* * *



俺は小さな頃から、友だちを作るのが上手ではなかった。

人でいてもする事がないので、ボーッとしてる事が多かった。

一緒に遊ぼうと声をかけてくる奴はそれなりにいた。

嬉しかった。

でも遊んでるのを途中で飽きて投げ出したり、別の事をし始めると変な顔したり怒ったりする。

つまらないからつまらない、他の事しようって言っただけなのに、なぜか文句を言われる、離れてく。

「せっかくさそってあげたのに」「かってなことすんなよ」「もういい」「なにかんがえてるかわからない」「いっしょにいてもつまんない」。

なんでこんな事を言われるのかわからなかった。

人でいる事が多かった。

でも、人が好きな訳じゃなかった。

寂しかった。


母さんはいつも人でいる俺を心配した。

「とびおはお友達と遊ばなくていいの

「…いい。つまらない」

母さんはそれ以上、友達の話をしてくる事はなかった。

代わりに沢山の絵本を読んでくれた。

絵本に興味はなかったけど、母さんが話してくれる世界に夢中になった。

つまらない世界より、こっちの世界の方が断然面白かった。

キラキラわくわくする世界に、いつしか俺は自分も登場させる”遊び”をするようになった。

くまとホットケーキ焼いてぞうと遊んできんぎょを探した。

からすと一緒にパンを焼いたりブタと家を作ってうさぎと手袋に住んだ。

かえると自転車乗って泥棒と脱走してサンタクロースと家を回ってプレゼントを配った。

すごくワクワクして楽しかった。


俺は特に、王子様が出てくる物語が好きだった。

始めは、父さんがもらったと持ち帰って来たシンデレラの絵本だった。

それまでの動物とか変な生き物とかおじいさんおばあさんばかり出てくる絵本とは何もかもが違って見えた。

キラキラした王子様と、幸せになるお姫様。

そのキレイな世界に夢中になった。

同じような絵本が読みたいと両親にねだった。

それは女の子が読む物だからと言われたけど気にしなかった。

両親はいろんな絵本を買ってきてくれた。

白雪姫、アラジン、美女と野獣、ラプンツェル、オーロラ姫…。

自分とはまるで違う、キラキラした王子様に憧れた。

お姫様になりたかったわけじゃない。

ただ、王子様に愛されるお姫様が羨ましかった。

…俺もいつか、王子様に…。

それからの”遊び”には、俺と王子様がしょっちゅう登場するようになった。


「とびお、最近楽しそうね」

母さんにそう言われ、”遊び”の事を話した。

俺は沢山の動物と一緒に宇宙人から街を救うヒーローで、感謝したどこかの国の王子様と結ばれる予定なのだ。

母さんは少しビックリしてたけど、それから毎日、楽しそうに話を聞いてくれた。


ある時、母さんに聞かれた。

「とびおは、この話を誰かにしたことはある

…ない。

俺の話を聞いてくれる奴なんて誰もいなかった。

前は寂しかったけど、今は”遊び”があるから寂しくない。


母さんはちょっと真剣な顔になって告げた。

「いいとびお。”遊び”の事は誰にも話しちゃダメだからね」

なんでだ。

「誰かに話したら、飛雄の中の”王子様”も”お友達”も話した人に取られちゃうのよ」

大変だ

友達も王子様も取られたら俺の楽しみがなくなる

寂しいのはもう嫌だ。

「嫌だ

「だから”遊び”をしてる事は誰にも内緒よ。母さんとの約束」

俺は俺の世界をなくしたくなかった。

だから約束を必死に守った。

”遊び”…”空想”が俺の世界だった。



小学校に入学してからも、俺は変わらず人だった。

そうすると、うっとうしいくらい大人達が声をかけてくるようになった。

「とびお君は何が好きなの

先生に何度も聞かれた。

「…ぽーくかれーおんたまのせ」

そう答えるとみな困った顔をした。

”キイテルノハソウイウコトジャナイ””チノウニモンダイガ””イチドセンモンキカンヲジュシンシテハ””デモナニモモンダイハナイト”

