アップはこれにて終了です。続きは同人誌『影山君の王子様(後編)』にて。
興味がありましたらよろしくお願いします。

宮視点『宮侑の告白』前半部分アップしました。

 

 

 

 

   ✽ ✽ ✽

 春高後、菅原さん、澤村さん、旭さん、清水さんがバレー部を引退した。寂しかった。でも寂しくてもバレーすることに変わりはない。バレーしてれば寂しいも忘れられる。
 バレーはいい。
 
 一月下旬の週末。
 今日から冬季合宿だかで、烏野の合宿施設に泊まることになった。早朝から深夜までバレー出来るのは嬉しかったけど、菅原さんたちがいないのが寂しかった。早く慣れねえとな。
 日向と月島はなんかイライラしてた。腹減ってんのか?飯食えよ。
 山口は目が合うとすぐそらされた。俺なんかしたか?心当たらねえ。
 谷地さんは目が合う度顔を真っ赤にしてた。熱でもあんのか?無理すんな。
 さらに清水先輩からとキーホルダーを渡された。防犯ブザーって書いてある。どうしたらいいんだこれ。
 縁下さんはいつもより優しくて、でもなんか怖かった。菅原さんみてえ。泣きそうになった。
 田中さんと西谷さんはなんかソワソワしてて、話しかけられるかと思ったら縁下さんや木下さんに止められてた。
なんすか?話いつでも聞きます。
 木下さんと成田さんには変な顔で見られてた。飯粒ついてませんよね?見落としてたか?
 武田先生はいつもよりニコニコしてた気がする。一日バレーいいっすよね。
 烏養さんとも目が合う度そらされた。新しいサインすか?
 みんないつもと様子が違ってたけど、バレーはいつも通りだったから気にしなかった。
 バレーして昼飯食ってバレーして夕食食って風呂入って寝た。今日も充実した一日だった。

   ✽ ✽ ✽

 その日の夜、寝てたら何かに起こされた。ゆさゆさ体を揺さぶられて、目を開けたらデッケー猫がいた。
「っ!」
 びっくりして飛び起きた。猫!……猫か?
 暗闇に浮かび上がる姿をよく見ると、猫と言うより人間くらいの大きさの猫みたいな生き物が目の前にいた。遊園地とかにいるようなやつ。
「!」
 しかもその隣には、フクロウみたいな同じくデッケー生き物と、ウサギみたいなデッケー生き物がいた。
 なんだこいつら、なんでこんなとこいるんだ?迷子か? …触っても、逃げねえかな。
 ソワソワしながらそんなことを考えてたら、猫みたいなやつが胸の前に紙を出した。懐中電灯に照らされたそこには「夢だよ」って書いてある。

 そうか、夢か。

 だよな。猫は俺見て逃げるもんな。ウサギは小学校以来だしフクロウは初めてだ。嬉しい。やっぱ夢はいいな。
 そう思い周りを見渡すと、日向たちは熟睡してる。夢ではバレーするか祝ってくれるかなのに。最近は見ることもなくなってたけど。
 しかも暗いし寒い。まるで現実みてえ。こんなリアルな夢初めてだ。なんで俺、こんな夢見てるんだ?
 そう思ってたら、猫みたいなやつに手を差し出された。その仕草に、そいつがどことなく研磨さんに似てる気がして、胸がズキってした。
 違う、違う。こいつは研磨さんじゃない。研磨さんがこんなとこにいるわけねえ。だから大丈夫。大丈夫じゃない。

 泣きそうになってると、その研磨さんに似た猫みたいなやつに手を掴まれ引っ張り上げられた。勢いのまま立ち上がると、そいつに抱きしめられた。
 その生き物は背も研磨さんよりちょっと高いぐらいで、俺はますます泣きそうになった。
 そしたらなにかにケツを触られ、びっくりして振り向くとウサギみたいなやつが俺のケツ触ってた。すぐフクロウみたいなやつに殴られてたけど。仲間じゃねえのか?なんでケツ触ったんだ?
 …こいつら尻尾あるから、ねえのが珍しいのかもしんねえ。
「…ケツ触りますか?」
「ブッ!」
 ケツ突き出したら、どこかから吹きだす声が聞こえた。なんだ?そいつらは動かなくなった。違ったのか?
 でもその後、そいつらにケツをひと撫でずつされたから、あってたんだって嬉しかった。
 こういうのが〈空気読む〉ってことだよな。どうだ月島!俺だってやればできるんだ!

