【あらすじ】影山には空想という秘密の趣味がある。菅原が好きだったがとあるきっかけで孤爪と赤葦を好きになる。一方、孤爪と赤葦にはある秘密があり、それがきっかけで影山に急接近する。しかし影山の初恋の相手にまつわるある秘密を知ってしまい…。
”男同士で気持ち悪い”
”友達面して近づくとか最低だな”
”裏切りやがって”
”二度と近付くんじゃねえ”
最悪な形で、俺の初恋は砕け散った。
* * *
7月下旬。
武田先生のおかげで参加できることになった東京合宿。
2回目の今回は、前回より長い1週間だ。
音駒も梟谷も、森然も生川の奴らも強くて中々勝てねえのが悔しい。
でも楽しい。
初日の夜、風呂上がりに布団の上で軽くストレッチしてると日向が声をかけて来た。
「影山、また髪濡れたまま」
うるせえな、クソ。
「髪位乾かせよなお前。風邪引いたらどうすんだ」
「ああ!?風邪なんて引くか!」
ほっとけば乾くんだよ!
「そうだよね、バカは風邪引かないって言うもんね~さっすが王様」
「バカはテメエだろ…俺はバカじゃねえ!」
月島が口を挟んでくる。
なんでコイツはいちいち突っかかってくるんだ。
「あれ~嫌味通じたの君」
キレそうになってると優しい声が降って来た。
「自然乾燥は髪が一番傷むんだぞ~」
そう言いながら菅原さんは、濡れたままの俺の髪をグシャグシャとなでた。
菅原さんの手は優しくて好きだ。
手だけじゃないけど。
「…乾かすの、面倒です」
寝て起きれば乾く。
寝ぐせはつくけどその内元に戻るから、ドライヤーなんて必要ないと俺は思う。
だけど普通はそれじゃだめらしい。
そういや中学の頃も及川さんとか国見がうるさかったな。
「今日も乾かしてやるよ」
ポンポンと頭を叩かれる。
それだけで俺はドキドキと幸せでいっぱいになった。
「お前の髪、ホント綺麗だよな」
ドライヤー片手にワシャワシャと髪をかき混ぜながら菅原さんが話しかける。
ドライヤーの音がうるさくてあまり聞こえないのが残念だ。
菅原さんの声はあったかくて好きだ。
声だけじゃないけど。
「このサラッサラ、マジうらやましい」
好きな手に髪をなでられ好きな声を聞きながら、至福の時間へと意識を飛ばした。
【菅原さんは、街で評判の美容師さん。
超絶テクニックで、どんな人もその人に1番似合う髪型に仕上げてしまうのだ。
そんな菅原さんに思いを寄せる人は数知れず。
どんな美人から告白されても断るのに、菅原さんに恋人はいない。
なぜかと玉砕した女が聞いた。
”理想の髪の持ち主を探してるんだ”
そんなある日、評判を聞きつけた俺がふと菅原さんの店に入る。
カットを頼むと菅原さんは快く受けてくれる。
そうして優しくシャンプーとカットしてもらい、帰ろうとしたら菅原さんに呼び止められた。
”君こそ俺の探していた髪の持ち主だ…!俺と結婚してください!”
”はい…!”】
「影山、乾いたぞ」
優しい声に意識が現実に戻される。
「あざっした」
礼を言うと、菅原さんは俺の頭をまたポンポンと叩いた。
菅原さんがよくやる仕草だ。
そして満足そうに目を細める。
ああ、好きだ。
菅原さんはいつもキラキラしてる。
俺は今、菅原さんに恋をしている。
思えば5月のGW合宿の初日。
ドライヤーで髪を乾かす習慣のなかった俺は、その時も風呂上りに濡れた髪のままストレッチをしていた。
なぜか日向や月島に”髪を乾かしてやろうか”と声をかけられたが断った。
胡散臭えし、絶対何か企んでる。
そしたら菅原さんが”じゃあ俺が乾かしてやる”って言って来た。
”先輩にそんな事させらんねえです”って言ったら”先輩にかわいい後輩の面倒見させてくれ”って笑顔向けられて、断れるわけがなかった。
髪を乾かし終わった後、菅原さんは俺の頭をポンポンと優しく叩きこう言った。
”ほら、できたぞ”
ドスって心臓に何か刺さった。
それから菅原さんがキラキラして見えるようになった。
わかりやすく言うと菅原さんを好きになった。
菅原さんはそれらかも、合宿の度にこうして俺の髪を乾かしてくれる。
父さん母さん俺をサラサラストレートに産んでくれてありがとう。
思えば中学の時も、及川さんに同じようなこと言われて散々髪グシャグシャにされたな。
あの時も父さん母さんに感謝した。
また肩たたき券作ってお礼しよう。
好きな人に髪を乾かしてもらって、好きな人の笑顔を見て眠れるなんて合宿は最高だ。
