『影山君の王子様』(赤影、研影、宮影)の宮視点/前半部分です。
後半はアップしません、ご注意ください。
アップはこれにて終了です。続きは同人誌『影山君の王子様(後編)』にて。
興味がありましたらよろしくお願いします。
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【人の心が読める】。テレパスのこの力は祖母譲りやった。
両親は普通の人間やったから、隔世遺伝ちゅうやつやろ。その力は、従兄弟である赤葦、孤爪にも受け継がれていた。そのことを知っとるのはお互いと、祖母だけやった。両親は知らへん。
祖母は奔放で豪快な人やった。俺らも【テレパス】であることにいち早く気付き(当然やな)、テレパスとしての心構えを教えてくれた。仰々しいこともめっちゃ言われたけど、幸せそうに笑う祖母を見てると不安を感じることはあまりなかった。
便利でおもろい力やな。
それくらいの認識やった。赤葦と孤爪は力をよく思ってへんようやった。バカな奴らや。せっかくの力やのに。
俺は二人を見下しとった。
小学三年の頃、祖母が亡くなった。悲しかったけどそれ以上に、人はいつか死ぬ。その事実が恐ろしかった。
そうして俺らがテレパスであると知るんは、互いだけとなった。
元々、俺と赤葦、孤爪の仲はよくなかった。当然や。自分の考えを読まれるんは不快の一言に尽きる。
かろうじて年に二回、盆と正月に親戚の集まりで会うぐらいやったが、祖母の死後以降、それもなくなった。
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【心が読める】。人間関係を構築するにあたり、これ以上のアドバンテージはなかった。俺は力をフル活用し、およそ完璧な人間関係を築きあげた。
相手の望む言葉を与え、時に不安や悩みを言い当て相談にのり、的確な(相手の求める)回答を示す。その頃からイケメンなのは自覚してたし、自他ともに認める裕福とされる家柄で、まあそんな俺に人が群がるのも当然やった。
およそ崇拝とも呼べるような慕われ方は、正直気持ちよかった。
ほんでも俺をよく思わん奴もいたから、そういう奴らとは距離を置いた。そいつらに構うより、バレーの方がおもろい。
男女問わず、恋愛感情を向けられることもめっちゃあったけど、全て断った。正直な話、迷惑なだけやった。無理矢理どうこうしてきそうな奴にはうまく誘導し、別の奴を好きになるよう仕向けた。
【心が読める】っちゅうんは、よくも悪くも相手の全てがわかるっちゅうことや。わかってまうことほど、おもろないことはない。
わからへんからわかりたなる、知りたなる。そういうんが恋や思うのに、テレパスにとってそれほど難儀なことはなかった。
しかも知れば知っただけ、幻滅することが増えるばかり。恋をしろっちゅうんが無理な話や。
せやから俺は、まあいつかは結婚せなあかんし、せめて見た目も家柄も俺に釣り合うような、それでいて性格も許せる範囲の女とママゴト(結婚)しようと決めていた。
それまでは適度にこのぬるま湯に浸かってればええ。
恋愛感情ほど複雑で邪魔くさいもんはない。そんなもんに振り回されんのも、振り回されてる人間に振り回されんのもごめんや。そんなことよりバレーやバレー。
そう思っとったのに。
生涯忘れもせん、小学五年の夏休み。
運命の出会いを果たした。
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夏休みと正月の年二回、東京の祖父宅に滞在するのが毎年恒例となっていた。滞在している間は、近くの公園でバレーをするのが日課やった。
バレーの相手に困ることはもちろんなかった。年に二回、それぞれ一週間ほどの滞在にも関わらず、俺を慕う人間は多かった。いわゆる取り巻きっちゅう奴らや。悪い気分はせえへん。
帰省が決まった時点で、東京にいる取り巻きの代表格みたいな奴に連絡を取り、体育館の予約を頼んだ。この力様々や。代表格言うても勝手に仕切っとるだけやけどな。特に問題もなかったから好きにさせといた。
そして小学五年の夏休み。祖父宅に滞在した二日目。
いつも通り公園に顔を出しいつも通り人に囲まれ、いつも通り体育館でバレーをする…はずやった。