よくわからない言葉が飛び交った。

空想の事は誰にも秘密だ。

先生や両親に色んな事を勧められるようにもなった。

野球、サッカー、バスケ、自転車、水泳、そろばん、習字etc、どれも何度かしたけど続かなかった。

空想以上に面白い事はなかった。


俺はいつも人だった。

だけど前みたいに寂しくはなかった。

大勢の友達が、王子様が俺にはいる。

俺は増々空想の世界に夢中になった。

寂しくはなかったけど、いつも何かが足りない感じだった。

何が足りないのかはわからなかった。


年生の夏休み、両親に勧められるまま参加したサマーキャンプというやつでバレーボールに出会った。

ああ、足りなかったのはこれだったんだって思った。

なくしていた半分をやっと見つけた感じだった。

ボールに初めて触れた時の、すごくなじんだような感触は忘れられない。


キャンプが終わり家に帰った俺は両親に頼んだ。

「バレーボールがほしい」

両親は声を上げて泣いた。

ビックリした。

ダメなのかと不安だったけど、その日のうちに新しいバレーボールとバレーシューズと運動着を買ってくれ、地域のスポーツクラブとかに連れてかれてバレーボール仲間に出会った。

その日から俺はバレーに夢中になった。

そこで人との接し方とか色々教わった。

初めて友達ができた。

友達は作るものじゃなくて、できるもんなんだって知った。

どうやったらうまくなるか明日はどんな練習しようとかあれはこうしようとか、毎日バレーの事で頭が一杯だった。

いつしか空想する事はなくなっていた。


「飛雄、最近はどんな空想してるの

母さんにそう聞かれたのは、雪の降る中体育館に向かおうと雪靴を履いている時だった。

バレーは体育館に行けば雨の日でも雪の日でもできるからよかった。

そう言えば母さんは俺の話をいつも楽しそうに聞いてくれていたと思い出す。

「…バレーでいっぱいでしてない。ごめんなさい」

「それでいいのよ、よかったね飛雄」

嬉しそうに頭をなでられて、俺も嬉しくなった。

友達を作るのは相変わらず下手だったけど、バレーしてれば自然にできた。

楽しかった。

毎日がバレーで満たされていた。

バレーがあれば何もいらないと、そう思っていた。


  

