【孤独な王様】(北一時代)

そもそも飛雄がなぜムチャブリトスを上げるようになったかというと、『ブロックから逃れたい一心で、つい”打ち易さ”よりも”速さ”を優先してしま(入畑監督/6巻53話)』ったから。

その目的は「勝つため」。
『俺のトスに合わせろ!勝ちたいなら!(1巻6話)』

だからそれを打てれば勝てるのに、「打てない」金田一たちを責めた。
『もっと速く!もっと高く!(1巻)』

この時「なぜ打てないのか」→「打てるようにトスを合わせよう」にはならなかった。
なぜか?

それは飛雄が
「セッターとして大切なことを知らなかった」こと。
「及川に出会った」こと。
「”才能”があった」こと。
「勝利に貪欲だった」こと。

この4つが、大きな原因だったと思う。


◆◆【無知】◆◆
飛雄は、「セッターとして大切なこと」を知らなかった。
それはなにか?

「ボールを託す」こと。
「選手の状態を把握する」こと。

この2つだと、作品の中で示されている。

◆「ボールを託す」とはどういう意味か?

「託す」という言葉には「あずける、頼む※」という意味がある。
「あずける」という言葉には「信頼して任せる※」という意味があり、その「任せる」という言葉には「相手のしたいようにさせる※」という意味がある。
(※『岩波国語辞典』)

つまり「ボールを託す」=「お前を”信頼”しボールを任せる、その先はお前の自由だ」

ということである。
それは255話でも示されている。
(ネタバレになるので詳しくは【そして全国へ】の章にて)

飛雄はそれを知らなかった。

それは次のセリフが証明している。
『あの影山が、今やっと他人への信頼を覚え始めたってことか(岩泉/8巻)』

ここでいう「他人」とは「仲間(チームメイト)」のことである。
このセリフが出てきたのは、IH予選青城戦の後。
つまりそれまで、飛雄は「仲間(チームメイト)」への「信頼」を知らなかったことになる。

「信頼」を知らなければ「託す」こともできない。
ゆえに飛雄は「ボールを託す」ことを知らなかった。

さらにそのために必要なのが、「選手の状態を把握する」ことである。


◆「選手の状態を把握する」

『他人の気持ちなんて、わかんなくて普通だ』
『プレーに絶対必要とは思わない』
『試合の”状況”と、選手の”状態”を把握するんだ』
(全て烏養さん/26巻)

このセリフから、プレー(セッター)に必要なのは「試合の”状況”と、選手の”状態”を把握する」ことだとわかる。

飛雄はすでに北一時代、「試合の”状況”」を読み取ることはできていた。
それはムチャブリトスを上げられたことからも、よくわかる。
ブロックがいないという「状況」がよく見えているから、できたことなので。

でも、「選手の”状態”を把握する」ことは知らなかった。
それはIH予選、青城戦の時に示されている。

『スパイカーそれぞれの表情とか、今日の調子とかそういうの、見てるんだと思うよ(縁下/7巻56話)』

このセリフで飛雄は、初めて月島の調子を気にかけた。
そして月島には一定のトスを上げることを覚えた。
この「調子を見る」=「選手の”状態”を把握する」。
この時に初めてそういう行動を取ったということは、飛雄はそれまで「選手の”状態”を把握する」ことを知らなかったことになる。

『俺のトスに合わせろ!勝ちたいなら!(1巻6話)』
このセリフは、「トスに合わせられない金田一たちの”状態”」を「把握」ようとしなかったゆえに、出てきたものだと思う。

もし飛雄がその時、そのことを知っていたら。
「なぜ打てないのか?」と考え、「金田一たちには、この速いトスを打てるほどの速さも高さもないから」と気付き、ムチャブリトスを上げ続けることにはならなかったはず。


飛雄はこのように、大切なことを知らないまま北一に入学した。
知らないのは悪いことではない。
それはこれから学んでいけばよかったのだけど、その前に、及川に出会ってしまった。


◆ちなみに。
「選手の”状態”を把握する」ことを知った際、「東峰に詰め寄っていた(5巻)」ことを縁下に指摘されている(7巻)。
これも「選手の”状態”を把握する」ことなのかと思わせておいて、実はそうではない。
飛雄が聞いたのは「トスの具合」であり、東峰の「状態」ではないから。

『何かあればどんな些細なことでも全部言ってください。直しますから(5巻36話)』

この姿勢は北一の時には見られなかったものなので、飛雄の「成長」の現れではある。
と同時にこのセリフは、その後長きにわたる飛雄の「成長」の、大きな伏線でもあった。


◆◆【壁】◆◆
及川を知った時、『この人を超えれば、まずは県で一番のセッターだ(6巻53話)』と飛雄は考えた。
「まずは」と言っているので、この時から飛雄が目指しているのは全国であり世界だと読み取れる。
常に上を目指す飛雄の姿勢はかっこいい。
ただこの時、身近な存在の及川を目標にしたことが「トス無視事件」の始まりだったかと思う。

