* * *



俺は赤葦京治、梟谷学園高校年、セッター。

好きなものは菜の花からし和え。

人からはよく無表情とかクールだと言われるし、自分でもそう思う。

ただ、俺は好きでこうなったわけではない。



毎年恒例梟谷学園グループの夏合宿。

今年は宮城から烏野高校も参加し、例年より人数は多かったがやる事に変わりはない。

浮き沈みの激しい木兎さんの扱いに慣れた今年こそ、全国優勝を目標にひたすら練習の毎日。

…のはずだったが、つだけ気になることができた。



月上旬、度目の夏合宿、日目。

合宿に参加している音駒高校のセッター、孤爪研磨。

他人が苦手でできるだけ関わりたくないはずのあいつが、ある人物に自ら声をかけていた。

相手は影山飛雄、烏野高校の年セッター。

彼の第一印象は「随分整った顔立ちで気が強そう」、だった。

トスの技術には才能の差を感じたし変な速攻を見た時には驚いたが、上級生には礼儀正しくストイックにバレーに向き合う姿勢に好感を持った。

だがそれくらいで特に接する機会もなかったのだが、孤爪が彼に声をかける姿を目撃してしまった。

俺は自分の目を疑った。

幻覚を見ているのだとすら思った。

木兎さんのお守りのストレスがこれほど溜まっていたのかと自分を労りたい気持ちになったが、何度瞬きをしても目をこすっても、影山と孤爪は会話をしていた。

…と言う事は孤爪が話しかけた姿は幻覚ではなかったのか…

一方的に影山が話しているようだったが、孤爪の方も満更ではない様子だった。

(多少疲れている様には見えたが)

よほど確認したいことでもあったのだろう、それも今回だけだろうとその場を後にした。

 

だが驚くべき事に、それは度限りのことではなかった。

それからも休憩の度に、孤爪は影山に声をかけていた。

それは会話というより、影山の質問にあいつが答えているという話だった。

(灰羽談)

黒尾さんや木兎さんも驚愕していた。

孤爪と言う人間を知っている人間なら当然だろう。

烏野の10番とも仲がいいらしいがそういう話じゃない。

烏野の10番は、彼が孤爪に話しかけることはあっても、孤爪から10番に話しかけることはない。

音駒のチームメイトもさすがに動揺を隠せないようでざわついていた。

何が言いたいかというと、それ程までに「孤爪が自分から誰かに話しかける」という光景は異様だったのだ。

 

木兎さんは面白がって茶々を入れようとしていたが、黒尾さんに止められ(脅され)静かに見守る事を強制されたぐらいだ。

黒尾さんは、孤爪のこの「初体験」(嫌な言い方だが)を大切にしようと音駒の他のメンバーにも箝口令のようなものを敷いていた。

曰く、孤爪と影山の邪魔をするな、この件で孤爪をからかうな、邪魔をしたら退部…最後のはどうかと思うが。

職権乱用にも程がある。

恐らく、機嫌を損ねた孤爪が試合をストライキする事を恐れたのだろう。

もしくは単に孤爪が大切だからとも考えられる。

あいつのバレーにかける情熱(がない事)を知っているチームメイトは、それを飲み込んだというわけだ。

相変わらず過保護だなと思いつつ、頭をフル回転させある仮定を導き出す。



黒尾さん達は影山を「他人が苦手な孤爪が初めて自分から関わろうとした(興味を持った)人間」としか思っていないだろう。

それは正解だ。

だが俺は、それとは全く別の価値を影山に見出していた。

質疑応答はおそらく表面的な理由だろう。

…「心を読める孤爪が自ら近づきたいと思う何か」が、影山にはあるはずだ。

 

影山は見た限り、あまりしゃべらない。

人と話す事が得意ではないのだろう。

だけどそんなことは問題じゃない。

そもそも孤爪…テレパスにとって、話す内容は重要じゃない。

どころか意味を持たないし、却って負の要素が大きかったりもする。

俺達にとって重要なのは「心の中でどんな事を考える人間なのか」、だ。

 

