* * *
時は過ぎ8月下旬。
早朝、いつもと同じ時間に家を出る。
夏の日差しをできるだけ避け学校に向かう。
部室のドアを開けると、木兎さん、木葉さん、小見さんが既にいた。
この人達が俺より先に来ているのは珍しい。
「おはようございます」
「!おう!」
”やべっ!来ちまった”
「早いな赤葦」
”頼んだぞ木兎!”
「いつもこんな早えーのかよ!」
”任せろ!”
なにやらコソコソ企んでいるようだが、そんなもの俺(テレパス)の前では無意味だ。
我が身に降りかかる前に計画を探り、釘を刺しておこう。
ただでさえ憂鬱だった気持ちがさらに重くなる。
…今週末は、3回目の烏野との合同合宿日。
また影山を避けなければならないかと思うと、この世の終わりのような気さえする。
鬱々とした気持ちで着替えていると、木兎さんが能天気に話しかけてきた。
「土曜はまた烏野来るな!」
”赤葦も楽しみだろ!”
人の気持ちも知らずにと八つ当たりしそうになるが、一応先輩だからとぐっと堪える。
「…そうですね」
「赤葦はあれだな!影山くんには直接言わないと通じねえと思うぞ!」
”赤葦ならできる!頑張れ!”
「!バッカ!お前!」
”ストレートすぎだろ!”
「木兎まじふざけんな!!!」
”誰だよこいつに任せようって言った奴!”
言葉の意味を理解できない間に、木葉さん小見さんが木兎さんの口封じにかかる。
だがそれくらいで抑えられるような人ではない。
「間違ったこと言ってねーだろ!!」
”赤葦のやり方がまどろっこしいって話だろ!”
「そうだけど言い方!」
”もっとオブラートに包めよ!”
「赤葦はお前と違ってデリケートなんだからな!」
”初めての本気の恋かもしんねーんだぞ!”
「……は?」
思わず言葉がこぼれる。
彼らが何を言っているのか(考えているのか)、到底理解できなかった。
「影山にって……………………もしかして、俺が影山を好きだと…そう言ってるんですか?」
どうしてそうなった。
本気でワケがわからない。
ついに頭が沸いたんですか?
この事態に驚いたのは、俺だけではなかった。
珍獣でも見るかのような目で俺を見ながら、木葉さんは告げる。
「え?赤葦マジで言ってんの?」
”まさかの無自覚!?”
無自覚も何も、勝手に誤解したのはそっちだろう。
「マジも何も…俺は影山をそういう目で見たことはありません」
「ハァァアアー!?」
”何言ってんだこいつ!?”
”マジかよ!”
「赤葦どう考えても影山君大好きだろ!」
「だから何でそうなるんですか…第一影山は男ですよ?」
「そうだけど…」
”俺らも最初何で影山!?って思ったよ?”
その通りです木葉さん。
「…赤葦ってさ、周りが振り回すのをハイハイと流すっつーか、世話係が板についてるっつーか。自分から何かしようとすることってあんまないじゃん?」
”受け身っつーかなんつーか”
否定はしませんよ小見さん。
「そのお前がよー、影山君には積極的に話しかけてたじゃねーか」
”あんな楽しそうな赤葦初めて見たぜ”
それは認めます。
「…他校とはいえ、可愛い後輩を構っただけでどうしてそういう話になるんですか」
「いや俺らもね、最初はあー赤葦、影山君のこと気に入ってんな、うちにはいないタイプだからかなんて思ってたわけよ」
”後輩として気に入ってんなとしか思わねえよ、普通”
「それで合ってますよ」
「いやでもお前さ、合宿でスイカ出た時駆け寄っただろ、影山君に」
”烏野の3年セッター押しのけてよ”
押しのけたつもりはなかったが、木葉さんにはそう見えたのなら仕方ない。
「…中々起き上がらなかったので、心配だったんです」
「…でよ、烏野の2番と影山君が手繋いで保健室行った後、お前目に見えて落ち込んだだろ。あれで俺らあれ?って思ったわけよ。赤葦ってもしかしてそういう意味で影山君のこと好きなの?って」
”あん時マジビックリしたわ。赤葦が不調になるほど落ち込むって、それほどマジだったのかよってな!”