体育館横の日陰で、そいつは一人練習していた。
一人で、しかも外でバレーの練習をしてる奴は珍しかったから、声をかけようか悩んだ。せやけどこれ以上取り巻きが増えても邪魔や思て、そのまま通り過ぎようとした、のに。
ボールさばきが上手かったから。
それだけの理由で声をかけた。
俺を魔法使いと呼んだそいつは、影山飛雄と名乗った。
✽
飛雄君は、気付くと妙な空想を始めるけったいな奴やった。何よりバレーのことしか考えてへん、どんだけや思た。せやけど試合をしてみればなるほど。心底楽しそうにバレーするその姿に、気付けば魅了されていた。
この子は絶対上手なる。ほんで俺と一生関わるようになる。
なんでか知らんけど、そんな確信めいた予感を感じた。
もっと飛雄君のことを知りたいと、誘った昼食はまさかのお断り。理由は『じいちゃんのポークカレー』。
誘いを断られたんも、しかもこんな言い方アレやけど、そんな理由なのも初めてでどう反応してええかわからんかった。俺の周りにおらんかったタイプや。
おもろいわ、この子。
道端に落ちてる石ころ思てたものが実は宝石やった。そんな、思わぬレア物を発見したような高揚感に襲われた。
翌日の昼食にポークカレーと温卵をリクエストしたのは言うまでもない。
翌日。言葉通り飛雄君は体育館横にいた。声をかけると嬉しそうに返され、その時気付いてしもた。
この子は、俺に恋しとる。
昨日言っていた【キラキラ】は、俺がイケメンやからと思たけどちゃうかった。【キラキラ】に【ドキドキ】が加われば、それはもう立派な恋や。飛雄君は気付いてへんけど、俺を好きなんや…。
そう気付いた瞬間、心臓が激しく震えた。
「…?」
初めての感覚に戸惑ってると、取り巻き連中が飛雄君に絡み始めた。よくあることやった。
取り巻き内にも「地位」っちゅうもんが存在し、「新入り」がいきなり俺と親しくしようもんなら「洗礼」を受ける。
馬鹿馬鹿しい思たけど、それで問題が起こるようなことは一度もなかったから放っといた。
せやのに、その時は。
おもろない。
その感情のおもむくまま、飛雄君の手を握りその場から連れ出した。正直やりすぎたか思たけど、飛雄君が俺にときめいてたから全て良し。うん、これや。
飛雄君はあんな奴ら相手にせんと俺だけ見てればええねん。飛雄君で遊んでええのは、俺だけや。
その日の昼食は、作戦通り飛雄君も家に来ることになった。正直、家を見ることで飛雄君が変わってまうかもしれん不安はあったけど、杞憂に終わった。
【ランプの精】が出てきた時は、耐えきれず吹き出してしもた。なんでそんな発想になるねん。ほんま最高やわこの子。
喜んでカレーを食う飛雄君は、なんというか、その、可愛かった。男に可愛いはないやろとなんべんもツッコんだけど、可愛いもんは可愛いで落ち着いた。
もっと喜ばせたくて、メロンを土産に持たせたろと思た。ばあちゃん思いのええ子やね。ますます飛雄君に好感を抱いた。
せやけど飛雄君は、どこまでも俺の予想を裏切る子やった。
✽
午後の遊びの誘いを、断られるとは思わんかった。
俺を好きなのに、バレーの方がええんかと不満を抱いたが、気付いてへんからしゃあないと言い聞かせた。
そこまでバレーにひた向きなトコも、ええね。
俺も飛雄君ともう少し一緒にいたかったから、飛雄君に付き合うことにした。取り巻き連中はやかましかったけど、そんなん知るか。
せやけどそん時、言い聞かせるなり飛雄君を避難させるなりしとけばよかったんや。
俺がメロンを用意しに部屋を出とる間に、連中はあろうことか飛雄君を突き飛ばしよった。
その光景を見た瞬間、体温が一気に下がった。
なにしとんねんお前。どないしてくれよう、こいつら。俺のもんに手ェ出した覚悟できとるんやろな?
静かな怒りを腹に抱え、とりあえず飛雄君を救出しようと手を伸ばしたら、まさかの「【王子様】」。
怒りも一瞬で吹き飛んだわ。
まさかあの状態であんな空想するとは思わんやろ。そんなに俺がカッコよかったん?せやろーカッコええやろー。
飛雄君を突き飛ばした奴も他の連中も、もうどうでもよくなった。
優越を感じるでもなくあいつらを恨むでもなく、ひたすら可愛らしい空想と俺、そしてバレーのことしか考えへん飛雄君が、愛しく思えた。…ん?愛しいってなんなん?