…要は俺も、テレパスなのだ。

 

だから、同じ孤爪がそこまで入れ込む影山飛雄という人間に興味を持った。

あれだけ人を避けてきたあいつを惹きつける「何か」の正体を、俺も知りたい。

残念な事に、この結論に至った時には烏野が帰る頃だったので、俺の好奇心が満たされるのは次回の合宿までお預けとなった。



そうして迎えた月下旬、回目の夏合宿。

影山に接するタイミングを伺っていたら、最初の休憩時間にそれは訪れた。

体育館の壁に背を預け座っている影山に、孤爪が接近したのだ。

今回はあいつが軽く話しかけただけで会話は無いようだ。

なのにあいつは影山のそばを離れない。

今が「何か」をつかむ好機だと、俺は孤爪の死角になる角度から人に近づいた。

影山はどこか遠くをボーッと見ている。

…バレーの事でも考えているのだろうか

孤爪の視線は床に向いており、チャンスとばかりに影山に接近する。

そうして心の声が聞こえる距離まで近づいた瞬間、とんでもない言葉が流れ込んできた。

 

”黒装束に身を包んだ研磨さんは窓から家を抜け出す”

 

!?

 

”窓からだって大丈夫、なぜなら忍者だから。”

 

…孤爪が忍者

何がどうしてそうなった。

 

突拍子もない思考に驚きながら影山の空想に耳を傾けていたが、「伝説のモフ」のくだりで腹筋は崩壊した。

 

「ブッ」

「ブフッ」

孤爪も同じタイミングで吹き出した。

これは仕方ない。

俺に気付いた影山がこちらを見る。

 

”梟谷のセッター…確か赤葦さんだ

 

俺の名前覚えててくれたんだ、嬉しいな。

驚いたように目を丸くしたかと思ったら、すぐに瞳をキラキラさせて熱く見つめてきた。

 

”なんでこの人がここに!?どうしよう聞きたい事いっぱいあるけど聞いていいのか孤爪さんは教えてくれたから赤葦さんも…ダメだ。もう過ちは繰り返さねえって決めたはずだ。ああでもいつからバレーやってるのかとかトスん時どんな事考えてるのかとかだけなら聞いてもいいか

 

…なるほど。

影山はバレーに関する質問があるとそれに思考が占領されて空想は二の次になるのか。

孤爪が質問に根気強く付き合ったわけだ。

空想の続きを聞きたかったけど、そのためにはまずはこちらをクリアしなければならないと判断し、あいつも告げたであろう言葉を口にする。

「…何か聞きたいことがあれば、俺も教えてあげるよ」

影山は感動で言葉が出ないようだった。

口をムズムズさせている…これは喜んでいるのか

 

”すげえなんでこんな優しいんだ俺今日死ぬのか

 

うん、すごく喜ばれてる。

死なないよ大丈夫。

そんなに大したことじゃないんだけど。

それとも俺はそんな気難しい人間だと思われていたのか

少しのショックを覚えつつ孤爪に視線をやれば、ものすごく嫌そうな顔をしていた。

こいつのこんな顔は久しぶりだと感慨にふけっていると、あいつから話しかけられた。

 

”邪魔しないで赤葦”

”俺も影山と仲良くなりたいと思っただけだ”

”それが邪魔って言うんだよ”

”見解の相違だな”

”…しくじった…赤葦がいない時に話しかけるんだった”

”それは感謝するよ、こんな面白い人間独り占めするなという神の思し召しだ”

”赤葦が神とか気持ち悪い”

”俺もそう思う”

 

「あの、赤葦さん早速いいすか

”まずはいつからバレーしてるのかだ

 

