このシリーズの続きです。注意事項はそちらをご覧下さい。

 

※虐待描写があります。苦手な方はご注意下さい。

※途中までしかアップしません。

 

【続きの書き下ろしや前半部もまとめた同人誌発行しました!】

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「どうぞ、君の口に合うかわかりませんが」
「合うに決まってるっスよ!黒子っちのご飯がまずいわけないっス!ゴマ和えはオレが作ったんスよ!」

差し出されたオニオングラタンスープとカレーライス、ほうれん草のゴマ和え。
斬新な組み合わせに驚きつつ、スープを口にする。
タマネギはよく煮込まれていたが、普通の味だった。
歪な形のジャガイモや人参が煮込まれたカレーも普通だ。
ゴマ和えも、ありきたりな味で。
おせじにも「美味」とは言いがたい。
今まで飽きる程口にした、一流シェフが作る見た目にも典麗で繊細な料理の数々とは天と地程の差がある。

…なのに。
こんなにも胸が締めつけられるのはなぜだろう。
「おいしいっスよね!」
話しかけるその顔は嬉しそうで。
彼を見つめるその瞳は照れくささを隠しきれずに微笑み。
肩を抱こうとする手を優しく払いのける。
愛しくて仕方ないという瞳で、仕草で、言葉で、にじむ視界に映る、触れ合う2人の姿。

…綺麗だと、思った。
この光景を、ずっと見ていたい。
温かなこの場所を、守りたい。

そう思った。
|誓ったんだ。

 

 

 

 

「おやすみ涼太、またいつでも呼んでね」
「…気が向いたらね」
何度目になるかわからない同じようなやり取りを終え、ドアにもたれかかる。
「…黒子っち…いつ帰って来るんスか…」
今日は彼の誕生日だった。

去年の1月31日。
黒子っちの誕生日だとわかっていたが、何をする気もなかった。
なのにその日は撮影が早く終わってしまい、かと言って飲みに行く気にも女を抱く気にもなれなかったので久しぶりに早く帰宅した。
プレゼントやごちそうを用意する気にはなれなかったけど(いらないと言われたら何をするかわからなかった)、悩みに悩んでせめてこれぐらいはとカットケーキを2個買った。
チョコ(オレ)とイチゴショート(黒子っちが好き)。

黒子っちはすでに帰っていて、すごく驚かれた。どうしてだろう。
おめでとうは言う気になれず、目を合わせることはその時もできなかったけど。
受け取る黒子っちの両手は震えていて。
用意してくれたスープを食べる俺の向かいに座り、ケーキをほおばる黒子っちからはすすり泣く声が聞こえて来た。
”ありがとうございます”って消え入りそうな声が聞こえたから、よかったって思った。
チョコはオレの分だったけど、ちょうだいとは言えるフンイキじゃなくて。
だけど俺でもまだ、黒子っちを喜ばせることができるんだって嬉しかった。
…黒子っちはいつまでいてくれるんだろう。
オレのことなんて好きじゃないの。


そして今年の1月31日。
運がいいのか悪いのか撮影が早く終わったため、誘われた飲み会も女の誘いも断り家路を急いだ。
4個のカットケーキとピザとサラダとチキンをそれぞれ有名店で、バニラシェイクも忘れず購入し帰宅した。
ケーキが4個なのは黒子っちが2個食べても俺も食べられるように。
ピザとチキンなのは、付き合って迎えた初めてのクリスマス、「初めてです」って黒子っちが喜んで食べてたから。
驚いて聞けば、クリスマスと誕生日は手巻き寿司とケーキが毎年恒例なのだと言う。
海苔にちょうどいい量のご飯を乗せて巻くのは中々大変なのだと手巻き寿司の苦労を黒子っちは語った。
あまりにも地味な組み合わせに黒子家らしさを感じつつ、それだけでも伝わる家族の温かさが、いいな、と思った。
スーパーの惣菜コーナーに並べられるありきたりなピザとチキンとは全然違う。
俺にとっては食べ飽きたその組み合わせも、それからは特別な物になった。
去年はケーキだけで喜んでくれたから、今日は絶対喜ぶと思った。

…なのに。
…黒子っちはいなかった。
黒子っちがオレを拒絶したあの日から、こんなことは初めてだった。

冷えた暗闇に迎えられたオレは必死に黒子っちを探した。
黒子っちの部屋もオレの部屋も、リビングもキッチンも風呂場もトイレも洗面所もベランダもクローゼットの中もベッドの下も床下収納も冷蔵庫の中も風呂場の換気扇の上も空間という空間は全て探した。
なのに黒子っちはどこにもいなかった。
大声で呼んでも叫んでも、黒子っちは出てこなかった。
赤司っちに会うのは明日と言ってたのに。
今日は休みで一日家にいるって言ってたのに。
…オレは膝から崩れ落ちた。


「っはっ…ははっ…」
捨てられた。
オレは捨てられたんだ、黒子っちに。遂に。

瞬間、言いようのない震えが全身を襲い、気付くとオレは電話をしていた。
誰でもいいから抱きしめて欲しかった。
体の震えを、止めて欲しかった。
真っ暗な世界に、独りでいたくなかった。

顔も名前もよく覚えてない女とリビングでヤッた。
そこはオレと黒子っちの思い出がつまったセイイキだったから、今まで一度も女を入れたことはなかったけど、どうでもよかった。
黒子っちの髪色に似た大切なソファの上で、汚い欲を吐き出しまくった。
なにもかもが、どうでもよかった。

