* * *
「ヘイヘイヘーイ!こんなヘタレだったとは思わなかったぜ赤葦!」
”影山君と1時間も一緒にいたくせに、キスどころか告白もなしってどういうことだ!”
「しかもなんで音駒のセッターもいるわけ?誰かバラした?」
”俺達しか知らないはずなのに!”
「…お前が告白するっつーから協力したんだぜ俺ら。なのに喋ってたのは最初の数分だけ。ほとんど無言ってどういうことだよ。せめて会話しろ、会話」
”せっかく動画撮ってたのに…”
影山と別れ教室に戻ると、木兎さん、小見さん、木葉さんに人気のない廊下に連れ出され、詰め寄られた。
覗き見されているのは気付いていたが、少しは隠す努力をしてほしい。
聞き捨てならない言葉も聞こえたが言い返す気力もない。
木葉さんの言う通り、本当は影山に告白する、はずだった。
だがこんなことになろうと誰が予測できただろう…。
神が俺を見捨てていないと判明した今日。
ためらうことは何もない、あとは告白して付き合うだけだと、影山に猛アプローチをし続けた。
孤爪も同じ気持ちだったようだ。
ただでさえ邪魔だったのに、あいつはあろうことか影山の頬にキスしやがった。
俺も反対側にキスしたから不幸中の幸か。
あの子の頬は想像以上の柔らかさだった。
すぐにでも押し倒したい衝動に駆られたが死ぬ気で耐えた。
その後かつてない衝撃に見舞われた。
…まさかキスと気づかれないとは。
なんだ”唇がぶつかった”って。
天使か。
天使だ。
その後は大変だった。
せっかく黒尾さんと木兎さんに邪魔者(積極的に影山に絡んでくる日向やリエーフ)の足止めを頼み、影山と3人(本当は2人がよかったが、黒尾さんにも頼む以上やむをえなかった)での昼食を味わったのに、キスの件が烏野にバレ警戒されるようになってしまった。
人目のある食堂でしたから当然か、孤爪のせいだあの野郎。
挑発に乗ってしまった俺も俺だが…痛恨のミス。
その後は中々あの子に近づくこともできず、大分イラつかされた。
だが頻繁に目が合い、その度にお辞儀してくるあの子が可愛くて頭の中で何度も犯した。
(気持ちを自覚してからは、男同士のセックスについて勉強した。予習は十分だ)
ますますあの子が恋しくなり逆効果だったが。
あの子に近づく機会をうかがっていたが予想以上に烏野ガードは固く、背に腹は変えられないと白福さんと雀田さんに協力を依頼した。
俺は何としても今日中に、あの子に想いを告げたかった。
少しでも遅れを取れば、孤爪に奪われる恐れがあるからだ。
言うなれば、焦っていた。
あの子への俺の想いは全員にバレていたので(木葉さん達以外は何も言ってこなかったが。気遣いが嬉しかった)、ためらいはなかった。
彼女達は2つ返事で引き受けてくれた。
ありがたかったが、白福さんが頭の中で”妄想じゃない生の!本物の!!ボーイズラブ!!!原稿がはかどるわー!!”と考えていたのはなかったことにしたい。
白福さんが男同士の恋愛が好きなことを俺は知っている。
(ちなみに白福さん自身は、俺が知っているということを知らない)
彼女の頭の中では常に男同士が愛し合っているが、そのような素振りは一切見せないから、初めて知った時は驚いた。
女性は演技派が多いと知っていたが、彼女は相当なものだと思う。
俺以外に知っているのは、雀田さんだけのようだった。
