【日向との「ケンカ」】(東京合宿)

IH予選青城戦後、飛雄は日向に謝った。
「俺のトスが悪かった」と、自分の非を認めた。
それは北一時代には見られなかった姿勢である。
それは確かな、飛雄の「成長」だった。

なのに日向は怒った。
なぜか。


◆◆【日向への不確かな「信頼」】◆◆
飛雄が謝ったのは「トス」を「ミスった」ことではない(ドンピシャのトスを日向は打ったから)。
「トス」を「読まれた」ことだった。
『悪かった。最後、完全に読まれた(8巻69話)』

この「トスが読まれて悪かった」=「俺の判断ミスだった」になる。
つまり「お前にトスを上げた俺が悪かった」。

そして飛雄がトスを上げるのは、「勝ち」に「必要」だと判断したから。
『勝ちに必要な奴になら誰にだってトスは上げる(1巻4話)』
『今も変わり無えからな(10巻)』

つまりこの時の飛雄の謝罪は「(あの時)お前は勝ちに必要なかった」と言ったも同然。

これはキツイ。
「なんで決められなかった!」と責められた方が、日向にはよっぽどマシだったはず。
『おれに上げたのが間違いだったみたいに言うな!(日向/8巻)』
このセリフは、まさにその通りだった。
だから日向は怒った。

試合から数日後、飛雄が『謝んなきゃいけないようなトスは、上げねえ(8巻70話)』と言ったことからも、その意識がうかがえる。
「もう判断を間違えない」ということだと思うので。
「変人速攻」が「決まるか」「決まらないか」は、「俺のトス」=「俺の判断」に全てかかっているという意識。

これはつまり飛雄が、「変人速攻」における責任を一人で背負っていたことがうかがえる。

さらに飛雄の次のセリフ。
『今のお前は、ただの「ちょっとジャンプ力があって素早いだけの下手くそ」だ(※)』
『でも、俺が居ればお前は最強だ(※)』
『俺の上げるトスがあれば、どんなブロックとだって勝負できる(※)』
(※全て3巻)

いいこと言ってるように見えて実は、これらのセリフを突き詰めると「変人速攻以外は役に立たねえ」=「俺がいないと役立たず」になる。
さらに「変人速攻」でさえ、飛雄は「俺の判断が全て」と考えていた。
極め付けは次のセリフ。
『日向には技術なんて無いんですよ(10巻)』

つまり飛雄は日向の「技術」を、「信用」も「信頼」もしていなかったのである。

そのどちらも「※ただし運動神経もろもろ反射神経、勝利への執着、”普通の速攻”に限る」という、不確かなものだった。

この時のことは日向の中で燻り続け、それが爆発したのが東京合宿からのケンカだった。


◆◆【初めての「ケンカ」】◆◆
東京合宿で日向が『自分も戦いたい(7巻)』と言った時、飛雄は否定した。
菅原や烏養さんも、飛雄の意見を後押しした。
今の時点で「烏野というチーム」が「来月の春高予選で勝つため」には、飛雄の方が正しいと。

だけど日向は食い下がった。
今まで日向は、バレーにおいて飛雄の意見に反対したことはなかった(はず)。
それが、飛雄が反対したのに日向もゆずらず(飛雄の意見に反対して)、「ケンカ」になった。

なぜ日向は、ここまで食い下がったのか。
その理由は3つあると推測できる。


◆◆【相棒】◆◆
日向にとって、飛雄は「相棒」だった。
でも飛雄にとっては、そうじゃなかった。

『おれが負けたのに、影山に謝られるなんて嫌だ』
『初めて「友達」じゃなく、「相棒」が出来た気がしてたんだ』
(共に日向/10巻)

これらのセリフから読み取るに、日向はそのことに気付いたと思われる。
「飛雄に対等と思われていない」ことに。
「飛雄に心から”信頼”されていない」ことに。

また、東京合宿での音駒との練習試合時。
日向に打たせようと飛雄が上げたトスが「落ちてくるトス」じゃなかったことからも、それがうかがえる。
『今、手ェ抜いたな!(日向/11巻90話)』
『ストレスによって日向が調子を落とすことを、影山は無意識に危惧したのかもしれない(烏養さん/11巻90話)』

だから日向は引き下がらなかった。
ここで引き下がったら「信頼」されないまま、「相棒」になれないと思ったから。


◆◆【日向の「執着」】◆◆
そんな日向を説得しようと、飛雄が放ったセリフ。
『俺がブロックに捕まらないトス上げてやる(10巻)』

実はこのセリフ、町内会チーム対戦の時と同じものである。
『俺の上げるトスがあれば、どんなブロックとだって勝負できる(3巻)』

あの時の日向はそれで喜んだ。
なのに今回は否定した。
『それじゃあおれは、上手くなれないままだ』
『自分で戦える強さが欲しい』
(共に日向/10巻)