孤爪と無言で会話をしていたら、遠慮のない声が入ってきた。

影山の目(心も)は期待に満ちている。

その様子を少し可愛いと思いながら(男に抱く感想ではないが)、彼の質問に答え続けた。

 

その後、休憩時間や暇を見つけては俺も影山に話しかけるようになった。

予想通り、質問がなくなると影山は空想に時間を費やした。



夕方の休憩時間の事だった。

体育館を見回しても影山の姿が見えず、外で休んでいるのかと外に出た。

木陰の下で涼を取る影山…と孤爪の姿が目に入った。

少しの腹立たしさを覚えながら近づき声をかける。

「俺もここで休んでいいかな

どうぞ」

”風が気持ちいいっす”

 

あどけない声に気を良くし、孤爪とは反対側に座る。

 

”ダメ、どっか行って”

”お前には聞いてない”

 

うっとうしい声が聞こえてきたが、気にする必要はない。

影山の空想を聞くコツは”会話をしない”ことなので、しばし沈黙。

すると、待ち望んでいた声が聞こえてきた。

 

”赤葦さんは、街で人気のパン屋さんだ”

 

…執事やピアニスト、華道家みたいと言われた事はあるが、パン屋は新しいな。

 

”クールな見た目とは裏腹に、赤葦さんの作るパンはどれも熱さを秘めている”

 

焼きたては確かに熱いだろう。

 

”木兎さんは赤葦さんが作るパンが大好きで、毎日通っている”

 

来なくていい。

 

”ある日木兎さんの元気がなかった。心配した赤葦さんは急いでパンを焼き始める”

 

木兎さんの好きなパンだろうか。

 

【焼きたてパンを木兎さんに投げると、パン…木兎さんの顔が新しく入れ替わった

木兎さんは元気を取り戻した

実は木兎さんの顔は赤葦さんのパンでできていて、腹が減った木兎さんは禁止されているにも関わらず、自分の顔をかじってしまい元気が無くなってしまったのだ】

 

影山の向こう隣りで孤爪の吹き出す声が聞こえた。

これは仕方ない。

吹き出さなかった自分を褒めてやりたい。

(アンパンの某彼が脳裏を過ぎったのは言うまでもない)

俺の焼くパンで烏野の皆も幸せになったところで休憩時間が終了した。

 

続きがあるのかないのか気になったが、それ以降しばらく木兎さんを見る度吹き出しそうになり、堪えるのが大変だった。

それは孤爪も同じだったようで、木兎さんを見ると目をそらす俺達にさすがに気を病んだのか、「俺なんかしたか!?」と詰め寄られたのは少しだけ申し訳なく思った。

(適当に誤魔化したが)



ちなみに。

孤爪と俺の会話は基本無言だ。

というのもテレパス同士は互いの考えが読めるので、わざわざ口にする必要がないからだ。

だから俺達は隣にいても一言も話さなくとも会話ができる。

他人から見れば、隣にいるのに何も話さないから仲が悪いと思うだろう。

実際仲は良くない。

自分の考えを読まれるなんて不快極まりない。

それ故なるべく孤爪とは関わりたくなかったのだが、影山の空想を聞きたいという誘惑に負けた。



そうしてたった日だけだけど影山のそばにいて(空想を聞いて)、わかったことがいくつかある。



影山は基本、こちらから話しかけない限り彼から話しかけてくることはない(質問は別)。

影山自身それを気まずいと思う事もなく、単に「気を使う」ことが出来ない性質なのだと知った。

俺の場合、相手が”何か話さないと”等考えていると、こちらも気を使うし話を振らなければと思ってしまう。

その分気の休まる時がない。

だが影山は、最初の頃こそ俺と孤爪の仲を訝しがったが、そういうものかと割り切り詮索することもなかった。

それが却ってありがたかった。

 

また影山は、見た目は気が強そうなのに口数が極端に少ないこと。

10番や11番と話す以外は基本大人しく静かなこと。

だけど頭の中では(失礼な言い方だが)意外に色々な事を考えていること。

その考えはがバレー、にご飯、10が空想という比率なこと。

(つまり空想している時間は意外と少ない)