「超える」ということは、「及川の存在」は飛雄にとって「壁」だった。
飛雄の目の前に、常に「壁」が存在していたことになる。

それと春高予選、青城戦前の次のセリフ。
『俺は一生、及川さんに勝てないのかもしれない(12巻106話)』
このセリフから読み取れるのは、飛雄は及川という「壁」を超えられずにいたということ。

それがどういう心理状況かは、及川が見せてくれている。

北一時代から及川には、牛島という『超えられない壁(※)』が常に、身近なところ(県内)にあった。
それゆえ『もっと上へ。もっと高い舞台へ(※)』と尽力し続け、それでも『阻まれ続けた(※)』。
そこへ飛雄という『背後に天才が現れた(※)』ことで『ひたすら焦る(※)』ようになり、『”俺が俺が”(※)』となった。
(※全て及川&岩泉/7巻60話)

おそらく飛雄も、似たような心理状況に陥ったと思われる。
及川という、目の前にある「超えられない壁」を超えるため「もっと上へ」と尽力し続け、叶わず、「焦る」ようになり「俺が」となった。

それは飛雄が「一人で戦う癖」を身につけることになった原因だと思う。
のちの烏養さんのセリフが、それを証明している。
『何と戦ってんのか忘れんなよ。”及川”じゃなく”青葉城西”だ』
『そんで戦ってんのはお前だけじゃなく、”烏野”だ』
(共に6巻52話)

実際、東峰を勧誘する際に飛雄は次のように言っている。
『一人で勝てないの当たり前です。コートには6人居るんだから』
『俺もソレ分かったの、ついこの間なんで、偉そうに言えないっすけど』
(共に3巻18話)

つまり飛雄はそれまで、一人で勝とうとしていたことになる。

及川には岩泉がいたらか、バレーは『”6人”で強い方が強い(岩泉/7巻60話)』と気付くことができた。
でも飛雄には岩泉のような存在がいなかったから、気付くことはできないままだった。


◆◆【恵まれた「才能」】◆◆
その姿勢を助長させたのが、飛雄に才能があったことだと思う。
それは次のセリフが証明している。
『力がある。才能がある。勝利に対して貪欲。他人よりも圧倒的に(及川/6巻53話)』

ゆえに飛雄は、「一人で戦えると思ってしまう強さ」を身につけてしまった。
『俺なら拾える、俺なら上げられる、俺なら打てる(1巻5話)』

「一人で戦おう」としてもそう思えるような強さがなければ、「無理と気付けた」と思う。
「自分独りでは勝てないから、仲間と戦おう」と。
そうすれば金田一たちに合わせたトスを、上げたと思う。

実際、日向は中総体で北一に敗北した後に気付いた。
『独りじゃだめだ。独りじゃ勝てない(日向/1巻1話)』

それまで日向は男子バレー部員が他にいなかったこともあり、一人でバレーをしていた(『一人でやります/日向/1巻1話)』)。
だけど初めて試合に出場し、初めて「負けを知った」ことで、「共に戦える仲間」がいなければ「バレーはできない(勝てない)」と気付いた。

でも飛雄には才能があった。
努力して才能を開花させてしまった。
そして普通の人では上げられない、ブロックを振り切れるような「速いトス」を上げられるようになってしまった。

それに加え、金田一たちという「共に戦える仲間」に恵まれていた。
彼らが当たり前のようにいたことで、当然のように「バレーができていた」。
それゆえ「仲間がいなければバレーはできない」という当たり前のことに気付くことも、「一人では勝てない」と気付くこともできなかった。


◆◆【勝つために】◆◆
それでも監督に『大事なのはお前個人の技術じゃなく、スパイカーに如何に”打たせるか”だからな(1巻1話)』と言われたら、普通の人だったら「意見を受け入れて」そうしたと思う。
監督始め周囲も「スパイカーに合わせたトスを上げろ」と、何度も言ったと思うんだよね。
最後まで諦めなかったのがおそらく金田一。
国見に『お前は精一杯やったろ(25巻)』と言われるぐらいだから。

でも飛雄はそれらの「意見」を「受け入れなかった」。
なぜか?