…落ち込んでた?確かにあの時はなぜか不調だったが…。
「それはたまたまで」
「あー!マジだこいつ!マジで気づいてねえ!」
”マジかよ!”
マジマジうるさいです木葉さん。
人の話を遮らないでください。
「赤葦さぁ…かなり影山君のこと好きだと思うよ?」
”いい加減認めろよ”
俺は無実です、小見さん。
「だからそれは可愛い後輩として」
「だーっ!グダグダ赤葦らしくねえ!」
”話が進まねえ!”
イラついたように木兎さんが叫びをあげる。
この言いがかりはいつまで続くんだ。
「そもそも木兎さんが」
「赤葦!影山くんとキスできるか!?セックスは!?」
”これでどうだ!”
「お、おい木兎!?」
”何言い出すんだこいつ!”
小見さんの動揺も最もだ。
「…は?ですから影山は男で」
「いいから答えろ!できんの?できねーの!?」
”どうなんだ!”
何でそんなことをと言いたかったが、こうなった木兎さんは頑として譲らない。
適当に返事してもよかったが、ふとイメージが脳裏をよぎる。
…影山とキス…
喜ぶとムズムズさせる、あの可愛い唇に触れるのか…悪くない…どころか、むしろ貪り尽くしたい。
時折のぞかせる赤い舌に吸い付いたら、どんな反応を示すだろう。
そういう知識はなさそうだから、驚いて顔を真っ赤にするに違いない。
…”王子様”との空想はいつもフレンチキスだった。
そしてあの子の唾液を飲み込んだなら…羞恥のあまり泣き出しそうだ。
気が強そうに見えて、思考はだいぶ乙女だからね。
「…キスはできますね」
「!?」
”マジで!?”
「おお…」
”悩んでる時点でそうだろうとは思ったが…”
「!んじゃセックスは!?」
”これでどーだ!!”
…影山とセックス…
さすがに男との経験は皆無だが、女性相手とそう変わらないだろう。
俺の部屋、ベッドの上で俺に背を向け、あの子は自ら身につけているものを1枚ずつ剥ぎ取っていく。
生まれたままの姿になったあの子の肌は羞恥に赤く染まり、緊張からだろうか、肌は軽く汗ばんでいる。
壁を背に、ベッドの上に膝を抱え座り込む。
よほど恥ずかしいのだろう、顔は俯いたままだ。
”…赤葦さん”
愛おしそうに俺の名を呼び、恥じらいながらも少しずつ足を開いていく。
秘部を晒しきり、ゆっくりと顔を上げたあの子は、俺の目をまっすぐ見つめると告げた。
”この先を…教えてください”
「喜んで」
「やっぱ好きじゃねーか!!!」
”やっと気づいたのかよ!!”
3人の声がハモる。
息ぴったりですね、珍しい。
「お前尾長とか後輩とキスしたりセックスしたいって思うか!?」
”思わねーだろ!”
木葉さんが唐突にくだらない質問を投げかける。
「何言ってるんですか気持ち悪い。俺に近寄らないでください」
「俺じゃねーよ!できねーだろ!普通はそうなの!ただの可愛い後輩にそんなことしたいと思わねえの!」
”そうだろ!”
「まあそうですね」
「でも影山君はそうじゃねーんだろ?キスとかセックスできんだろ?したいと思うんだろ!」
”喜んでとか言ってたなこいつ。ノリノリじゃねーか!”
「…そうですね」
「…つまり影山君のこと、そういう意味で好きってことだろ!」
”これで分からなかったらどうすりゃいいんだ!?”