なぜか。


◆IH予選青城戦、その「俺のトス」=「変人速攻」で負けたことで日向は気付いたから。
「自分が」『もっと強くなんなきゃ、全然勝てない(9巻)』ことに。

『おれが打たせてもらう速攻じゃ、だめだ(10巻)』
飛雄のトスに頼りきったままでは、勝てないと。

勝つためには、それを磨くしかないと。
『おれ、目え瞑んのやめる(9巻)』

そしてその発想は根拠のないものではなく、GW合宿時、音駒との練習試合での成功体験に基づいたものだった。
(【日向への「信頼」の芽生え】/【成長の兆し】参照)

だから日向はこだわった。
「目を瞑るのをやめる」ことに。
これなら「勝てる」と思えたから。

しかしここで飛雄の言う通り、サーブやブロックなど他にやることは山程あった。
菅原の言う通り、『他の攻撃を磨いて行く(10巻)』道もあった。
でも日向は「変人速攻」にこだわった。
なぜか。


◆日向は知っていたから。
自分がコートにいられるのは、「変人速攻」があるからと。
『今おれが出してもらえるのは、お前のトスがあるからだ』
『おれ単体じゃ、きっと出してもらえない』
(共に日向/4巻27話)

その「変人速攻」が通用しないと、「コートに居られなくなる」ことを。
『この速攻が通用しなきゃ、コートに居る意味が無くなる(日向/10巻81話)』

そして日向は「コートに居ること」「勝ち」への執着を持っていた。
『この身体で戦って、勝って、勝って、もっといっぱいコートに居たい(1巻7話)』。
それは飛雄が「信用」するほど、強いものだった(【日向への「信頼」の芽生え】/【日向への「信用」の芽生え】参照)。

だから日向は、「変人速攻」にこだわった。
「コートに居るため」に、「勝つため」には、「変人速攻」を磨くしかないと。
『空中での最後の一瞬まで、自分で戦いたい(10巻)』

そしてそこに実は、飛雄への深い「思い」が込められていた。


◆◆【日向からの「信頼」】◆◆
「変人速攻」には、そのトスを上げてくれる飛雄の存在が必要だった。
日向が「コートに居る」ためには、飛雄が必要だった。

そして「”勝つため”には、”変人速攻”を磨くしかない」という日向の思い。
これを言い換えると、次のようになる。

「変人速攻」で「最後の一瞬まで、自分で戦」えれば、「勝って」「コートに居られる」はず。

日向は、飛雄となら勝てると信じていた。
日向は飛雄を、確かに「信頼」していたのである。

だから日向は諦めなかった。
ここをゆずってしまったら、自分が「コートに居ること」も、「勝つこと」もできなくなる。
飛雄と本当の「相棒」になることも、できなくなる。
『影山は、凄え奴だからきっと大丈夫です』
『だからおれも置いてかれない様に、「頂」での戦い方教えて下さい』。
(共に日向/10巻)

これだけは、どうしてもゆずれなかった。
だから食い下がって「ケンカ」した。
『ゆずれなくてケンカするの普通だ(25巻)』

金田一たちは、飛雄を「信頼」していなかったから「ケンカ」できなかった。
でも日向は、飛雄を「信頼」していたから「ケンカ」できた。

そして日向のこれらの思いが、飛雄や烏養さんを動かした。


◆◆【新、変人速攻】◆◆
日向の意見を否定した烏養さんだったが、日向の「強い意思」に触発され、烏養監督のもとを訪れた。
そこで日向の「要求」への「答え」を見つけ出し、飛雄に告げた。

「変人速攻」も「ファーストテンポ」の攻撃であること。
それは「スパイカー主導」の攻撃であること。
そして『”スパイカーが打ち易い”以上に、最高のトスは無(烏養監督/10巻)』いこと。
「変人速攻」における「スパイカーが打ち易い」トスは、「止まるトス」であること。

そして烏養さんの『できるか(10巻)』との問いに、飛雄は少し悩んだ。
飛雄は日向の「技術」を「信用」していなかった。
『日向には技術なんて無いんですよ(10巻)』

だから今までの飛雄だったら、こう答えていたと思う。
「俺が出来たとしても、それを日向は”打てない”から”やりません”」。

だけど、『チビちゃんが欲しいトスに、100%応える努力をしたのか(10巻)』との及川のセリフを思い出し、飛雄は答えた。
『やって、みせます(10巻)』

これは飛雄の、劇的な変化だったと思う。
飛雄はこの時に、初めて知った。

「スパイカーが打ち易いトス」とは、
「俺の判断で、(スパイカーが)打ちやすい」トスではなく、
「スパイカーが”要求する”、(スパイカー自身が)打ちやすい」トスだと。

だから、「日向は打てない」と考えていたにも関わらず。
「日向が”要求”するトスを上げてみせよう」と、飛雄はトスの練習を開始した。

そして飛雄は「止まるトス」を修得し、「新、変人速攻」が生まれた。

この「止まるトス」を日向が決めたこと。
その過程で日向の確かな進歩を感じ取った飛雄は、日向の「技術」を「信用」するようになった。
それは飛雄の、日向への「信頼」が深まったことを意味する。


次章◆◆◆【日向への確かな「信頼」】(春高予選~青城戦)◆◆◆