誰かにこんなにも心惹かれるんは、初めてのことやった。
飛雄君はあれやろ、他人にどう思われるか気にせんのやろ。ちゅうよりできひんのかもな。それでいて自分の思いに素直で正直。人付き合いに難儀するタイプやね。友達あんまおらへんやろ。
せやったら、俺のそばにいたらええ。俺といれば人間関係に困ることあらへんよ。
飛雄君が望むなら、なんぼでも《王子様》になったる。せやからもっと俺を好きになればええ。
男やし付き合うとか考えられへんけど、飛雄君が好きでおる分にはええよ。
今までは好意を向けられても迷惑なだけやったのに、なんでこんな気持ちになるんやろな。
飛雄君は不思議な子や。
その後、俺は飛雄君と二人でバレーした。
しばらくして喉も渇いたし、休憩せんかと声をかけたけど断られた…。断るんかい!
ほんまに俺のこと好きなん?思えば飛雄君には断られてばかりやと虚しい気持ちになった。なんやろ、俺の方が片思いしとるみたいやん。逆やろ逆!
この子はほんま、何よりも自分の気持ち、バレーが優先なんやと複雑な気持ちになった。
せやけど一人、黙々と練習を続ける飛雄君を眺める内に、その気持ちもどこかに消えた。俺がいることも忘れたかのように、目の前のボールにだけ夢中な姿。どこまでも楽しそうで、どこまでも幸せそうで、ほんまにバレーが好きや言うのが伝わってくる。
わかる、ようわかるで飛雄君。楽しいよな、好きよなバレー。俺も好きやねん。せやけどそろそろ、俺のことも見てや。…この俺が、バレーに妬く日が来るとはな。
『熱中症になってまうよ』
果たして飛雄君は望んだ通り、俺を見た。せや、それでええ。
《王子様》よろしく、缶ジュースをあげたらめっちゃ感動しよった。こんなんでそんな喜ぶなんて、ほんま可愛ええなぁ。ええで、今度はカフェに連れてったる。飛雄君が好きそうな店探しとくわ。
その時俺は、コーヒーを選んだ。ほんまは緑茶派やったけど、《王子様》が緑茶じゃカッコつかへんやろ。飛雄君は予想通りの反応を見せてくれて可愛かったわ。
甘い物はあんまりっちゅうんは意外やったけど、そんな意外性もおもろくてええ。
そして始まった空想は、可愛らしいことこの上なかった。この俺にコーヒー噴き出させるとはやるな飛雄君、ほんま最高やで。
予想した通り、飛雄君に友達はあまりおらんことが判明した。せやろな。けどそれでええねん。飛雄君のおもろさは俺だけが知っとれば。
「…どうして友達になろうって言ったんすか?」
「?飛雄君おもろいやろ」
飾ることなく、素直な思いを返した時。
飛雄君が、笑った。
瞬間。
その笑顔は、俺の心臓に大きな音を立てて落ちてきた。
俺は言葉を失った。
アカン。これはアカン。他の奴らに見せたらアカン。
そんな思考に駆られ、気付いた時には口が勝手に動いてた。
「今みたいな顔、他の奴らの前でしたらあかんよ」
なんでそんなことを言ったのか、その時はわからんかった。
せやけどその後、練習を再開し飛雄君と二人でバレーしとる間、その理由にようやく気付いた。
今まで抱いた感情も思考の理由も、すべてが一言で説明出来るもんやった。
邪魔くさい思てたもんは、こんなにも喜びに満ちたもんやったんや。
せやけど、なんで男なんねん。こんなん誰にも言えへんねん。…言わなくてええか。二人きりの秘密や。
あの時の予感は本物やったんや。
兵庫に帰る前にこの気持ちを伝えるから、飛雄君も自覚してな?
末長くよろしくな。
メロンに喜ぶ未来の恋人の姿を見つめながら、初めての感情に浸っていた。
せやけど俺のそんな期待(希望)は、またしても飛雄君に裏切られることになった。
✽
今でも忘れられん、あの悪夢の日。
俺を好きだと告げた飛雄君は、取り巻き連中に罵られ真っ白な顔になり、おぼつかん足取りで去って行った。
後を追おうとしたけどできひんかった。
「あんな奴ほっとけばいいだろ!」
「まさか嬉しかったとか言いませんよね?」
「宮さんはホモじゃないっすよね」
そいつらが向ける懐疑の視線に耐え切れず、追うのを諦めた。
なんとか平静を装い、何事もなかったかのように振る舞った。連中の信心は取り戻せたようやった。
置き去りにされた飛雄君の荷物は、俺が預かった。
連中には不満をぶつけられたが、それとこれとは話が別やと言えば称賛された。意味わからん。
その日の昼食も、いつも通り取り巻き連中を招いて食った。ポークカレーやった。二日続けて同じメニューは今までなかったから、連中は不満を抱いていた。そんなん知るか。
君のために用意したんやと飛雄君の姿を探したけど、見つからんかった。
なんでや。温玉もあるで。今日は土産に桃を用意したねん。ばあちゃん喜ぶで。はよ来いや。ボールも預かっとるよ。バレーしたいやろ?