…俺が
「影山を…好き…」
何かが胸に落ちた。
* * *
「いよいよ明日だな、烏野来るの。…あー…研磨、お前このままじゃ影山君に嫌われるぞ?」
8月最後の金曜日。
練習後、親に誘われたクロはおれの家で夕食をとることになった。
その後クロはおれの部屋でくつろぎ始め、いつものことだからと気にせずおれは風呂に向かった。
そうして風呂から上がったおれに、クロがさっきのとんでもない言葉を放り投げてきた。
「…なんの話?」
確かに明日からの合宿に、また烏野が合流するけど。
「?影山君のこと好きなんだろ?」
”なんだ本当に気づいてないのかよ。以外と自分のことには鈍いんだなこいつ”
ずいぶん勝手な言い草に腹がたつ。
「好きじゃない。こないだもそう言ったよね」
「…どう見ても好きだろうが」
”なんだ?いつになく強情だな研磨”
強情も何も、クロが変なこと言うのが悪い。
こうなったら言い返せなくなるまで論破するしかない。
「…なんでそう思うの?」
「…逆に聞くが、バレてねえとでも思ったか?」
”あんな分かりやすい行動とってたくせによ”
「…なにそれ」
分かりやすい行動?
飛雄に話しかけはしてたけど。
「…影山君に話しかけてんなーと思ったらお前、3日目から話しかけなくなっただろ」
”目も合わせなくなってよ、何事かと思ったぜ”
…思い出させないでほしい。
おれだってやりたくてやったわけじゃない。
クロだって気づいてて何も言わなかったくせに、何を今更。
「それが何」
「あれさ、押してダメなら引いてみろ、ってやつだろ?」
”まさか研磨がそんな高等な恋愛テクを知ってるとはな、驚いたぜ”
「…………………………は?」
クロの言葉が理解できない。
「まあ確かに普通の女相手なら効果あったかもしんねえけどよ、相手はあの影山君だ。男で、バレーにしか興味がねえ、恋愛にも無頓着、さらには天才的な鈍感ときたもんだ。チビちゃんやリエーフがバレっバレの行動とってんのに全然気づかねーんだもんな、笑ったぜ。ま、そんな相手にこっちが引いても意味ねえどころか、逆効果だと思うぜ?」
”こいつの初恋かもしんねえしな。そこまではわからなくても仕方ねえか”
…待って。
ちょっと待って。
待って待って待って待って、本当に、待って。
クロが言ってるのは、つまり。
「…おれが飛雄を避けたのは、飛雄の気をひくためだったと…?」
「?そうとしか見えなかったけど」
”無意識でやってたっつーのかよ、我が幼馴染ながら恐ろしいな”
な ん で そ う な る の
「!?違う。あれは事情があって仕方なく」
「…どんな事情よ?」
”まだ認めねえのか”
「……」
言えるわけない。
飛雄がこれ以上、おれ達を好きにならないための苦肉の策だったなんて。
言うには、全てを話さなければならなくなる。
言葉に詰まっていると、クロがため息をついた。
「なんでそこまで認めたくねえんだ?」
”なんかあんのか?”
