【6】の続き
■
その日から黄瀬君は、笑わなくなった。
否、ボクの前で、笑顔を見せてくれることはなくなった。
モデル業は変わらず順調で、仕事関係の人付き合いに変化はなかった。
黄瀬君は、ボクを見なくなった。
毎日してくれていた話も、会話もなくなった。
あるのは事務的な言葉の往復。
行ってきますもただいまも、あの日からなくなった。
あの日、あの時のことを話そうとしても、話すことはないと拒絶されるだけだった。
黄瀬君の帰りが、遅くなった。
連絡をくれることもなくなった。
ただ毎朝、遅くなるからと一言だけ告げて、出かけるようになった。
ボクより早く帰ってくることはなくなった。
黄瀬君と、食事をすることもなくなった。
食事を用意しても、手を付けられることはなかった。
ケーキの残りが食されることもなかった。
オニオングラタンスープだけは、残さず食べてくれるから、毎日必ず用意した。
黄瀬君は、ボクに触らなくなった。
毎日のようにしていたキスも抱擁も、することはなくなった。
ボクの声は、黄瀬君に届かなくなってしまった。
黄瀬君が、壊れた。
何が悪かったのかはわかっている。
ボクが黄瀬君を拒んだからだ。
ならば今度は間違えなければいい。
だけど何度考えても、行為をできるとは思えなかった。
どんなに考えても考えても、解決策は見つからない。
眠れない日々が続いた
重い体をひきずるように大学に通い、バイトをこなす。
だけど店長に、しばらくバイトを休めと言われた。
あまりにも酷い顔をしていると。
自分ではわからなかった。
ただ視界がぼんやりして、全ての感覚が鈍くなっているだけなんです。
頭を締め付ける痛みが、常にあるだけなんです。
どうすればいいのか、わからないだけなんです。
そんな中、赤司君からメールが届いた。
明後日は赤司君と会う約束の日だった。
いつもと同じ、待ち合わせ場所と時間はどうするという文面に、お任せしますと返した。
黄瀬君が壊れた日から1週間後のことだった。
待ち合わせ場所に着いたボクを見て、赤司君は一瞬眉をひそめたが、何も言わず店へと案内してくれた。
到着したのは、ゴシックな雰囲気の喫茶店だった。
童話をテーマに作られたという店内には、ところかしこに童話のモチーフがちりばめられており、好きな人にはたまらない空間だろうなと、鈍った思考でぼんやりと考える。
ただ赤司君が選んだとは思えなくて、気がついたらそのままを口にしていた。
「気に入ってくれたかい?」
「…赤司君が選んだとは、思えません」
「さすがだね」
新しく配属された秘書がロマンチストな人間であり、こういった店が好きであること。
一度誘いお茶をしようと思っていること。
店の雰囲気を掴むのと予行演習もかねて、この店にボクを誘ったことを教えてくれた。
効率よく仕事を割り振るために、相手がどのような人物か把握する必要がある。
そのために一番有効なのは、相手のスペースに自分が入り込むことだと語る赤司君の表情は、学生のそれではなく、もはや経営者としてのものだった。
赤司君は着実に、自分の道を進んでいる。
それに比べボクはどうだろう。
出口の見えない迷路に迷い込んだまま、一人、迷子。
「それで、何があった?」
いきなり核心を突いた質問に身がすくむ。
尋かれるとは思っていた。
もしかしたら赤司君なら、迷路の出口を知っているのではというバカな考えさえ思い浮かぶ。
だけど、打ち明けるわけにはいかない。
知られたくない。
赤司君にまで否定されてしまったら、立ち上がれる気がしない。
「なんの「オレをごまかせると思うのか?」」
なんとかやりすごそうとするのを、赤司君は許してくれない。
「言いたくなければ黙秘でも構わない。だがお前が話してくれるまで、オレは帰らない」
なんてズルい人だろう。
ボクの意思を尊重するように見せかけて、拒否権を与えてくれない。