◆飛雄は「人の話を聞く」姿勢は持っていた。
ただその目的は「理解しようとするため」ではなく、「勝ち」に「必要か」「必要でないか」判断するためだったと思われる。

それは東京合宿で、日向が『自分も戦いたい(7巻)』と「要求(意見)」した時。
飛雄は「話を一通り聞いた」上で、「勝ち(変人速攻を成功させるため)」には『お前の意思は必要ない(7巻)』と「判断」し、切り捨てたことから読み取れる。

つまり飛雄は、「勝ち」に「必要ない」と判断したら、「スパイカーの”意見(要求)”を”受け入れない”」。
だから、「スパイカーに合わせたトスを上げろ」という「要求」を聞き入れなかった。

それは次のセリフからも読み取れる。

『俺のトスに合わせろ!勝ちたいなら!(1巻6話)』
『勝ちに必要な奴になら誰にだってトスは上げる(1巻)』
『今も変わり無えからな(10巻)』

これらは及川も言った通り、『俺の言う通りにだけ動いてろ(10巻83話)』ということなので。
「”勝ち”にお前の”意思(要求)”を聞く”必要はない”」と言ったも同然。

またIH予選青城戦、月島が飛雄のトスを表現したセリフからも、そのことがうかがえる。
『黙ってこのトスを打て庶民(7巻59話)』


◆飛雄はそれほど強く、「勝ち」にこだわっていた。
負けたくない理由を谷地に聞かれた時、『ハラが減って飯が食いたいことに理由があんのか(9巻)』と答えるほど、当たり前のことだった。

及川のセリフがそれを裏付けている。
『勝利に対して貪欲。他人よりも圧倒的に(6巻53話)』。

実際、その考えで勝てるだけの「才能」が、飛雄にはあった。
「言う通りにだけ動いてれば勝てる」戦略を立てられる力。
その戦略に沿ったトスを上げられる力を、身につけた。

そして勝ち続けられていたのだろう。
試合に負けたら「この”勝てるトス(ムチャブリトス)”を打てなかった、仲間たちのせい」に、していたのだろう。
『もっと速く動け!もっと高く跳べ!(1巻6話)』

ゆえに飛雄は「自分が正しい」と信じて疑わず、「勝つため」に「スパイカーの”意思(要求)”」を切り捨て続け、ムチャブリトスをやめなかった。


◆◆【『そこに誰も居なかった(1巻6話)』】◆◆

『力がある。才能がある。勝利に対して貪欲。他人よりも圧倒的に』
『それが飛雄を強くし、そして唯一の弱点になる』
『夢中になったら周りが見えず、誰も付いて来ていない事にも気付かない』
(全て及川/6巻53話)

飛雄は、「セッターとして大切なことを知らなかった」ゆえに。
「及川に出会った」ことで、「一人で戦う癖」を身につけてしまい。
「”才能”があった」ことで、「一人で戦える」と思ってしまい。
「勝利に貪欲」なことで、ムチャブリトスをやめなかった。
そうして周り(仲間)を見ようとせず、気付くこともできず。
トス無視事件が起こった…のではないかと思う。


◆◆【「孤独な王様」の誕生】◆◆
飛雄がこうなった原因は、もちろん金田一たちにもあると思っている。
のちの日向のセリフ『ゆずれなくてケンカするの普通だ(25巻)』の通り、「ケンカ」をすればよかったのでは。
飛雄が話を聞き入れないなら聞き入れるまで、金田一たちの言葉が届くまで。
だけどそれをしなかった。
なぜか。


◆『いくら個人の攻撃力が高くても、明らかにチームの足を引っ張ってます』
『正直、居ない方が助かる』
(共に金田一/2巻15話)
『トスだけは最悪(金田一/2巻11話)』

これらのセリフが、その答えを示している。
金田一たちには、次のような思いがあったと読み取れる。

「影山は強い」
「けど、いない方が俺たちは勝てるはず」
「影山(のトス)は(このチームに)必要ない」

彼らは、飛雄は「強い」と「信用」していた。
けれど「いない方が勝てるはず」=飛雄を「信頼」してはいなかった。
それは飛雄も同じだった。


◆飛雄が金田一たちをどのように思っていたかは、次のセリフが物語っている。
『俺のトスに合わせろ!勝ちたいなら!(1巻6話)』

上で述べた通り「お前の”要求”は”必要ない”」と告げたも同じ。
及川のセリフがそれを証明している。
『だから「俺の言う通りにだけ動いてろ」っての?まるで独裁者だね』
『それを理解できないなら、お前は独裁の王様に逆戻りだね』
(共に10巻)

これらと、先の飛雄のセリフを要約すると次のようになる。
「俺の言う通りにだけ動けば”勝てるだろう”」=「お前たちの”要求”を聞いたら”勝てないかもしれない”」

つまりこの頃(北一)の飛雄もまた、金田一たちを「信頼」してはいなかった。

それは先に述べた岩泉の言葉、『今やっと他人への信頼を覚え始めたってことか(8巻)』が証明している。

互いが互いを「信頼」していなかった。
だから、「ケンカ」もできなかった。
(さらに詳しい説明は、この後の『【日向との「ケンカ」】(東京合宿)/【日向からの「信頼」】』参照)

こうして飛雄は「孤独な王様」になった。

『独りで戦ってるみたいだ(1巻)』との表現は、まさに的確だった。

 

次章◆◆◆【日向への「信頼」の芽生え】(烏野の出会い)◆◆◆