 その後。そいつらに手を引かれるまま、いつもの体育館まで来た。外は雪が積もってて暗くて寒くて息が白かった。夢なのに本当にリアルだな。寒いと思うのは初めてだ。いつもなら閉まってるはずの体育館が開いてたから、さすが夢って思った。
 体育館に入るとネットの準備がしてあった。
「!」
 ワクワクして振り返ると、猫みたいなやつらはバレーボール持ってた。
「!バレーするんすね!」
 そいつらは頷いた。
 バレー!!

 二対二の試合形式で始めたはいいけど、ほとんど試合にならなかった。
 あいつらレシーブはうまかったけど、それだけだ。トスはミスるわスパイク外すわ試合にならなかった。指なんてないような手だもんな、仕方ねえか。
 けどセットアップもタイミングも、動きも素人のそれじゃなかった。どころか、それらのモーションがあの人たちを思い出させて、心臓がズキってなった。
 なんで、いつまでもこんなこと覚えてんだろうな。早く忘れたいのに。

 泣きそうになってたら、フクロウに背中なでられた。?痒くねーです。
「…もっと練習しろよ」
 そうすればその手でもまともに試合できるようになるだろ、お前らなら。そしたらもっとバレーやろうぜ。
 そいつは無言で首ひねってた。
「?」
 首痛めたのかと心配したら、思わぬ声が聞こえた。
「…今すぐにでも、もっとできるよ」
「………え?」
 大好きだった落ち着きのある甘いその声は、フクロウから確かに聞こえた。聞き間違いかとじっと見ると、そいつは信じられない行動に出た。
 自分の頭を、取った。
「なっ!……」
 現れたのは。

「久しぶり、影山」

 かつての、俺の。

 何も反応できずにいると、ウサギみたいなやつと猫みたいなやつも頭を取った。
「くっさ!なんで俺がこんなもん」
「もう一生着ぐるみ着ない…」

 なん、で。
  
「…元気しとった?飛雄君」
「…二ヶ月ぶりだね、飛雄」
 なんで。
「っなんでだよ!なんでいるんだよ!なんでお前らが!こんなところにいるんだよ!」
「!」
 なんでだよ!なんでまだいるんだよ!足りないのか、あれだけやってもまだ足りないのか!
「っまた俺を、嘲笑いに来たのか!?」 
「ちゃうねん飛雄君」
 そいつが俺に近づこうとした。
「っ来るな!!」
「っ!…」

 菅原さんは?日向は?田中さん?澤村さん?西谷さん?東峰さん?縁下さん?成田さん?木下さん?山口?月島?谷地さん?清水さん?武田先生?烏養さんは?みんなはどこだ?なんでいねえんだ。誰か、誰か。
「っ俺は、誰も好きにならねえ…から、もういいだろ…」
 何も言うな、言わないでくれ。来るな、来ないでくれ、見るな、俺を見るな!やめてくれ、これ以上はやめてくれ、これ以上は、もう耐えられな
「…飛雄君はアホちゃう?」
「……?」
 予想もしなかった軽い声音と言葉に、思わずその言葉を発した男を見てしまった。目が合うと、そいつは安心したような笑みを浮かべた。
「言うたやろ、これは夢や。飛雄君が見せた願望なんよ」
「……………夢?」
 …そうか、そうだ。これは夢だ。猫みたいなやつが言ってた。それに夢じゃなきゃ、こんな時間に体育館でバレーできねえ。そうか、よかった。
 夢でよかった。
「…せや、夢や夢。なんでここにおるかは、飛雄君が会いたい思たんとちゃう?大好きな宮さんに」
「そう、夢だからね。影山が会いたかった大好きな赤葦だよ」
「………俺が?」
 そんな、そんなはずはない。
「…飛雄は、夢の中でも俺らに会いたくなかった?」
 …会いたくないに、決まってる。
 嘲笑われる、騙されるとわかってて、どうして会いたいと思うんだ。
「!…そんなことせえへんよ。飛雄君の夢やろ。飛雄君が望むことしかせえへん」
 …本当、に?
「本当だよ影山。影山が嫌がることは絶対しない」
 また、騙してるとかじゃなく?
「…顔も見たくないなら消える。飛雄はおれたちに、どうしてほしい?」
「……俺、は」