赤司君は忙しい人で、ボクがそんな赤司君の時間を奪うわけにいかないと知っている。
「…黒子の話を、全て受け入れる。否定も肯定も非難も侮蔑も賞賛もしない。だから聞かせてくれないか?なにがお前をそんなに苦しめている」
…赤司君は、ズルい。
「お前の苦しみの一端を、オレにも背負わせてくれ」
永遠に広がる暗闇に灯った明かりに、手を伸ばさない人間がいるなら教えてほしい。
運ばれてきたアフタヌーンティーセットは、涙でにじんでよく見えなかった。
赤司君が店員に何かを告げ、ボク達は個室へと移動した。
「ここなら気兼ねせず話せるだろう」
赤司君の気遣いに、涙がこぼれた。
ポツポツと、話をした。
黄瀬君と付き合ってからのこと。
初めてしようとしてできなかったこと。
ボクの悩みのこと。
…誕生日のこと。
この1週間のこと。
どうしたら黄瀬君と、できるようになるのか。
どう考えても、答えが見つからないということ。
赤司君は時々相づちをうちながら、ボクの話に真剣に耳を傾けてくれた。
なにも解決はしていないのに、たったそれだけで、苦しみが和らぐのはどうしてだろう。
きっと言葉にボクの苦しみ成分が含まれていて、赤司君がそれを引き受けてくれているからだ。
締め付けていた頭の痛みは、いつの間にか消えていた。
一通り話し終え、しばしの沈黙、後、赤司君が口を開く。
「…話してくれてありがとう」
涙があふれそうになる。
「っ気持ち悪く、ないんですか?こんな、ボクが」
性行為をしたくない、できないなんて、異常以外のなにものでもない。
それなのに、どうして。
「言っただろう?受け入れると」
「それは、そうです、けど…」
理性と感情は別物だ。受け入れようと理性が働いても、嫌悪という感情は抑えられるものではない。
「納得いかないという表情だな。…そうだな、お前の問いに対する答えを、オレは知っている」
耳を疑った。
何年も悩んで探して、見つからなかった答えを、赤司君は知っていると言う。
その眼差しは嘘をついているようには思えない。
否、赤司君はこんな時に嘘をつくような人間ではない。
「ほ…本当ですか?教えてください!どうすれば黄瀬君とできるようになるんですか!?」
突如差し込んだ一筋の光に、心臓が高鳴る。
思わず身を乗り出し、立ち上がる。
早く、早く教えてください。
黄瀬君の笑顔を、取り戻したいんです。
ボクの期待とは裏腹に、赤司君は苦渋の表情を浮かべる。
「…この答えは、お前が望んでいたものとは違う。恐らく今より苦しい選択を迫られる。1つ言えるのは、今後進むべき方向を示唆するものとなるだろうことだ」
前置きはどうでもいいんです。
早く、教えてください。
「お前は、非性愛者だ」
「ひ…せい…あいしゃ…?」
言葉の意味を理解できず、おうむ返しのように繰り返すボクに、赤司君は説明してくれた。
【非性愛(ひせいあい)】
他者に恋愛感情は抱くものの他者への性的衝動が全くないという人たちのこと
(ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典 より引用)
「性愛…性的衝動を抱く対象により、区分される」
「大多数を占めるのが異性愛、男なら女を、女なら男を愛する」
「同性しか愛せない同性愛、どちらも愛せる両性愛。そういった性愛の1つが、非性愛だ」
「好意を持った相手と、セックスをしたいと思わない。できない、といった方がわかりやすいか?脳も体もそれを必要としないんだ。不要なそれを無理に受け入れようとすると拒否反応を起こす。10代で判断するには時期尚早という意見もあるが、恐らくそうだろう。そこまで深く黄瀬を愛したお前が、一度も性的欲求を抱かないと言うのはそうとしか考えられない」
…何を、言っているんですか赤司君。
非性愛?
性的衝動がない?
つまり?