ありまくりだよ。
「…飛雄は男だし、おれにそういう趣味はない」
一緒にいるのは楽しいし、早く会いたいって思うけど。
おれまでそういう目で見られるのはごめんだ
「…別にいいんじゃねーの?」
”男ってとこに引っかかってるのか。そういやこいつ人の目気にする奴だったな”
「…クロは気にならないの?」
「あー…他の奴だったらどうかわかんねえけど、研磨だからな。俺は嬉しかったぜ?あの研磨が誰かを好きになったってな。これが変な奴だったらさすがに口出ししてたけどよ、影山君いい子だしさ」
”浮いた話の1つもねえし恋愛事に興味もなさそうだったからな。このまま一生1人でいるつもりなのかと心配だったんだ。好きでそれを選んでるなら俺も何も言わねえけどよ、そういうんでもないっぽかったしな”
「…」
「烏野の奴らに探りを入れたが、付き合ってる奴も好きな奴もいないようだし、なら研磨も可能性はあるんじゃねえかと思ってな。お前のことだ、攻略の過程も楽しんでんだろうって、そっとしといたわけよ。まあ影山君が男もいけるかは知んねえし、振り向かせるのは容易なことじゃねえとは思うが、お前なら出来る」
”なにせ俺が認めた男だからな”
…吃驚した。
クロが、そこまでおれのことを考えていてくれてたなんて。
そもそもの前提が間違ってはいるけど、素直に嬉しい。
おれは本当にいい友達を持った。
でも、ならどうして。
「…なんで、こんな話を?」
クロも言う通り、そっとしといてくれればよかったのに。
訝しげな表情でクロがつぶやく。
「なんでって…」
”赤葦だよ”
「赤葦?」
思わず声に出てしまった。
なんで赤葦が関係あるの?
「!なんだ気づいてんじゃねーか。赤葦も狙ってるだろ、影山君のこと」
”なんせ研磨に張り合ってたぐらいだからな”
…張り合ってた?
それは影山の空想が面白いから接してただけで別に好きってわけじゃ…。
ちょっと待って。
さっきクロは飛雄のことをなんて言ってた?
”バレーにしか興味がねえ、恋愛にも無頓着、”
”付き合ってる奴も好きな奴もいないよう”
バレーに思考のほとんどを持ってかれてるのは確かだ。
でも恋愛に興味がないわけじゃない。
それどころか恋をして、あんな豊かな空想を繰り広げてるのに。
しかも今はおれ達を好きになってしまい、そのせいで望まぬ行動をとってると言うのに。
なんでクロ達はそのことを知らないんだ…
「!」
ここでようやく、重大な事実に気付く。
おれも赤葦もテレパスだから、心の声(空想)を聞きたくて飛雄に近づいてた。
それは決して恋愛感情ではなく、娯楽や刺激、癒しを求めるようなものだ。
だけど普通の人間はそうじゃない。
心の声(空想)なんて聞こえない。
飛雄があんな面白いことを考えてるとは微塵も思わない。
そして飛雄は口を開けばバレーバレー。
バレーしてバレーの話しだけをして、どう考えてもバレーにしか興味ないと思う。
まさか男に恋をしてるなんて、誰も夢にも思わないだろう。
おれだって飛雄の空想で初めて、菅原サンを好きだと知ったぐらいだ。
どう見ても菅原サンを好きな風には見えなかった。
それぐらい、飛雄は「好き」を徹底的に隠していた。
男相手だから仕方ないのかもしれないけど。
つまり周囲からは
《バレーにしか興味のない飛雄を振り向かせようと話しかけ、手ごたえがないとわかると(質問以外は基本会話をしないから)「押してダメなら引いてみろ」で飛雄を避けるようになったおれ(と赤葦)》
と言う姿にしか見えてなかったというわけで…
「………」
羞恥で顔が赤くなるのを感じる。
穴があったら入りたい、むしろ今すぐ埋まりたい。
夢中になりすぎて周りが全然見えてなかった、こんなこと初めてだ。
こんな失態を犯すなんて…。
「!…何考えてんだよ研磨」
”うはっ!顔真っ赤!こいつのこんな顔初めて見たぜ”
ニヤニヤした顔でクロが覗き込む。
おれじゃなくクロを埋めよう。
「ようやく自覚したのかよ」
”赤葦のこと知ってたんなら余計なお世話だったか?いやでも自覚してなかったらどっちにしろあれだよな。まあいいこれで何とかするだろ”
何がいいのかわからない。
埋まる場所はクロん家の庭でいいって?