 騙していた。騙されていた。全部嘘だった。何もかも。
 それが悲しくて辛くて苦しくて、あまりにも惨めで。全てを忘れようとした。…だけど。

 これが夢だったらと、何度も願った。
  
 何度も送られてきたメール。本当は見たかった。電話にも出たかった。声を聞きたかった。プレゼントもカードも何もかも、本当は嬉しかった。
 本当に騙していたなら、俺を嘲笑って終わりのはず。仕上げに烏野バレー部にバラせば全ては成功だ。
 なのに、菅原さんたちは何も知らないままだった。それに本当に騙していたとしたら、こんなにしつこく連絡してこない、と思う。
 ということは、あれらはタチの悪いイタズラだったのではと、何度も考えた。
 本当はあの時のことが嘘で、今も俺は赤葦さん、研磨さんと付き合ってて、宮さんには彼女がいて、寂しいけど、俺は長い片思いに区切りをつけて。
 そうだったならどんなによかったかと、何度も願った。
 メールを見れば。電話に出れば。荷物を開ければ。現実は願った通りになっているのではと、何度も思った。 
 
 でも期待して開けて、罵りの言葉しかなかったら?
 また罵倒されたら?『また騙されて』と笑われたら?

 そう思うと、怖くて確かめることができなかった。だけど諦めきれずに、荷物をクローゼットの奥に隠した。
 どうしても捨てられなかった。あの人たちがくれたものを、どうしても…。

 どうしたって、この気持ちを捨てることはできなかったんだ。 

「……俺は」
 空想できなくなって、夢も見なくなって、あの人たちのことを考えることがなくなった。これでよかったと思うのに、心はどんどん空っぽになっていくようで。
 それを埋めるようにバレーして、バレーのことだけ考えて、それでいいはずなのに、どうしてか菅原さんたちには心配されるばかりで。
 また空想することができるようになれば、変わるかもしれない。そう考え何度も空想しようとした。だけど空想しようとする度〈あの日〉のことを思い出し、真っ黒な世界しか描けず、とうとうできなかった。
 …だけど、叶うなら。

 ほっぺを、冷たい何かが伝う。
「…っ俺、は」

 会いたかった、本当は。
 また可愛いと言ってほしかった。
 好きだと、言ってほしかった。
 空想の世界でいい、夢でいいから。
 またシアワセになりたかった。

「!影山…!」
「…!可愛いよ、飛雄」
「大好きやで、飛雄君…!」
 夢の中の赤葦さん、研磨さん、宮さんは代わる代わる俺を抱きしめてくれた。すごい力で抱きしめられ、骨が折れるかと思った。こんな痛いなんて初めてだ。でもこの痛みも嬉しい。途中でウサギとかの体脱いでて、俺の知ってる宮さんたちになった。
 また好きって言ってくれた。可愛いって言ってくれた、可愛くねえけど。抱きしめてくれた。夢のようで、夢だからかと納得して、夢ならと好きなだけ抱きついた。
 そしたら赤葦さんにキスされて、宮さん研磨さんにもキスされた。すげー恥ずかしかったけど、〈次〉を夢でも果たせたことが嬉しくて、俺もキスして、何度もキスされ、抱きしめられ、好きだと言われた。俺も好きだと言った。好きだ好きだよ好きやで好きです。これからも。
 好きな人を好きでいて、好きと伝え、好きな人と結ばれる。温かくて気持ちよくて、シアワセだった。赤葦さん、研磨さん、宮さんが、またキラキラ輝いて見えるようになった。泣きそうになった。
 たとえ現実とかけ離れていようと、この夢は確かにシアワセだった。
  