”お礼はモデルでいいよ、今度影山君と2人で。デッサンの練習させて”と言われ、嫌な予感がしたので辞退した。
”じゃあ写メでもいいから!お願い赤葦!!”と縋りつかれ参った。
彼女のリクエスト画像5枚で、なんとか契約は成立した。
(あの子との絡みに限定したので、どんなリクエストか楽しみだ)
おそらくこの計画は木兎さん達には漏れるだろうが、俺の緊急事態とわかれば黒尾さん(音駒側)には話さないだろうし、彼らも力を貸すと言ってくれるだろう。
うざい時もあるが、非常時には頼りになる人達だ。
(なるべくいつもと言いたいが脳が拒否する)
気がかりは孤爪だが、なるべく彼に近寄らないよう通達するなど手は尽くした。
計画としてはこうだ。
風呂に入る時点で影山を体育館裏に呼び出す。
このタイミングが、邪魔者が付いてくる確率が1番低いと推測できるからだ。
就寝してからこっそり呼び出すなど論外。
バレーを大切に思うあの子の睡眠を妨害する奴は、俺が抹消する。
呼び出しはもちろん監督からと嘘をつく。
この重大な役目は白福さんに頼んだ。
彼女ほどの女優なら、何かを察した烏野ガードに突っ込まれてもシラを切り通せるだろうと判断したためだ。
また体育館裏への誘導のため、監督達の部屋前に雀田さんを配備した。
もし邪魔者も一緒に来た場合、”影山君を探しに行ったから手分けして探そう”とうまくばらけさせ、あの子を単体で目的地まで誘導する役割も負ってもらった。
無事1人で体育館裏まで来たあの子に事情を打ち明け、2人で話す時間をもらう。
(これらのタイミングで邪魔が入りそうならその除去を、木兎さん達に頼んだ)
可愛いあの子のことだ、事情を知っても怒るどころか喜んでくれるだろう。
そこで俺はある質問をする、”好きな人はいるのか?”と。
あの子はYESと答えるのは、十分すぎるほど分かりきっている。
続けて俺は、”それは誰だ”と尋ねる。
素直に打ち明けてくれればそれでOK。
ポケットを探り、あの子がその気になった場合の準備も万端であることを確認する。
素直になれなくてもOK。
男同士の恋愛に何やら臆病になっているようだから、その場合の対処も万全だ。
俺は口ごもるあの子にこう告げる。
”俺はいるんだ、好きな人”
あの子はショックを受けるだろう。
落ち込むあの子の手を握り…
”それはね、今俺の目の前にいる人”
”…本当…ですか?”
”好きだよ影山、俺と付き合って”
”赤葦さん…!”
感激したあの子は俺に抱きつき、そのまま2人は……
どう考えても完っっっ璧な計画だ。
今頃俺は、影山とイチャイチャしてるはずだった。
なのに…
「……」
無言で目の前の3人を見やる。
「赤葦ー?どうした?」
”赤葦の無言怖え…!”
「…何かあったのか?」
”一体何があったっつーんだよ…”
「マジで大丈夫か?生きてるか?」
”一言も言い返さねえ…マジでどうしたこいつ”
どうして俺はこんな遅い時間に木兎さん、木葉さん、小見さんと、人気のない薄暗い廊下で顔をつきあわせていなければならないのか。
そもそもほとんど無言だったのもあの子の回想を聞いていたからで、無駄に過ごしたわけではない。
ただ内容があまりにも衝撃的過ぎて、その後ろくな会話もできず別れたのは事実だが…。
「…付き合うって、難しいですね」
「まずは告白しろ!!」
”付き合う以前の問題だ!”