「お前が黄瀬とセックスできることは、ない」
「…なんで、ですか?ボクが非性愛だったとして、克服すれば…」
「そういう問題じゃないんだよ、黒子。克服できるならそれはもう非性愛者じゃない」
「いいかい黒子。異性愛者に同性を好きになれと言われて好きになれるか?できないだろう?なぜだと思う?気持ち悪い、興味がわかない、そう言う目で見れない。そうだ。それは克服してどうにかできることじゃない。それはわかるな?異性愛者なのに同性を好きになれたなら、両性愛の素質があったと言うことだ」
「なぜそうなったかと問われれば、生まれついてしまっただけだと答えるしかない。たとえば”同性愛者になりたい”と選んで生まれた人間がいると思うか?ほとんどが人知の及ばぬ力によって、その性愛になった。それを非難するのは、人間の傲慢だ」
「絶対数が少ないだけで、異常でもなんでもない。それが非性愛者にとっての正常なんだよ」
「だから黒子、お前が自分を責める必要は、ない」
言葉の1つ1つが、岩となってのしかかる。
赤司君が言っていることはわかる。
ボクが非性愛者だということも。
それは治せるものではないということも。
…つまり、ボクが黄瀬君と性行為をできることは、永遠に、ないわけで。
全身から力が抜けていく。
椅子にどさりと落ちていく。
…黄瀬君は、もう、ボクを見てくれることも
触れてくれることも抱きしめてくれることもキスしてくれることも
話をしながらご飯を一緒に食べることもボクの料理を食べておいしいと笑ってくれることも
行ってらっしゃいもお帰りなさいも
大好きな笑顔を向けてくれることも
黄瀬君を抱きしめて温もりを感じることも
そばにいるだけで、幸せを感じられたあの日々は、永遠に戻らないのだ。
「っはは………あはははははっ」
「黒子…?」
「あはっ……あはははははははははははははははははは!!」
長年探し、ようやく見つかった答えはどうして、再び奈落の底に突き落とす。
探し続けていた時よりも、終わりの見えない闇の中。
そこはもう永久迷路。
出口なんて存在しない。
永遠に一人さまよい続ける。
どうして正気でいられよう。
狂った方が幸せだ!
「黒子、黄瀬とは一度離れるんだ」
心臓にナイフが突き刺さる。
「このままでは、お前も黄瀬もダメになる。お前だけでもそこから抜け出すんだ。一度距離をおくことで、見えてくるものもある」
確信をもって、紡がれる言葉。
赤司君の言う通りだと、バカで愚かな、狂ったボクでもわかる。
「それぞれに適切な部屋を用意しよう。今のマンションは契約したままでいい」
何百人に聞いても、全員が全員そうした方がいいと答えるだろう。
培った理性も知性も知識も教養も常識も、すべての正しさをもってしてボク達は離れた方がいいのだと告げている。
そんなことはわかっている。
それが正しい道なのだと。
それが、絶望から抜け出す、たった1つの方法なのだと。
…だけど。
「…ボクはこのまま、黄瀬君のそばにいます」
「…っ黒子」
にじんだ視界の向こう、赤司君の愕然とした表情が見える。
わかっている。
ボクが口にした答えは、考えうる限り最悪の答えなのだと。
いいや、死ぬとか殺すよりはましだろう。
聞いてください、赤司君。
正しさで彼を救えるならそうしてる。
離れることで彼が幸せになるのなら、喜んで離れよう。
ボクはもう、彼の求めるものをあげることはできないと、わかったのだから。
だけど。
「…黄瀬君が、言ったんです…」
彼と過ごした、5年と言う歳月で変化したボクの心が、叫びをあげる。
離れてはダメ。
離れたら終わってしまう。
離れたら全てが崩れる。
ボクも黄瀬君も何もかも、2人のすべてが、壊れてしまう!