   ✽

 その後四人で、研磨さんの体力が尽きるまでバレーした。シアワセだった。
 少し腹減った、夢の中でも腹って減るんだと思ったら、三人がデケー鍋と炊飯器、テーブルとか食器とか石油ストーブとか座布団とか、なんか色々運んできた。
 なんでわかったんすか?なんでこんな用意してんすか?夢だからか。鍋にはまさかのポークカレー!
「俺たちが作ったんだよ」
「飛雄君好きやろ」
「温玉もあるよ」
 まさかの言葉に泣きながら食った。スッゲーうまかった。夢でうまいなんて初めてだ。
 宮さんが食べさせようとしてくるから、少しためらって、口開けて食った。研磨さん、赤葦さんにも同じことをされて、俺もして、恥ずかしくて、シアワセで泣いた。何度もおかわりした。 
 今度は俺が作る約束をした。楽しみにしてると言われた。嬉しかったけど、ポン!と出てこないのが不満だった。いつもならすぐ出てくるのに。 

 こんな光景を、いつか夢で見たことを思い出す。でも今見てるのは、あの時以上の夢。あの時は宮さんに断られたけど、この宮さんは俺のことを好きと言ってくれる…。
 ふと、浮かんだ疑問を口にする。
「…いいんすか?」
 幸せそうな目で俺を見る宮さんに、尋いた。
「何が?」
「宮さんは選べって言いました。俺は赤葦さんも研磨さんも好きです。…それでも、いいんすか?」
 言ったのは現実の宮さんだけど。夢とはいえ、そんなことが許されるとは思えない。同じ結末になるのなら、この夢も見ていたくない。
「…飛雄君は、一人を選べんのやろ?」
「?…はい」
「ならええねん。飛雄君が俺を好きで、幸せならそれでええねん」
「……!」
 いい、んすか?そんなこと、許されるんすか?受け入れてくれるんすか…?
 あ、でも赤葦さんと研磨さんは
「いいよ、影山」
「!」
 赤葦さんも?
「飛雄がおれを好きで笑っていられるなら、三人一緒で構わない」
「………!」
 いい、のか。好きになって、いいのか。一人じゃなくても。夢ならいいのか。
 けど、それで研磨さんたちが幸せじゃなかったら意味がない。それはどうなんだ?
 そう思ってまじまじと見たら、宮さんも赤葦さんも研磨さんも嬉しそうに笑ってて、つられて俺も笑った。
 すると赤葦さんたちは更に幸せそうに笑うから、本当にそう思ってるんだ、シアワセなんだってますます嬉しくなって、また笑った。どことなく寂しそうな気がしたけど、気のせいだよな。こんなに笑ってるんだもんな。
 
 宮さん、赤葦さん、研磨さん。
 三人の《王子様》が俺を好きだと言ってくれて、俺も三人を好きでいいと言ってくれて、一緒にバレーして、作ってくれたカレー食って、笑いあって。
 こんなシアワセがあるなんて初めて知った。覚めないでほしい。ずっとこの夢の中にいたい。そう思ってしまうほど、シアワセすぎる夢だった。