3人の息が珍しく合わさった。
その日俺と孤爪はヘタレの烙印を押された。
異議あり。
* * *
布団に横になりながら、今日の問題点を分析する。
計画は完璧だったはずだ。
だが誤算が2つ。
1つ目は、言わずもがな孤爪。
木兎さんと黒尾さんは仲がいい。
休憩時はほとんど一緒にいると言っても過言ではない。
その木兎さんが、孤爪が近くにいる時は黒尾さんに近付かず、孤爪が近くにいない時だけ近付くようになった。
なるべくあいつに近寄らないようにと念を押したから、木兎さんなりに頑張ってくれたのだろう。
これには素直に驚嘆し感動した。
だが、それをあいつが不審に思わないわけがなかったのだ。
不審を抱いたあいつは、木兎さんが近寄らないのは隠し事があるからで、それは黒尾さんではなく自分にであると判断し、自分に隠し事がある人物…俺の存在を読み取ったのだろう。
烏野ガードが堅すぎて影山に話しかけられなくなってからのことだったから、尚更確信したはずだ。
俺の存在に気づいたあいつは、俺と親交の深い人物…木兎さん、木葉さん、小見さんあたりに狙いをつける。
あいつほどの洞察力があればたわいもないことだ。
また、木兎さんの態度から自分への接近禁止が出ているのだろうと判断し、気付かれたことを悟られないため、狙いを定めた3人に不用意に近付くことはせず、虎視眈々と機会を伺う。
何も気づいていないフリをしつつ、黒尾さんを”夜にコンビニにでも行かないか?”と誘う。
孤爪からの珍しい誘いに、黒尾さんは疑問を抱きながらもそれを受けるだろう、孤爪には甘い人だから。
そして黒尾さんは次の休憩時間に、木兎さんも誘う。
だが木兎さんは断るしかない、俺の告白がかかっているから。
珍しく断られた黒尾さんは木兎さんを追及する。
おそらくその騒ぎは、木葉さん、小見さんの耳にも届いたはずだ。
騒ぎに気をとられている隙に2人に近寄り、黒尾さん達の会話の内容から計画のことを頭に浮かべるであろう彼らの声を読み取る。
コンビニの話は気が変わったからとでも言って断ればいいだけだ。
(あいつのそういう気まぐれも、周囲は当然のこととして受け入れる)
そして計画を知ったあいつは、先回りしてあの場所に…。
推測にすぎないが、大筋は間違ってないと思う。
でなければ、あいつが俺より先にあの場所にいた説明がつかない。
後から来たのならわかる、後をつければいいだけだ。
だが俺は尾行にも細心の注意を払い、誰にも気づかれず遠回りに遠回りを重ね体育館裏に来たはずだ。
…そこであいつを見た俺の心境は、絶望などという言葉では足りないぐらいだ。
まさか孤爪の本気がこれ程のものとは思わなかった。
出し抜いたつもりが、完全に出し抜かれた。
焦りのあまり読みが甘くなっていたのだと、自省せざるをえない。
あいつの洞察力と執念をなめていた。
呆然とする俺に、あいつは言い放った。
”爪が甘いね赤葦”
人をぶん殴りたくなったのは生まれて初めてだ。
あんな遠回りなどせず、誠意を尽くし烏野ガードを説得し影山を呼び出せばよかったのか?
…どう考えても不毛な争いになる。
あの中の何人が、あの子に身の程知らずな思いを寄せてると思ってるんだ。
それほど男を魅了するあの子を少し恨めしく思い、だがそれも仕方のないことだと1人頷く。
手遅れになる前に、気持ちを自覚できて本当に良かった。
こればかりは木兎さん達に感謝だ。
…それに。
あの子がどれだけ稀有な存在か、その価値も知らずに好きになった輩に負けるわけがない。
本当の魅力を知っているのは俺(と孤爪)だけだ…ただの人間に理解することなど不可能に近い。
テレパスだからこそ、あの子の最大の魅力に気付くことができた。
…この力に感謝したのは生まれて初めてだ。
(思えば恨んでばかりいた)
だからこそ、何としてでもあの子が欲しい。
2つ目は…影山のトラウマ。
あの子の空想や思考パターンから、男同士の恋愛に臆病なことには気付いていた。
ゲイであるとバレることへの恐怖から、恋愛に無関心な態度を装っているものとばかり思っていた。
だからあんな可愛らしい空想で満足し、態度にも一切表さないのだと。