…普通の人間なら抱くであろう嫉妬とか羨望とか悲哀とか苦悩とか、そういうものがほとんどないこと。

これはテレパスにとって、何より重要なことだった。



他人の悪口や妬み嫉みなど、負の事柄ばかり口にする人間のそばにいたいと思うか

答えはNO

誰だってそんな人間とはなるべく関わりを持ちたくないと思うだろう。

それは俺(テレパス)も同じで、口先ではどんな綺麗事を吐いていようと、心の中がドロドロで醜い感情の持ち主とはなるべく関わりたくない。

そこまでいかなくとも普通の人間は、他人や自分を否定したり醜い欲望を抱いていたりと、多少の負の感情は持っているものだ。

それは仕方ないと思うけれど、なるべくなら聞きたくない。

 

ところが影山には、それがなかった。

今は何やら新しいトスのことで頭がいっぱいのようだが、「できない」ことを嘆くのではなく、「できなかった」事実を省み、「どうすればできるようになるか」を常に考えていた。

バレー以外でも、自分や他人を批判したり否定、嫌悪する、羨むという感情がないように思える。

プレーを「下手くそ」などと判断することはあっても、彼にとってそれは単なる「事実」であり「批判」の意図はない。

(相手にとっては批判と同じだが)

負の感情を、日そばにいて全く聞かなかった。

こんな人間は珍しい…というより、初めての存在だった。



気を使う事もなく、会話が途切れれば影山はおかしな空想の世界に入る。

その世界に俺は夢中になる。

空想がおかしすぎて時々笑いを堪えるのが大変だが。

堪えきれず吹き出しても、影山は「してぃぼーいだから」で片付けてくれる。

ツッコまれないのは助かるが、「してぃぼーい」は正直やめて欲しい。

 

他人といてこんなに心地よく、楽しいと思えたのは初めてだった。



 * * *

 