「一人に、しないで…ずっと…そばにいてって…」
もはや愛されることは望まない。
どれだけ傷つこうと構わない。
だけど、キミは、キミだけは。
これ以上、壊させはしない。
「っだからボクは、黄瀬君の望む限り、そばにいます」
沈黙がその場を支配する。
こぼれていた涙は、いつの間にか止まっていた。
手を付けることのないまま目の前に置かれたティーカップには、人魚姫のシルエットが描かれていた。
「……いいなぁ」
「黒子?」
ふと頭をよぎった思いを、聞かれるまま口にする。
「…赤司君、ボク、人魚姫になりたいです」
人魚姫に助けられたことにより、お姫様と出逢い、幸せな結婚を果たした王子。
その幸せを見届け消えた人魚姫。
王子と結ばれることはなかったけれど、きっと彼女も幸せだったのだろう。
愛する王子の幸せの、礎になれたのだから。
…ボクもそうなりたい。
ボクが黄瀬君を壊してしまった。
だから、黄瀬君が愛せる誰かを見つけ、愛され、心から笑えるようになるその日まで。
そばで支え続けよう。
黄瀬君が望まないのなら、気付かれないように。
そうして幸せを見届けたら、ボクは消えよう。
だからね、寂しがりやな王子様、
どうかお姫様とお幸せに。
「黒子、お前は今疲れているんだ。せめて正常な判断ができるようになるまででも」
赤司君の説得に無言で首を振る。
「…意思は、固いのか?」
無言で頷く。
「…お前は昔からそうだな。一度決めたら頑固だ」
堪えきれない優しさを含む声音に、なぜだか胸がしめつけられる。
「わかった、ただし1つだけ約束しろ。お前が壊れる前に、黄瀬から距離を置くと」
やめてください、赤司君。
キミのその優しさは、今のボクには耐えられない。
罰があたったんです。
何の取り柄もないボクが、黄瀬君を独り占めなんてしようとするから。
最初に誘われてセックスできなかったあの日。
あの時に潔く別れていれば、ここまで黄瀬君を追い込むことはなかったんです。
黄瀬君の告白を、バカみたいに受け入れなければ。
ボクよりも心を許せて、愛してくれて、セックスもできて、黄瀬君を満たしてくれる人に、巡り会えたはずなんです。
ボクが壊れるとかそんなこと、どうだっていいんです。
でもそうですね、赤司君に心配はかけたくないですから。
「…わかりました」
大丈夫。
そう思っていれば大丈夫。
病は気から。
「ボクは、大丈夫です」
口にすると本当にそんな気がするから不思議なものだ。
不安や迷いは消え去り、凪いだ海のような気持ちで顔を上げたボクを。
憂いを浮かべた瞳が、見つめていた。
■
その日の夜、マンションに帰ってきた黄瀬君にボクは尋ねた。
まだここにいてもいいか、いない方がよければすぐにでも出て行くと。
予期せぬ言葉だったのか。
1週間ぶりにボクを見た黄瀬君の顔には。
苦痛に歪んだ表情を浮かべ、目元にはクマがあった。
頬はやせ憔悴しきった顔からは、食事も睡眠もろくに取れていなかったことが伺える。
あまりにも痛々しいその姿に、胸がしめつけられた。
今すぐ抱きしめたい衝動にかられながら、その資格はないのだと言い聞かせる。
どうでもいい。好きにして。
そう呟くと、黄瀬君は部屋にとじこもってしまった。
拒絶されなかったことに安堵する気持ちはもはやなかった。
ボクはいてもいなくてもいい存在なのだと告げられたようで、その現実に押しつぶされそうになる。
けど、悩むことはもうない。
いない方がいいとは言われなかった。
黄瀬君のそばにいよう。
3日後の夜、帰りを待つボクの携帯にメールが届いた。
黄瀬君からで、やっぱり出て行けと言われるのだろうかと戦々恐々とメールを開く。
そこにはただ一言。
”黒子っち、まだいる?”