日が暮れても飛雄君は来いひんかった。
場所がわからんかったんやろか。それともこいつらが嫌やった?せやろな、あんなこと言われたもんな。ごめんな気付かんで。飛雄君が嫌なら帰らせるし、何なら謝らせたる。もうあんな事言わせへんから、明日は迷子にならんよう一緒に来ような。今日は、ごめんな。
翌日。昼になっても飛雄君は公園に姿を見せなかった。
ほんまはこのまま飛雄君を待ってたかったけど、昼食を用意させてる分、食材を無駄にするわけにもいかんと取り巻き連中を家に招いた。
三日続けてのポークカレーに、連中の不満は音となって漏れ始めた。知るか。
飛雄君なら喜んでくれるのに。だんだん、自分のしていることがようわからんようになってきた。
カレーは三日目が一番うまい言うてたやん。今日が三日目やねん。なんでおらん?なんでこいつらがおるん?
なあ飛雄君、今日はさくらんぼを用意したんよ。最高級の品質や、飛雄君に食べてほしくて取り寄せたねん。来てくれんと無駄になってまうねん。はよおいで。
伝えたい、ことがあんねん。
…嬉しかった、嬉しかったねん。
飛雄君の気持ちは知っとったけど、言われてめっちゃ嬉しかったねん。
男やのに不思議やろ?俺もそう思う。せやけどそれは飛雄君も一緒やん。
俺も飛雄君が好きや。可愛くておもろくて、バレーが好きな飛雄君が好きや。
俺もな、飛雄君で初めて恋を知ったんや。恋って幸せやな。
ずっと一緒にいたい、飛雄君を独り占めしたい、もっと知りたい、もっと可愛い空想を…なんでもない。
せやから付き合おう。俺はあと数日で兵庫に戻るし、飛雄君も東京に住んどらんのやろ?住所と連絡先教えてな。
遠距離になるけど手紙書くで。携帯買うたら教えてな。パソコン使える?たまに会おうな。俺から会いに行くで。
くれた缶コーヒー、飛雄君と一緒に飲もうととっておいたるねん。四本もあるさかい、少しずつチャレンジしような。そしてまた一緒にバレーしような。
俺も好きやねん、飛雄君。
その後、一週間を過ぎても飛雄君に会えることはなく、俺の思いは行き場を失ったまま、夏が終わった。
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孤爪に最後に会うた時、言われた言葉を思い出す。
『力で他人の気持ちを弄んでいると、いつか自分に返ってくる』
弄んでいるつもりは少しもなかった。ただ自分にとって都合がよくなるよう、気持ちの方向性を仕向けとるだけのつもりやった。
そんなもの、せっかく授かった力を使いこなせる器量のない弱者の戯言やと、切り捨てた。
せやけどあいつは正しかったんや。
心に入り込み、俺を慕うよう仕向け居心地のいい場所を築いてきた。そうして崇拝させたあいつらに、初めて恋したあの子は傷つけられ、消えた。
行き過ぎた崇拝は排他的になる。
そのことを知っとったのに、俺さえよければ、問題を起こさなければどうでもいいと放置し続けた結果がこれや。
生まれて初めて後悔した。クズやと思った、それまでの生き方を。変えた。
孤爪の言葉通り、〈力で気持ちを弄ぶ〉のをやめた。
今までの人間関係は全て切った。
文句も不満も恨みごとも散々言われたけど、どうてもええ、上辺だけの人間関係なんてもうどうでもええねん。
なんで、ほんまに大切なものはなくしてから気づくんねんな。
缶コーヒーは期限が切れる前に飲んだ。空き缶は捨てずに保存した。また会えた時見せたるんや。飛雄君驚くやろな。いつも俺が驚かされてばかりやったから、今度は俺が驚かせたる。
それからは、ますますバレーにのめり込んだ。
できる範囲で飛雄君を探し続けたけど、見つけられることはできひんかった。
せやけど絶望はせんかった。今は会えんでも、バレーを続けとればきっとまた会える。
そう信じ、その時飛雄君に軽蔑されんように、
『うまくなりましたね!』
そう笑ってもらえるよう、ひたすら練習に励んだ。
転機が訪れたのは、中学二年の夏。
合宿の夜、好きな子の話で盛り上がっとる時やった。
<続きは同人誌にて>