人の考えが読めることのワースト位を挙げるなら、俺は『知りたくもない秘密を知ってしまうこと』だと答える。

他人の秘密を知るのは楽しいと思える下卑た人間なら話は別だが、俺にそんな趣味はない。

そんなものを知ってもどうするつもりもなければどうしようもない。

好ましく思っていた人物の秘密を知って失望した事も度や度じゃない。

「知らない方が良かった」と思うことはこの世に腐る程ある。

だがテレパスである以上、聞こえてくる(知ってしまう)のはどうしようもないので受け入れるしかない。

そうして今回も俺は、つの秘密を知ってしまった。

影山は、「菅原さん」に恋をしていた。



それを知ったのは、日目の朝食時。

食堂に人でいる影山を見つけ、迷わずそこへ向かった。

人なら正面に座るべきだろうが、彼の顔を見ると吹き出してしまいそうだったので(思い出し笑い)、正面ではなく斜め向かいに座った。

そうしたら”菅原さんが見えなくなる”という彼の残念そうな(心の)声が聞こえてきた。

菅原…烏野の控えセッター、確か年だった。

その人が何なのだろうと疑問に思いつつ、見えるようにずれて座った。

彼は喜んでいたので、よしとしよう。

その後孤爪や烏野10番、灰羽も加わりテーブルは大分賑やかになったが、彼は黙々と人の世界に入って行った。

こうなったら俺も孤爪も、空想を邪魔しないよう彼に話しかけることはほとんどない。

その時に、彼は「菅原さん」が好きなのだと知った。



男が男を好き…いわゆるゲイ、なのだろう。

そう言う性癖があることは知っていたし、偏見を持っているわけでもない。

基本自分に関わらなければどうでもいい、ぐらいにしか考えたことはない。


Q:では身近な人間がそうだと知った時、俺はどうするか

A:吹き出すことになるとは思わなかった。


「影山が菅原を好き」なんて、そんな素振り一切見せなかったから予想もしていなかった。

だから一瞬驚きはしたが、すぐにそんなもの吹き飛んだ。


ハゲってなんだ。

仮にも一国の王がそんな理由で姿を現さないなど許されるのか。

サラサラストレートなカツラって。

わがまますぎだろ王様、というか職人にでも作らせろetc。

ツッコミ出したらキリがない。

せめてプロポーズの言葉がそれでいいのか、何度も影山に問いただしたい衝動に駆られたが、本人は幸せそうなのでよしとする他ない。

(無論問いただせるわけなどないのだが)

まさか彼の髪からハゲに効く特効薬が作られて大儲け、傾きかけた国を救う話になるとは…彼も自画自賛していたが、確かにいい話だった。


…これが恋する人間の思考だと誰が考えよう。

このインパクトが強すぎたせいか、影山がゲイだと知っても嫌悪感など微塵も起きなかった。

それどころか「恋する空想」すらも面白く、もっと聞きたいと思った。

それは孤爪も同じだったようで、食後、影山とこれからの食事時の約束を交わした。

”そんな事初めて言われた”と喜んでいたのが意外だった。

彼は人付き合いに慣れてないというか、人と関わることへの不慣れさ、初々しさがあった。

空想の内容といい、見た目からは想像もつかない「可愛らしさ」が意外だった。

(男に抱く感想ではないが)


ちなみにこの時、烏野10番も灰羽も影山を好きだと知ったがそれこそどうでもいい。

彼の空想と、俺の邪魔さえしなければ誰が誰を好きでも関係ない。

そういえば彼は菅原の食べる姿をカッコいいと言っていた。

影山のそれは、どうだったろう。



転機が訪れたのはその日の午後。

休憩時にスイカの差し入れがあった。

よく冷えており美味しかった。

ふと影山を探せば、スイカを手に小走りしていた。

視線の先には菅原がおり、彼の意図を察する。

瞬間、彼が派手に転んだ。

周囲が驚きと笑いに包まれる中、顔を上げた彼はそのまま微動だにしなかった。

よっぽどショックだったのだろう、菅原に喜んでもらえると思っていたのだから。

起き上がるのを手伝おうと彼に近づいた。

同時に孤爪も動いた。

認めたくないが思考回路が似ているところもあるようで、忌々しいことこの上ない。

そう思っていたら視界の隅で、菅原が立ち上がり影山に手を差し伸べようとしていた。

なぜかその手を取って欲しくなくて、菅原より先に彼に手を伸ばした。

「大丈夫影山」

「飛雄大丈夫

孤爪も同じ心境だったのだろう。


”真似するな”

”赤葦こそ”

”本当に邪魔な”


無言のバトル再びと思われた瞬間、影山から予想もしない声が聞こえてきた。


「王子様…」


それははっきりと、口から発せられた言葉だった。


思わず驚嘆の声を上げると、彼は自分でも何を口にしたのかわかっていないようだった。

現状を理解できないでいると、菅原が彼に駆け寄った。

その時、菅原の(心の)声がはっきり聞こえた。


”影山に触るな”


菅原は彼の手を取り保健室へ向かった。



休憩時間も終わり体育館に戻る。

練習再開の準備をしていても、先ほどの光景が頭から離れなかった。

手をつないで保健室へ向かった人。

菅原も影山を好きなのだと知った。

菅原とは接する機会がなかったので、彼も影山を好きだとは気付かなかった。


…あの人は、付き合うことになるんだろうか。

ゲイなのに両想いって奇跡的な確率だよね。

よかったね、影山。

(”王子様”と言っていたのは、菅原の姿が見えたからだろう)


