨さんは、時々声をかけてくれた。
話すことはなかったので何も話さなかったけど、研磨さんはそのまま俺の側にいてスマホを見てた。
何となく嬉しかった。
その日、何度目かの休憩中。
音駒のリベロと楽しそうに話す菅原さんを、体育館の壁を背に座りチラ見していた俺の隣に、いつの間にか研磨さんが立ってた。
「…飛雄、何か聞きたい事とかない?」
「ないです。あざす」
それでも研磨さんは嫌な顔しない。
「そう。何かあったらいつでも聞いてね」
そう言って、おれの隣に腰を落とした。
何も話しかけてこないので、俺は気にする事なく空想を始めた。
いつもなら菅原さんだけど、今は研磨さんがいるから研磨さん。
…俺の中で研磨さんは、忍者の末裔なのだ。
【深夜、誰もが眠りにつく頃、研磨さんは動き出す。
家族の誰にも気付かれることなく、黒装束に身を包んだ研磨さんは窓から家を抜け出す。
窓からだって大丈夫、なぜなら忍者だから。
屋根から屋根へと飛び移り、研磨さんはある1軒の家の上で止まる。
そこは、音駒のウィングスパイカー山本さんの家の屋根だった。
空いてる窓から部屋に侵入すると、ベッドで山本さんが寝ている。
研磨さんは服のポケットからバリカンを取り出すと、寝ている山本さんに気付かれることなく彼の髪を刈り始めた!
中央部分を残し、両側の髪を刈り取った研磨さん。
実は山本さんの髪は「伝説のモフ」として、忍者の里で薬の材料として重宝されているのだった…】
「ブッ」
「ブフッ」
「?」
なぜか両隣から吹き出す音が聞こえ、右(研磨さんと反対側)の方を見ると誰かの足があった。
上を見ると梟谷のセッター…赤葦さんがいつの間にか立ってた。
「!」
ビックリした。
聞きたいことあるけど聞いていいのか?
でも迷惑じゃねえかなとか悩んでたら、赤葦さんから声をかけてくれた。
「…何か聞きたいことがあれば、俺も教えてあげるよ」
感動した。
”してぃぼーい”ってこんな優しいのか?
赤葦さんと研磨さんだから優しいのか?
どっちかわからなかったけど、チャンスとばかりに質問しまくった。
嫌な顔せず丁寧に教えてくれた。
休憩時間はあっという間に過ぎた。
研磨さんを見たら変な顔してた。
研磨さんも赤葦さんに質問したかったのか?
スンマセン俺が独占してしまいました。
次気をつけます。
それからは赤葦さんも時々声をかけてくれるようになり、質問があれば質問する。
なければ特に会話をする事もなく、なぜかそのまま俺の側にいる。
研磨さんと同じ。
2人は時々、急に吹き出したり笑うのを我慢してたりするのが不思議だけど、思い出し笑いとかいうものだろう。
さすが”してぃぼーい”。
東京はすげえな。
もう1つ不思議だったのは、研磨さんと赤葦さんの仲だ。
2人で会話する所を見た事がないし、俺がいる時も2人が話すというのは1度もなかった。
何度も合宿してるなら知り合いじゃねえのか?
でも学校違うと話す事もそうねえよな…俺がそうだし。
じゃあこれでいいかとそれ以降気にしなかった。
優しくて、バレーもすごい研磨さんと赤葦さん。
こんな人たちと仲良くなれて俺は幸せだ。