なのでこちらが手の内を見せれば(先の計画で言えば、俺から告白すれば)あの子は喜んで受け入れる。
そう信じて疑わなかった。
だが実際は、そんな簡単な話ではなかった。
孤爪がいたからとかそういう問題ではない。
あいつはいないものと思えばいいだけの話だ。
まず、好きな人がいるかの質問にNOが返ってくるとは…あの子が嘘をつくとは微塵も思っていなかった。
警戒しているのかと言い方を変えて質問すれば、まさかの”オイカワと牛島”。
思わず地が出てしまったが、そういう意味ではないと知り安堵した。
少年院には行きたくない。
オイカワが気になったし珍しくあの子も話したそうだったが、こんな時に他の男の話を聞くのはごめんだと断った。
孤爪も同じ気持ちだったようだ。
その後どう話を切り出そうか考えていたら、あの子の記憶が流れ込んできた。
…それは、先の質問にNOと返すには十分すぎる理由だった。
正直”及川”に殺意が芽生えたが、おそらくあの件がなければ及川はあの子に告白し、あの子はそれを受けていただろう。
(あのやり取りだけでも、及川はあの子を好きだと推測できる)
(気付かないのは、あの子が自身への好意に鈍いからか)
それを思えば感謝しかない。
間違いだらけの後悔ごと包み込んであげる。
影山の傷は俺が癒すからね。
だが、そうも言ってられない事態になってしまった、とも思った。
”自分が誰かを好きになるのは迷惑でしかない”
あの子はそう思い込んでしまっている。
それはつまり、俺が告白しても受けれ入れてもらえる可能性が100%ではなくなったのだ。
男同士の恋愛に臆病なだけならいい。
あの子も俺を好きだとわかっている以上、俺から告白すればいいだけの話だ。
だがそこに、”自分の思いは迷惑だ”との思い込みがプラスされればどうなるか。
俺が気持ちを伝えても、断られる可能性が出てくる。
好きな相手に”好きだ”と告白されても、”自分の好意は迷惑だ”と思い込んでいたら、相手に嫌われることを恐れ”自分も好きです”とは言えない。
もっともらしい理由をつけ断り、独りで泣くのだろう。
こんな悲しいことはない。
それにもう1つ、引っかかったことがある。
影山はあの出来事を”人生で2度目の後悔”と言っていた。
たった2度しかないのかと羨む気持ちになりかけ、問題はそこじゃないと言い聞かせる。
これが”2度目”なら”1度目”は何なのか?
それがわからない限り、告白を受け入れてもらえる可能性はほぼ0に近いのではないかとの予感さえした。
”2度目の後悔”を否定しつつ、何とかして”1度目の後悔”を探れないかと話しかけたが不調に終わった。
どうきっかけをつかむか考えあぐねていたら、思わぬ援軍が現れた。
孤爪だ。
あいつも俺と同じ結論に至ったようだ。
まさかのどストレートな質問に思わず背筋が凍ったが、影山は疑うこともなくあいつに誘導されるまま、欲しかった答えの糸を手繰り寄せてくれた。
敵に回せば厄介だが、味方になればこんなにも頼もしいのかと思わず感心した。
この機を逃すかと援護した。
そうして掴んだ糸の先に見えたのは…認めたくない現実だった。
小さい頃の影山には迸ったし、空想する理由や俺達を王子様と呼ぶ理由など、知らなかったあの子の一面を知ることができてますます好きになったが、それは追々堪能するとしよう。
いくつか気になる点はあったが、確かめるすべなどないし(あの子に聞けるわけがない)判明した事実に比べれば些細なことだ。
…影山には、本当に好きな人がいるという事実。
俺でも孤爪でもない。
”王子様”。
あの子が初めて恋し、トラウマを植え付けた元凶。
彼の存在は6年経った今も、あの子の中に深く根を下ろしていた。
聞き取れた内容から察するに、あの子が恋に落ちるキッカケにはある共通点が見うけられた。
「バレー」と「”王子様”」だ。
おそらく絶対的前提として「バレー」があり、次いで「”王子様”との共通点」を見出した時、あの子は相手を好きになるのだろう。
だから別の奴がキッカケを作れば、そっちに鞍替えする。
なぜなら相手を好きなわけではないから、いともたやすく想いはうつろう。