質問の意図も、正しい答えもわからないボクは、考えるだけ無駄だと思い事実を返す。
”いますよ。キミが帰ってくるまで起きて待ってます”
返信はなかった。
深夜を回った頃、黄瀬君が帰ってきた。
その口から放たれたのは、どうあがいても理解できない言葉だった。
「オレとあいつら、どっちを取るか黒子っちが選んで」
ここにいるなら、オレ以外のやつと連絡をするな、会うな。
それができないなら出て行け。そして二度と顔を見せるな。
意味がわからなかった。
ボクには大切な仲間がいる。
プロバスケへの道を志し、海外へ留学した火神君と青峰君を始め、バスケを通じて出逢えた、尊敬する先輩、友人達。
ほとんど会えなくなってしまったけれど、黄瀬君とは別の意味で、ボクは彼らが好きだったし大切だった。
進む先は違っても、たまに集まり、みんなとするバスケが好きだった。
なぜ、黄瀬君と秤にかけるのだろう。
なぜ、そんな考えになるのか。
もうボクのことなんてどうでもいいんじゃなかったのか。
セックスできないボクなんて、キミには関係ないんじゃなかったのか。
なのになんで、そんなことを聞くんだ。
そんな憤りはだけど、すぐにどうでもよくなった。
その時の黄瀬君が、今にも泣き出しそうな顔をしていて。
間違ったら、キミに触れられる資格を永遠に失ってしまいそうで。
答えはすでに決まっている。
思うままを口にした。
バイトは辞めた。
人間関係を構築せずに、続けられるものではなかったから。
大学も辞めようか迷ったが、それはいいと許してくれた。
ボクの将来を潰したいわけじゃないと。
黄瀬君が何を考えているのか、ボクにはどんどんわからなくなっていく。
大学でできた関係は、降旗君を除き全て消去した。
高校時代の仲間との連絡も一切断った。
なんでどうしてなにがあったと周囲は口を揃えた。
黄瀬が何か言ったのかとさえ言う人もいた。
けれどボクは頑に押し通した。
”嫌いになったんです”
諦めず何度も説得を試みる人も少なくなかった。
特に火神君は、アメリカから何度も何度も来てくれた。
時に青峰君と、忙しいのに、遠いのに。
それでもボクはバカみたいに繰り返し続けた。
”嫌いになったんです。迷惑です。もう来ないでください”
罪悪感がなかったといえば嘘になる。
こんなボクを、みんな本気で心配してくれる。
だけど。
ボクが答えを紡ぎ出した瞬間、黄瀬君が見せた、ほんのわずかな安堵の表情が。
ボクから迷いを取り去った。
愚かで哀しい質問の答えを、ボクは実行し続けている。
ただ、赤司君とは会い続けた。
みなと同じように、何も知らせずアドレスを変更したボクの携帯に、ある日赤司君からのメールが届いた。
今までと同じ、待ち合わせ場所と時間はどうする?という内容だった。
前回会ってから、ちょうど2週間後。
驚愕した。
なぜ、黄瀬君しか知らないはずのアドレスを知っているのか。
なぜ、何も聞かないのか。
あの赤司君が、ボクが皆との関係を絶っているのを、知らないはずがないのに。
問いただしたいことはいくつもあったけれど、黄瀬君以外とは関わらないと決めた以上、返信を放棄した。
時間を置いて、また赤司君からメールが届く。
今度こそ、ボクの心臓が止まった。
”大丈夫、黄瀬の許可はもらったよ”
どうしても信じられず、その日の深夜、帰宅した黄瀬君に尋ねた。
赤司君から、教えたはずのないボクのアドレスにこんなメールが届いたと。
一拍ほど間を置いて、答えてくれた。
”赤司っちならいい、今はね”
黄瀬君自身も、戸惑っているような声だった。
何を知っているのか、黄瀬君に何を言ったのか。
赤司君と次に会った時に聞いても、教えてはくれなかった。
”オレとの約束を忘れていないか確認したいだけだ”
何も話さなくていい、無理に笑おうとしなくていい、何も望まない。
ただ、これからも会ってほしい。
会いたくないなら、別の方法を考える。
赤司君の落ち着いた、だけどどこまでも切実なその声音を断ち切れる程、非情にはなれなかった。
後に、その選択は間違っていなかったと思い知らされる。
黄瀬君が、女性を連れてくるようになった。
女性とのセックスを、ボクに見せるようになる。
気が狂いそうになる日々の中、赤司君との時間だけが、ボクを正気に戻してくれた。
ボクはまだ、大丈夫。