幸せな気持ちに浸りながら眠りについた。
* * *
好きになるのはいつも、男の人だった。
初めて誰かを好きになったのは小学4年の時。
夏休みに泊まった東京のじいちゃん家、その時に出会った1つ年上の王子様。
名前は忘れた。
この時に色々あってそれがトラシカだかウマシカだかになり、恋愛において俺は1つの悟りを開いた。
男が男を好きになるのは”普通”じゃない。
両思いになりたいとか告白しようなんてのは絶対にダメだ。
告白しても困らせるだけで嫌われ、最悪相手と2度と会えなくなる。
好きな人が出来たら、その人との物語を空想して楽しめばいい。
俺には”空想癖”という趣味があった。
ただ思いついた事をあれこれ考え空想するだけなのだが、これが結構、というかかなり楽しい。
つまらない時間も空想してればあっという間に終わる。
どうしても眠れない(すぐチョークが飛んで来て)授業の時なんかに有効だ。
母さんとの約束で俺に空想癖があるのは誰にも秘密だ。
空想に登場するのは、身近にいる人だったり見かけただけの人だったり。
よく登場するのはその時好きな人だ。
初めて好きになった人にフラれてからも、俺は幾度となく恋をした。
小学5年の時はクラブで同じチームだった6年生。
面倒見がよく、優しい人だった。
練習が終わるといつも、”他の奴には内緒な”って俺だけにオレンジジュースおごってくれた。
心臓がぎゅっとつかまれた。
甘い物はそんなに好きじゃないとは、とうとう言えなかった。
小学6年の時は同じクラスの奴だった。
頭が良くて、学級委員長で、クラブは違うけどバレーもやってるって言ってた。
GWに出された宿題がどうしても終わらず、渋々行った図書室で起きたフリして眠ってたら声をかけられた。
”どこかわからないの?”と聞かれたから”どうしたら終わるのかわかんねえ”って答えたら笑われた。
僕が教えてあげるから場所変えようかって言われて、すがる思いで後を着いて行ったら、そいつは俺の手を引いて歩き始めた。
心臓に何かがぶっ刺さった。
それからテスト前とか沢山宿題を出された時、毎回俺の勉強を見てくれたし、たまにバレーも一緒にした。
中学1年の時は及川さん。
すげーセッターの先輩だとしか思ってなかったのに、”飛雄ちゃん”って初めて名前で呼ばれた瞬間、体に電気が走った。
バレーの事を聞きに行っても何も教えてくれねえくせに、休憩時間とかにはしょっちゅう話しかけてきて、よくわかんねえ人だった。
でも、好きだった。
最後まで嫌われてたけど。
中学2年の時は金田一。
”チケットもらったから”って映画に誘われて、”バレーしてえから”って断ったのに”部活が休みの日くらい休めよ!”って怒られ渋々2人で映画見に行って、昼に連れてかれた店で食ったボークカレー温玉のせがすっげえ美味かった。
夢中になって食ってたら”気に入ったか?”って聞くから”おう!”って答えたら嬉しそうに笑った。
落ちた。
それから度々その店に連れてってくれた。
中学3年の時には国見。
梅雨の時期、1度だけ風邪引いて熱出して部活を休んだ事がある。
部活終わりに1人で俺ん家に来たあいつは、”お見舞い”ってなぜかメロンくれた。
グワってきた。
俺が青城の推薦蹴って白鳥沢受けるって時も、”お前には絶対無理”って言いながら勉強は見てくれた。
いい奴だった。
…バレーではあんな事になったけど。
そして今は、菅原さん。
男なのに男を好きになるなんて、普通の人は”普通じゃない”と思うだろう。
なんで男なのって聞かれても俺にもわからない。
最初の頃は悩んだけど、好きなもんは好きだからしょうがねえと開き直った。
やめようと思ってやめられるなら男に恋なんてしねえ。
どうせ想いが届く事はねえし、相手に告げるつもりもねえ。
それに。
俺の”好きな人”は1年ぐらいで変わる。
相手に彼女ができたとかというわけではない。
その時好きな人がいても、何かのきっかけで別の人を好きになってしまうのだ。
多分俺は、コイオオキ、とかいうやつなんだろう。
だから空想する位が丁度いい。
こんな俺にまともな恋愛なんてできるわけねえ。
俺がただひっそりと恋して、好きな人との幸せな物語を空想して楽しむだけだから許して欲しい。
好きな人の笑顔が見れて、話せて、一緒にバレーできる。
それだけで俺は幸せだ。