1つ1つ反論したかったけど、そもそもおれの行動が誤解の元だと判明した今、何を言っても揚げ足を取られる結果にしかならないだろうと黙秘を決め込む。
気が済めばこの話も終わるだろう。
「リエーフも影山君のこと好きって言ってるけどよ、あいつのことは気にしなくていいぜ」
”リエーフには悪いが俺は研磨を応援する”
それは知ってる。
応援はいらない。
別にリエーフと飛雄が…………………………ダメ。
やめようこう言う想像は。
「赤葦は強敵だからな、頑張れよ。影山君みたいな鈍い子にはストレートに行け。わかりやすく伝えるんだよ。赤葦に奪られたくねえだろ?」
”まあお前が負けるとは思わねーけど”
何そのありがた迷惑な信頼。
赤葦に奪られる?
飛雄を?
……死んでも嫌だ。
赤葦のものになるぐらいならおれがもらう。
友達としてだけど。
飛雄はおれの隣でずっと空想してればいい。
「ま、いつでも相談に乗るぜ」
”男同士とか気にすんな。何があっても俺はお前の味方だからな”
クロの気遣いに涙が出そうになる。
決して嬉し涙じゃない。
ようやく気が済んだのか、クロはそれ以上何かを言ってくることはなかった。
持ってきたバレーの雑誌を見ながら、頭の中では「いかにして赤葦を出し抜き、おれと飛雄をくっつけるか」を立案している。
実行されることがないよう祈ろう。
…それにしても。
飛雄の空想を知っているか否かで、こうも見方が変わるのか。
おれは普通に友達としての好きだったのに、恋愛感情と思われていたなんて。
…赤葦も木兎サン達から同じように思われてるのか。
ちょっとザマアミロ。
まあ確かに、友達のそれを多少超えた感情であることは否定できないこともない。
菅原サンとの仲を応援できないどころか、誰も好きにならなければいいのにと思ったぐらいだ。
これって、どう考えても行きすぎた感情だよね。
クロにだってそんなこと思わない。
こんな感情があるなんて、初めて知った。
……………………………あれ?
クロにも思わないのに飛雄には思う?
クロは大切な信頼出来る友達なのに?
…何かがおかしい。
「…クロ」
「んー?」
”あとはあれだ、冬の山小屋に影山君と2人で閉じ込めれば”
何その物騒な計画。
実行したら縁切るからね。
「友達の好きと恋愛の好きの違いって、何?」
テレパスのせいでおれは一度も恋というものをしたことがない。
気になった子がいても、その子との甘い夢を見る前に現実を思い知らされてばかりだったからだ。
(つまり醜い内面)
だからその違いが、おれにはよくわからなかった。
セックスをするかどうかとも考えたけど、別に恋愛の好きじゃなくてもセックスするのは実体験として学習済みだ。
ならばその違いはどこにあるのか。
恋愛経験豊富なクロなら知ってるはず。
クロは雑誌から目をそらさぬまま、愉快そうに答えた。
「そりゃお前、セックスしたいと思うかどうかだろ」
”セックスはいーぞー”
「…それは恋愛じゃなくてもできるでしょ」
悩んでるのが段々バカらしくなってきた。
しかも相手は男なのに。
「あ?…そうじゃねえよ、したいと思うかだ。何度もな」
”惚れた女なら、何度だって抱きたくなるんだよ。相手が男でも同じだろ、きっと”
「…?同じじゃないの」
違いがよくわからない。
「…その内お前もわかるだろ」
”こーゆーのは理屈じゃねえ、本能で理解するんだ”
やっぱりよくわからなかった。
翌朝。
おれはベッドの上で頭を抱えていた。
「……なんで…こんな夢…」
それは未だかつて見たことのない、性的な、夢。
…よりによって相手は飛雄だった。
飛雄は全裸だった。
戸惑うおれに、あの子はためらいがちに口を開く。
”お願いします、1度だけでいいんです…俺を、抱いてくれませんか?”