『影山には幸せになってほしいよ』
 
 またシアワセになれた、なれましたよ、菅原さん!
 空想の世界で、《王子様》とシアワセになる。
 そしてバレーができるなら、俺はこれでいい。
 
    ✽

 食べ終わり、鍋などの片付けを終えると(赤葦さんたちが外に運んだ。夢なのにパッと消えねえのな)、そろそろ帰ると宮さんが言い出した。
「!?なんでっスか」
 帰るってなんすか!?ここにずっといればいいじゃないすか!
「…夢やから。飛雄君が寝てる時しか会えへんねん」
「…?」
 夢なのに?夢だから。ずっといられるわけじゃねえのか。そうか、そういうもんか…。寂しいけど、そういうもんなら仕方ねえ。
「…送ります」
「?送る?」
「うす!兵庫まで送ります」
 それならもっと一緒にいられます。夢でも別れるの寂しいです。目覚めるギリギリまで、一緒にいたいです。
 そう告げると宮さんに抱きしめられた。宮さんの匂いに包まれる。
「そんな可愛ええこと言わんといて…離したなくなるやん」
 嬉しくて抱きしめ返す。
「いいっすよ、離さなくて」
「よくない」
「!」
 いきなり声が降ってきたかと思ったら、赤葦さんに後ろから抱きしめられた。
「それじゃ俺が影山を抱きしめられない。影山はそれでもいいの?」
 宮さんと赤葦さんに挟まれる形になって、心臓がバクバクうるさい。
「ええって言うとるよ、せやろ?飛雄君」
 顎を持ち上げられキラキラした笑顔を向けられ、思わず口ごもる。宮さんと離れたくない。…けど、赤葦さんにも抱きつきたい。研磨さんにも。
「…宮」
「はいはい」
 研磨さんが宮さんを呼んだかと思ったら、宮さんは俺を離した。それを寂しく思う間もないまま、赤葦さんに抱きしめられる。
「影山は、あったかいね」
 赤葦さんが嬉しそうに笑うから、俺も笑って抱きついた。赤葦さんもあったかいです。赤葦さんの匂いも好きです。夢でこんな感じるの初めてだ。
 ああ、なんというシアワセ。

 その後、研磨さんも俺を抱きしめてくれた。草のような研磨さんの髪の匂い、好きだ。
「…飛雄はおれたちと離れたくない?寂しい?」
「!離れたくないっす。寂しいっす」
 なんでそんなこと聞くんすか!
「また会えるとわかってても?」
「…?」
 夢にまた、出てきてくれるってことだよな。俺が望むことをしてくれるって言ってた、夢だから。嬉しい。寝ればまた、シアワセな夢が見れる。…でも。
 あの時は言えなかった思いを口にする。夢だから、言ってもいいよな。
「…寂しいです。夢でしか会えないの、寂しいです」
「…!」

 好きだから、夢でも会いたくて。
 好きだから、夢でしか会えないのが寂しくて。
 好きだから、現実でも会いたい。声を聞きたい、笑ってほしい、触れて、好きだと言ってほしい。
 …でもそれは、叶わないから。
 せめて夢の中で。
「…また、出てきて下さい。好きって言って下さい。笑って抱きしめて下さい」
 それだけで俺は、シアワセになれるから。

 泣くのを堪え、なんとか笑顔を向ける。うまく笑えているだろうか。別れる時は笑顔でいたい。あんな別れはもう嫌だ。
 
「…飛雄が望むなら、いつでも会える。いつだって会いに来る」
「…?知ってます」
 なぜか泣きそうな表情の研磨さんに告げられる。
 眠ればいつでも会えるんすよね。出てきてくれるんすよね。俺の夢に。
「夢だけじゃない」
「?」
 赤葦さんが不思議なことを言い出した。
「現実でも会いに来る。影山が望んでくれるなら、夢と同じことを現実でもするよ。…したい」
「…現実でも…?」
「うん、現実でも」
「…んな、こと」
 できるわけねえ。できる、わけがない。だってこれは夢だ。夢だから好きだと言って抱きしめて笑ってくれる。現実ではありえない。
 これが夢だから、俺が望むことを言ってるのか?
「ごめんな飛雄君」
「…?」
 楽しそうな顔をした宮さんに、ほっぺを思い切りつねられた。
「!イデーッ!!!」
 あまりの痛さに思わず叫んだ。
「何するんすか!」
 涙目で宮さんを睨むと、寂しそうな顔をされた。なんでそんな顔するんすか?その顔はズルいです。
「その痛みが、ほんまに夢やと思う?」
「……」
 痛い。夢なのに。夢では痛さなんて感じたことなかったのに。それだけじゃない。寒い、気持ちいい、あったかい、腹減った、うまい、匂い。
 今までの夢では決して感じなかった、それらの〈感覚〉。よく考えればそれらはどうみても、〈本物〉としか思えなくて…。

 夢、じゃないのか?夢と言っていたのに?今、俺が見ているのは。俺がいるこの場所は、夢、などではなく。
「せや、現実ねん」
「…げん…じつ…」
 …げんじつ、って、なんだ?