そう思いながら、だけど。

菅原の隣で笑う影山の姿は見たくないな、と思った。

菅原に抱きしめられ、菅原とキスをし菅原に抱かれる影山の姿を想像しただけで、言いようのない不快感がこみ上げてくる。

なぜ影山が抱かれる側かといえば、菅原を”王子様”と呼んでいたので自然とそういう発想になった。

普通、体格の大きい方が抱く側なのだろうが、影山に関してはどうしてもそう思えなかった。

ゲイに偏見を持っていないと思っていたが、そうでもなかったかと自嘲する。

せめて態度には出さないよう気をつけよう。



体育館に戻ってきた影山と、目が合ったかと思ったらすぐそらされてしまった。

ショックだった。

今までは律儀に可愛らしいお辞儀をしてくれていたのに。

…菅原とうまくいったのだろうか。

その後の試合は、木兎さんに心配されるほどトスがグダグダだった。


「どうした赤葦!?調子出ねーのか

”影山君のあんな姿見たからか!?しっかりしろ赤葦ぃぃい


…どうして影山が関係あるんですか

木兎さんの思考は理解不能だ。


「人間誰でも調子悪い時あるからな

”やっぱさっきのあれだよな…赤葦本気だったのか…”


”さっきのあれ”とか”本気”が意味不明だが、珍しく木葉さんに慰められてしまった。

情けない。

不調の原因はわからなかった。




その日の夜。

食堂に向かうと遅い時間だったこともあり人はまばらだった。

知り合いはいるかと見渡せば奥の席、影山が人で夕食をとっていた。

菅原の姿が見えなかったのが意外だった。

てっきり2人で食べるものだと思っていた。


まだ付き合ってはいないのか…


なぜか少し気分が良くなるのを感じていると、孤爪が食堂に入って来た。

自主練はしないのになぜこんな遅い時間に来るのか。

答えはわかりきっていたが、なぜか今までにない苛立ちを覚えた。

あいつはまず影山を見つけ、人なことに驚いていた。

そうだろう、俺も驚いた。

だが、俺を見て顔をしかめるのはやめてほしい。

俺も同じ気持ちだ。

トレーを手に、カウンター前であいつと並ぶ。

今日の夕食は唐揚げ定食か。


”赤葦と並ぶなんて…”

”俺のセリフだ”

”…飛雄、てっきり菅原サンと一緒だと思ったのに”

”…個別の練習があるんじゃないか

”…付き合ったと思う

”俺に聞くな”

”…使えない”

”嬉しくて涙が出るよ”

”…飛雄の頭は菅原サンでいっぱいなのかな”

”…だとしたらどうする”

”ちょっと嫌だ”

”珍しく同感だ”

”飛雄の空想は楽しいけど、菅原サンでいっぱいなのは面白くない”

”…同感だ”

”赤葦も……知るの嫌だな”

”…なら近づかなければいい”

”でもおれから約束しちゃったし”

”…俺もだ”

”…もし空想が飛雄と菅原サンのセックス場面だったらどうする


「ふざけるな


食堂が瞬時に静まり返る。

気付いた時には遅かった。

言葉は音となり外に漏れ出してしまったようだ。


「あの…何か問題でもありました

カウンターの奥から、森然のマネージャーが顔を出す。


”おかずに虫でもついてたのかな…赤葦さんが怒鳴るの初めて見た…どうしよう”


恐る恐るといった様子に、怖がらせてしまったと申し訳ない気持ちになる。

孤爪の皮肉が聞こえてくる。


”かわいそうに…”

”…誰のせいだと”


こいつは後回しにし、とりあえず事態の収拾に努める。

「いや大丈夫…木兎さんのわがままを思い出してただけだから」

美味しそうな唐揚げだね、ありがとうとなるべく大きな声で続ければ、彼女の顔が綻んだ。

「いえ、いつもお疲れ様です

”なんだ木兎さんか…いつも振り回されて大変そうだもんね”