相手に見出した”王子様”の部分に、あの子は恋をするのだ。
それは俺(と孤爪)も例外ではない。
あの子が俺を好きになったのは、転んだあの子に手を差し伸べたから…かつて”王子様”がそうしたように。
…つまり影山は、今も好きなのだ、”王子様”を。
気が多いなんてものじゃない。
あの子はただ一途に、たった1人を思い続けているだけなんだ。
相手の名前を忘れるほどのショックを受けても尚、6年もの間…。
新しい恋をすれば確かに、好きだった相手のことも失恋の辛さも忘れられるだろう。
だけどそれはあの子にとって、”王子様”を忘れることでは断じてなかった。
新しい恋をする度、誰かを好きになる度に、あの子は”王子様”への思いを確認しているのだ。
忘れなければならないと思い込み、あの子の脳は”王子様への思い”を消した。
けれど忘れたくないと拒否する心が、無意識の内に働いていたのだろう。
そう、「本当に好きな人がいるという事実」に全く気付かなかったのは、あの子にその自覚がないからだ。
”王子様”への思いを忘れられずにいるのなら、テレパスである俺がその事実に気付くのは容易い。
だが、本人が自覚していないことはテレパスでも知りようがない。
そして自覚していない以上、直せない、変わらない。
だから俺と付き合ったとしても、他の男に”王子様”を見出せばあの子は、その男を好きになるのだろう。
かつてあの子が恋した(あの子に恋した)6人の男のように。
真面目なあの子のことだから、拒否すれば別れようとは言わないかもしれない。
だけど、心が自分にないと知っててどうして付き合える?
テレパスでなければそれも可能かもしれない。
けれどそもそも、テレパスでなければあの子のこんな思いにも気付かなかった。
(…影山は、本当は俺を好きじゃなかったんだ…)
両思いだと浮かれていた自分がバカに思える。
(…だけど)
それがなんだというのだ?
そもそも人は、他人の本心などわからない生き物だ。
誰かを好きになったら、どうにかして相手に振り向いてもらおうと尽力する。
他に好きな人がいるのなら、自分に振り向かせればいいだけの話だ。
影山が本当に好きなのは”王子様”だったとしても。
俺を好きな気持ちが”偽物”だと言うのなら…本物にすればいい。
あの時はあまりの事実にここまで頭が回らなかったが、落ち着いて考えてみればなんということはない。
当初の計画通り、告白すればいい話だ。
あの子がどんなに否定し拒絶しても、受け入れてくれるまで伝え続けよう。
そうして1度でも受け入れたなら俺の勝ちだ。
ドロドロになるまで甘やかし、俺なしでは生きられない身体にしてあげる。
”王子様”への思いなど、その根(存在)ごと燃やし尽くしてあげるからね。
バレーへの情熱は美しいとさえ思うし、控えめに下手くそな敬語で話すのもいい。
同級生が相手なら年相応に喧嘩したりするのも、すぐにキレるのも可愛い。
箸の使い方や食べ方の綺麗さにはエロスを感じる。
触れると吸い付くような肌のなめらかさも程よい色白さも、スポーツ選手らしいバランスのとれた肢体に程よく付いた筋肉も、征服欲をそそられる。
一緒にいて楽しいと思ったのも心地いいのも、あんなに笑ったのもあの子が初めてだ。
…諦めはしない。
絶対に手に入れてみせる。
どんな手を使っても。
枕元に置いたスマホで時間を確認すると、午前2時を過ぎようとしていた。
部屋の中は寝静まっている。
俺はスマホを手にそろりと起き出し、音を立てないよう教室を後にした。
薄暗い廊下を歩きながら、頭の中はある人物のことでいっぱいだった。
”王子様”
ショックからだろう、あの子は名前を忘れてしまっているが、もしかしたらそいつは俺の知っている奴かもしれない。
公園といい家といい”弟子”たちの存在といい、何よりバレーとセッター、そしてあの言葉遣い、態度。
夏休みに”別宅”にいると言っていた…それら全てに一致する人物に、心当たりがある。
…そいつがこの先、そう遠くない未来、あの子に会う可能性があることも。
「…厄介なことになった…」
メール作成画面を開き、ある人物のアドレスを呼び出した。