 現実。本当、本物の世界。夢や空想の世界ではなく、生きてる世界、場所。日向たちとバレーする場所。いつか、俺がバレーで世界のてっぺんにたどり着く場所。
 …赤葦さんたちとのことがすべて、嘘だった世界。

 これが、現実なら。
「………なん、で」
 なんで宮さんたちはあんな優しくて、キスして、抱きしめてくれたんだ?三人でいいと言ってくれたんだ?好きだと、言ってくれたんだ?そんなわけないのに、現実じゃ、絶対にありえないのに。
 なんで?どうして?本当に?夢じゃなく?どこからが現実で夢だったんだ?あの猫は?フクロウは?ウサギは?日向たちは???
「混乱させてごめん。こうでもしないと、影山の〈世界〉を取り戻せないと思ったんだ」
 ?セカイ。
「夢だと思ってくれれば、本音も聞けるだろうと」
「………スか?」
「?影山?」
「あんたは、〈現実〉の赤葦さんなんスか?」
「!そうだよ。影山も確かめたよね」
 ほら。そう言ってアカアシさんが俺の顔を包む。ほっぺから伝わるこの熱は、愛しいものを見つめるようなこの瞳は、声は、優しく触れるこの手は。確かに本物の赤葦さんで。
 そうだ、あの温もりも匂いも本物の赤葦さんだった。宮さんも、研磨さんも。  
 なら今は、本当に〈現実〉で。…夢だと思っていたことも、全て〈現実〉なら。

 …俺はまた、騙されたのか。

 目の前が真っ暗になった。
「!……ごめん、そう思うのも無理はない。でも騙したわけじゃないんだ」
 …騙してない。
「全部、おれたちの本心だから」
 …本心。
「飛雄君、俺たちやてそこまで暇じゃないねん」
 暇じゃない。だよな。バレー、練習。バレー。
 
 夢だと思っていたこと。
 宮さんも研磨さんも赤葦さんも俺を好きで、キスして、抱きしめてくれて、三人でいいと言ってくれて、手作りのカレー食って、笑ってバレーして、三人も俺もシアワセで。また会いに来ると言ってくれた。夢だから。
 この夢のような出来事すべてが、〈現実〉だという。

 …なんで?
 俺を騙してたのに?
「…影山が好きだよ」
 嘲笑ってたんだろ?
「…好きだよ、飛雄」
 俺のことなんて、好きじゃなかったんだろ?
「ほんまに飛雄君が好きやねん」
 …本当に?なんで?どうして?嘘じゃなくて?嘘じゃなかった?あの日のことは。あの日、告げてくれたものは。話してくれた思いは、嘘じゃなかった?
「ずっと、影山が好きだよ」
 …なら、どうして?
 あの女は知っていたんだ。俺の気持ちを。俺が宮さんを好きなことを。
 どうして赤葦さんたちは知っていたんだ。俺の好きな人が宮さんだということを。宮さんのことを。宮さんの、彼女のことを。
 どうして宮さんは、俺が付き合ってる人が赤葦さんたちだということを、知っていたんだ。

 頭の中をいくつもの疑問が駆け巡る。だけど何一つ、言葉にはならなかった。
 この人たちの言葉を信じるのか?聞いていいのか?平気なのか?これもまた、騙されているんじゃないのか?

 何を信じていいのか、わからなかった。

「…ごめん。こんな風になるまで、俺たちが影山を追い込んでしまったんだ…」
 赤葦さんが俺の手を優しく包む。
「だけどもう、怖がらなくていい」
 その言葉に、表情に、覚悟のようなものを感じて。
「話を、聞いてくれる?」
 気付くと頷いていた。

 話が長くなるからと、石油ストーブを体育館の中央に移しそこに座るよう促された。わざわざ移動しなくてもと思ったけど、三人は外の様子を気にしているようだった。
 外に誰かいるのかとチラと見たけど、雪が降っているだけだった。いつの間に降り始めていたのか。積もらねえといいけど。

 俺が座ると三人も腰を下ろした。ストーブを見つめていると、研磨さんの重そうな声が聞こえた。
「信じてもらえないと思うけど」
「…俺たちは、【テレパス】なんだ」
「……テレ、パス?」
「…人の心が読めるねん」

 研磨さんの言葉通り、語られた内容は信じられないものだった。

 

 

<続きは同人誌にて>