俺の言葉が聞こえたのだろう、静まり返っていた周囲も納得したようで、ざわめきを取り戻していった。

この時ばかりは木兎さんの日頃の行いに感謝した。


”赤葦って詐欺師になれるよね”

”褒め言葉として受け取っておく。それよりお前のせいだ”

”責任転嫁は見苦しいよ”

”お前が変なことを言い出すからだろう”

”可能性の話をしただけでしょ。本気で怒る赤葦がどうかしてる”

”じゃあお前は影山の空想が、さっきのでも構わないと

”……机ごとひっくり返したくなる”

”だろう


孤爪との不毛なやりとりを適当に切り上げ影山を見やれば、さすがに驚いた顔で俺を見つめていた。

その顔を可愛いと思ってしまうなんて、俺はどうかしている。

なぜか急降下した気持ちが浮上する。

影山は不思議な人間だ。


菅原と待ち合わせをしている可能性も否定できなかったので断りを入れると、快く席を進めてくれた。

なぜか安堵し、影山の向かいに座る。

すると彼の方から話しかけてきた。

「赤葦さんは、唐揚げ好きですか

”好きかな嫌いな奴はいねえと思うけど”


バレー以外の質問は初めてだと珍しく思い、素直な答えを返す。

「いや…普通だけど」

「じゃああげます」

”よかった。なら嫌じゃねえよな”


そう言うと影山は、手前の皿に残っていた最後の個を俺の皿に移した。

見るとご飯は少し残っている。

貴重なおかずをいいのだろうか

「いいの影山のおかずなくなっちゃうよ」

「いいっす味噌汁があります」

”味噌汁飯もうめえ”


それは確かにと思いながら、素朴な疑問を口にする。

「…なんで俺に

疲れてる時は腹いっぱいにして寝るのが番です」

”それで俺は元気になります”


さっきのやりとりを聞いていたのか。

…どうしよう、嬉しい、すごく。

この唐揚げ持ち帰れないかな、永久保存したい。

「…ありがとう」

感動に打ち震えながら感謝の気持ちを伝えると、思わぬ声が聞こえてきた。


やべえ心臓爆発する


突如聞こえた声に耳を疑った。


”赤葦さん今笑った…喜んでもらえたんだ。よかった”


その声はどう考えても影山から発せられるもので。


”やっぱ王子様みてえ…キラキラしてる”


影山の視線はどう見ても俺に向けられており。


”…本当に俺、どうしちまったんだ…”


こっちが聞きたい。

一体何が起こってるんだ


人混乱していると、聞きたくなかった声が聞こえた。

「飛雄、隣いい

もちろんっす研磨さん」

そう言えばこいつがいたと思い出す。

トレーを手にした孤爪が、影山の隣に座った。


”やべ研磨さんもかっこいいキラキラして王子様みてえ…”


「え

「あ、なんでもない…」


さすがに驚きを隠せないようで、孤爪の口から動揺の言葉が発せられた。

こいつが動揺するのは珍しいな。

人のことは言えないが。


”え俺が王子様

”そうみたいだな”

”…さっき赤葦も王子様とか言ってたの…空耳かと思ったけどそれも

”そうみたいだな”

”なんで急に…菅原サンはどうしたの

”俺が聞きたい”


動揺を落ち着かせようと無言の会話を繰り広げている間に、影山はどんどん空想を広げていった。

その中で、孤爪は忍者から、俺はパン屋から王子様へと華麗にジョブチェンジしていた。

その後やたらとスローペースで箸を進める影山の真意を知り、まずいことになったと思った。

それはあいつも同じだったようで、なるべく影山のポイントに触れぬよう注意を払い、かつ迅速に食事を終えた。

事態は望まぬ方向に転がってしまった。




夕食後、あまり人の通らない階段に孤爪と2人座っていた。

こいつとはできるだけ関わりたくないが、事態はそうも言っていられない。


”…おれらのせい

”不可抗力だろう、どう考えても”

”まさか飛雄がおれらを好きになるなんて”