行為後、サラダとピザを半分以上タイラゲた女は、2個目のケーキに手をつけようとしている。
バニラシェイクは既に溶け切っていた。
「ほんとに全部食べていいの?涼太は?」
「…オレはいい」
黒子っちとはかけ離れた食欲にうんざりしながら適当な返事をする。
シャワーを浴びようと廊下に出た足下に何かがぶつかる。
小さなケーキの箱だった。

「っ黒子っち…?」
まさか帰って来たというのか。
急いで黒子っちの部屋に向かったけれど、姿はなかった。
他の所も探したけれど、やっぱり黒子っちはどこにもいなくて。
だけど玄関に見慣れた黒子っちのスニーカーがあったから、靴を履き替えてまた出かけたのだろうと思った。

…黒子っちは帰って来た。
オレを捨てたわけじゃなかった。
捨てられた、わけじゃなかった…。
安堵と共に言いようのない怒りがこみ上げてくる。
なんでこんなことした。
なんでオレが帰って来た時いなかった?
どこに行ってたの?何してたの?
ケーキがあそこに落ちてたと言うことは帰って来て、オレ達がヤッてるの見て、そんでまた出て行ったんでしょ。
そんなの今更じゃないか。
せっかく色々買ってきたのに。
廊下に落ちてたケーキはぐしゃりの箱は潰れてて、迷ったけど冷蔵庫に閉まっておくことにした。

イライラしながらリビングに戻ると、女が残り1個のケーキを食べようとしている所だった。
「っそれはダメ!」
「え、あ、涼太も食べる?」
「あ、うん、後で食べるからとっといて」
オレは食べる気なんてなかったけど、帰って来たら黒子っちにあげようと思った。
ショートケーキが残っててよかった。

黒子っちが帰ってくるなら、もうこの女に用はない。
同居人がそろそろ帰ってくるからと追い出した。
女が食い散らかしたゴミを拾いながら、黒子っちならこんな汚い食べ方はしないのにと思う。
ゴムやティッシュを捨て、ふとソファに目をやった途端、激しい後悔に襲われた。

…オレは一体、何をした?
黒子っちの色だからと選びに選んだこのソファで、黒子っちと過ごしたこのリビングで、オレは|。
あああオレはなんてことをだってでも黒子っちがいないから黒子っちがいなかったからだからそう仕方ないんだ黒子っちが悪いんだそうだだから、だから。
「…新しい…ソファを買おう…」
黒子っちも気に入ってたみたいだけど、今はどう思ってるかわかんないし。
…どうせその内いなくなるんだし。
あれほど気に入ってたソファなのに、もうただの汚いゴミにしか思えない。
そうしたのはオレなのに、黒子っちに酷く腹が立って仕方なかった。
今度はどんなソファを買おうか考えようとして、けれど何も思い浮かばなかった。

その後、残ったピザやチキンを片付け、しまおうと冷蔵庫の扉を開けたオレの目に片手鍋が映った。
蓋を開けるとオニオングラタンスープが入っていた。
黒子っちがいつも出してくれるものだ。
…あの日からも、毎日欠かさずに。
「…作らなければいいのに」
黒子っちは、なんでそばにいるんだろう。
オレが何をしても泣くだけで、何も言わない。
怒って怒鳴って殴ってくれれば、そんなことはしないでって縋ってくれれば、もしかしてオレをまだ好きでいてくれるのかって思えるのに……………泣いて、…吐くだけ。


…そんなにオレが気持ち悪いなら、出てけばいいのに。
好きじゃないなら、離れればいいのに。
何も言わないってことは、どうでもいいって思ってるんだろ?
なのになんで、黒子っちはいるんだろ。
黒子っちが捨ててくれればいいのに。
…俺から離すことはできないから。
早く突き放して欲しいと思いながら、けれどそばにいてほしい。
ムジュンした思いは黒い塊となって心に居座り続け、俺をムシバむ。
苦しくて苦しくて仕方ないのに、どうすればいいのかもわからなくて、俺をここまで追いつめる黒子っちが憎くもあった。

そう思いながら、だけど、毎日このスープが出されることに喜ぶ自分もいる。
たった1つ残された、「愛」の欠片をスープに見出そうとしてる姿にジチョーする。
そんなもの、どこにもありはしないのに。
オレが欲しいものなんて、もう、どこにも。


間もなく日付が変わろうとする時間になった。
けど黒子っちは帰って来ない。
帰りを待ってるわけじゃない、ただ眠れないから起きてるだけ。
ベッドに寝そべり、スマホとにらめっこ。
どうでもいいメールやラインはいくらでもくるのに、望む人からは何もなし。
メールや電話をしようかと思ったけれど怖くて止めた。
もしかしたら予定が早まり赤司に会っているのかもしれない。
それならそれでメールの1つも送ればいいのに。
そうとわかってたら、帰ってなんて来なかったのに。
こんなことになるんなら、赤司と会うのを許さなきゃよかった。
「…バカみたい」
気怠い体を起こし、適当な番号に電話する。
2人目で目的は達成された。
こーゆー時、知り合いが多いと便利だ。
告げられたクラブ名は馴染の店だ。
30分くらいで行くとラインを送り、部屋を出る。
そう言えば夜遊びは久しぶりだなと思い返す。
黒子っちがいるから、なるべく帰るようにしてたから。
だけど今夜は黒子っちがいない。
1人の部屋は嫌なことを思い出すから好きじゃない。

雪はすでに止んでいた。
灰色の世界に月明かりが白く映え、なんとなく、5年前を思い出した。

黒子っちに無性に会いたくなった。


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