身を小さく震わせながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。
なぜか無性に愛しくなって、1度だけならとあの子を抱き寄せる。
男を抱くのは初めてで、どうすればいいのかよくわからなかった。
だけどなんとか感じさせようと、ぎこちないおれの愛撫にも、あの子は素直な悦びを返してくれる。
それが嬉しくて柄にもなく、おれは何度も飛雄の内に熱を吐き出した。
そうして全てが終わった後、哀しみを堪えるようにあの子は言葉を紡いだ。
”ありがとうございました。…明日から、また友達に戻ります”
嫌だと思った。
これだけなんて、ただの友達に戻るなんて。
”おれは、また飛雄と…”
そこで目が覚め、トイレに駆け込んだ。
なんでおれがこんな目に。
絶対クロがあんなこと言ったせいだ。
行き場のない怒りをクロにぶつける。
今日はクロへのトスを1割にしよう。
部屋に戻り時間を確認する。
家を出るにはまだ早い。
気だるい体でベッドに潜る。
正直、おれより大きい、しかも男とのセックスなんて想像すらも無理だと思った。
なのに、夢の中の飛雄はあんなにも……
「……可愛いかった……」
「友達でもセックス出来るか」は、正直な話「YES」だろう。
勃つものが勃てば行為はできる。
だけど「したいと思うか」は、もちろん「NO」。
しないと死ぬとか、生死に関わるような事案でもない限りしたくはない。
「何度も」なんて絶対に無理。
友達相手にあんな夢を見たら普通、別の意味でトイレに駆け込みたくなるはずだ。
ましてや何度も抱きたいなんて思わない。
でも飛雄なら…したいと思ってしまった、何度でも。
しかも可愛いと思うなんて…。
現実の飛雄の可愛さは、きっとあんなもんじゃない。
あの子はどんな風に乱れるんだろうとか、喘ぎ声はどんなのだろうかとか、考え始めたらダメだった。
…これはもう、認めるしかない。
おれは、飛雄を好きなんだ、そういう意味で。
認めてしまえば、自分の感情にも納得がいく。
菅原サンの手を取って欲しくなかったのも、誰も好きにならなければいいのにと思ったのも。
リエーフや赤葦に奪られるのが嫌だったのも。
ただただ、おれ以外と結ばれるのが嫌なだけだったんだ。
おれが、飛雄を独占したかったんだ。
まるで霧が晴れるみたいに、頭がスッキリした。
赤葦ももしかしたらそういう意味で飛雄を好きなのかもしれない。
でも、赤葦が気づいてない今がチャンス。
やることはただ1つ。
飛雄に思いを告げよう。
今日烏野が合宿に来るのは運命だったんだ。
神様ありがとう。
飛雄はおれと赤葦を好きになってたけど、おれを好きなことに変わりはないから喜んで受け入れてくれるはず。
柄にもなく浮かれていたおれの頭に、クロの言葉が浮かんでくる。
”このままじゃ影山君に嫌われるぞ”
………………あれ?
そういえば、どうしてクロはあんなことを…。
ここで、ある重大な事実を思い出す。
確かに飛雄はおれ(と赤葦)を好きになってたけど、今もそうとは限らない。
どころか、前回あんな避け方をしたおれらにすでに見切りをつけ、新しい”王子様”を見つけている可能性の方が、おそらく高い。
「…………」
Q:この時のおれの心情を慣用句、あるいは四字熟語で述べよ。
A:覆水盆に返らず。
後悔先に立たず。
後悔噬臍(ぜいぜい)…
「…研磨、なんでそんな顔色悪いんだ?」
”吹っ切れたんじゃなかったのかよ”
俺を迎えに来たクロに、開口一番そう告げられる。
「…自業自得」
「なんだそりゃ」
”大丈夫なのか!?”
無理。
後悔で死にそう。
あの後、今までにないくらい必死に祈った。
どうか飛雄が、今もおれを好きでいてくれますように。