”本当だよ…菅原が好きだと安心してたのに。しかも俺と孤爪人同時なんて…こういう言い方はあれだが、影山は気が多いのか

”おれが知るわけない”

”だろうな”

”…菅原サンも飛雄を好きだったよね。…もしかしてすっごい邪魔した

”だから不可抗力だと言っているだろう”

”でもおれらがあの時声をかけなければ、きっと飛雄は菅原サンとうまくいってた”

”…たらればの話をしても無意味なだけだ”

”…じゃあ赤葦はどうするの

”………距離を置くしかないだろう。俺は影山をそういう意味で好きなわけじゃない。別の奴を好きになった方が影山のためだ”

”…だよね…おれも飛雄は好きだけど、そういう好きじゃないし”

”…なんでこんなことに…”

”不可抗力でしょ”

”…とにかく、影山には一刻も早く新しい”王子様”を見つけてもらおう”

”うん…”


わざとではないにしろ、人の恋路を邪魔した挙句突き放すなど、人道から外れる行為だと我ながら思う。

それは反省しているし申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

だから責任を取ることにした。

影山の気持ちに応えられない以上、早く俺達のことを忘れられるよう関わりを避ける。

彼が、新しい”王子様(好きな人)”を見つけるまで。


そうして意見は一致した…はずだが、孤爪が後悔の言葉を口にする。


”でもちょっと寂しい”

…ああ、あのおかしな空想が聞けなくなるからな”

”…飛雄って、話しかけると口ムズムズさせるでしょ”

”…ああ”

”控えめなあの喜び方、可愛いよね”

”…男に抱く感想ではないな”

”知ってるよ。でも可愛いものを可愛いって言って何が悪いの

”…そう、いうものか

”…男が男を好きになるって、どういう気持ちなんだろ”

”俺が知ると思うか

”期待してない”

”なぜ聞いた”

”何となく”

”…何が言いたい”

”飛雄、誰も好きにならなければいいのに”

俺達を好きなままでいいと

”違う。誰のこともそういう意味で好きにならなければ、おれらに恋することもないし、他の人も好きにならないよね。他に好きな人ができればいいとは言ったけど、その人のことで頭いっぱいの飛雄はあんまり見たくない”

”…確かに”

”空想はもちろんだけど、話しかけた時の嬉しそうな顔とか、名前を呼ぶ声とかも好きだったんだけどな…”

”…俺もだ…”

”…こんな力なければよかったのに…”

”……今更だろ”

”…そうだね”



自ら突き放すくせに後悔するという矛盾を抱き、それでも影山のためにと、決死の思いで決断を実行した。


…その時のことはあまり思い出したくない。

話しかけないことはもちろん、影山を見る度罪悪感が押し寄せてくるのでなるべく見ないようにした。

彼はきっと傷ついただろう。

話しかけるだけであんなに喜んでいたのだから。

資格はないとわかっていても、後悔に胸が押しつぶされそうだった。


最終日、バーベーキューで肉を喉に詰まらせていた彼を見た時は、思わず紙コップを渡してしまった。

彼は勢いのまま水を飲み、渡した相手が俺だと知ると驚いたように目を見開き、控えめに微笑んだ。


「あざす

”赤葦さんだ、赤葦さんだ”


心臓がしめつけられる思いだった。

いたたまれなくなり、すぐにその場を離れた。

好き嫌い、嬉しいなどではなく、ただ俺の名を呼び続けた影山。

それだけで彼の喜びがどれほどのものかを悟り、走り出したい衝動に駆られた。


テレパスなんてクソくらえ


こんな力がなければ、こんな思いをすることもなかったのに。

もう何度目ともわからない恨みの言葉を天に吐き出した。


影山が早く新しい王子様を見つけられるようにとひたすら祈り、回目の合宿は終了した。

日も早く、また影山と話せる日を取り戻せるように。






 

【6へ】