   * * *



バレーに夢中なまま、小学年生の夏休みを迎えた。

夏休み中もバレーで毎日が充実していた。

練習すればしただけ上手くなるバレーに夢中だった。


月の終わり頃。

東京にいるばあちゃんが手術で入院する事になり、週間だけばあちゃん家(東京)で過ごす事になった。

久しぶりに会ったばあちゃんは前よりずっと痩せてて少し怖かった。

大丈夫だよって笑ってくれてほっとした。

病院の庭で、じいちゃんにボールを投げてもらってレシーブしたりトスして見せたら上手だねって褒めてくれた。

まだまだだ。


病院の中にある食堂でみんなで昼飯食った。

ばあちゃんもりもり飯食ってた。

俺のエビフライあげたら喜んでた、よかった。

両親は仕事があるからって帰ってった。

俺だけじいちゃん家に行った。

じいちゃん家は階建ての小さな家だ。

瓦とか木とか畳でできてて、昔話に出てくるような感じが好きだった。

バレーの練習をしようと持ってきたボールを取り出す。

でもじいちゃん家の庭狭いしどこでやろうと悩んでたら、歩いて30分くらいの所に体育館のある大きな公園があると教えてくれた。

自転車に乗ってくかって聞かれたけど、まだ今日のメニュー終わってねえからと断って走って行った。

ネッチュウショウに気をつけなさいと帽子と麦茶の入った水筒を持たせてくれた。

帽子は走るのに邪魔だからえんりょした。

バレーボールとシューズをバッグに入れて、ワクワクした気持ちで公園に向かった。


公園には人がたくさんいた。

野球、サッカー、バドミントンしてる奴はいた。

ブランコとかで遊んでる奴もいた。

集団で下向いてる奴もたくさんいた。

なんだあれ

そわそわしながら体育館を覗いたら、バスケしてた。

バレーしてる奴は誰もいなくて残念だった。

木陰のベンチに荷物を置いて、人で練習した。

ダッスイショウジョウニならないように麦茶をたまに飲んだ。

気付いたら日が暮れていた。

あれだけいた奴らはほとんどいなくなってた。

いつの間に帰ったんだ。

まだ練習しようかと思ったけど腹が減ったから帰った。

じいちゃんに友達は出来たかって聞かれたから、バレーしてる奴いなかったって答えた。



2日目も朝から公園に行った。

ラジオ体操に混ざった。

体育館はまだ開いてなかった。

体育館の横が日陰になってたから、近くのベンチに荷物を置いてそこで練習した。

体育館前に人が集まり始めたから、公園の時計を見たら時ちょっと前だった。

バレーやるのかとそわそわして俺も待ってたらまたバスケだった。

残念だった。

人で練習して休憩して練習して、昼になったから家帰って飯食って、また公園に行った。

バレーしてる奴はやっぱりいなかった。

体育館の横はもう日陰じゃなくなってた。

でも気にせず練習して、気付いたら日が暮れてて腹も減ったから帰った。



東京に来てから日目。

その日もラジオ体操して、昨日と同じく体育館横で人で練習してたら、体育館の入り口の方が急にうるさくなった。時計を見たら昨日と同じ時ちょっと前だった。

でも俺には関係ねえとトスの練習続けてたら、うるさいのが近くなってきた。

なんだようるせえって思ったら、知らない奴に話しかけられた。

「君もバレーするん見かけへん顔やね」

バレーという言葉に振り向いたら、黒髪の奴が立ってた。

俺より年上だろうか、背も少し高い。

優しそうに微笑むその姿は…「アラジンと魔法のランプ」とかに出てきそうだ。

「へ

目の前の奴がビックリしたような顔した。

なんだ



【頭に白いターバン巻いてアラビアンな衣装を着たそいつは魔法使いで、俺の願いを叶えるために日本に来たという。

”なんで俺なんすか

”くじで当たったから”】



「ブッ」

目の前の奴が吹き出した。

むせたのか

”君も”ってことはこいつもバレーするんだよな



【魔法のランプを取り出したそいつは俺にこう語りかける。

”このランプをこすれば願い事がつ叶うんだ”

毎日バレーの試合がしたいですポークカレー温玉のせも毎日食べたいです

いいよと答えてくれた、やった

”あとつは

”…俺と、バレーしてください”】



「フッ…ええで」

いきなり笑ったかと思ったら何かつぶやいた。

大丈夫かこいつ

「…あんな、君と友達になりたいねん。名前教えてくれへん

影山飛雄です」

ビックリした。

そんなこと初めて言われた。

「俺は×××××や。よろしゅう飛雄君」

手を差し出した魔法使いは、とてもキラキラしてた。

名前で呼ばれたのも初めてだった。


魔法使いと周りの奴らはバレーすると言ったので混ぜてもらうことになった。

よっし

みんな俺と同じくらいか年上だった。

中には中学生もいた。



【魔法使いには弟子がたくさんいる。

一流の魔法使い目指して毎日自分のランプをキュキュっと磨き、精霊が出てくるのを待ちながらバレーに励むのだ。

精霊を呼び出すコツは何かと聞かれた魔法使いは、こう答える。

”バレーで金メダル取ることだ”

こうして魔法使いの弟子たちは、バレーでオリンピックを目指すことに…】



「ブフッ」

靴紐を結びながら空想してたら、いつの間にか魔法使いが横に立ってた。

なんで今吹き出したんだ

魔法使いは口元に手を当てながら、楽しそうに笑いながら告げた。

「…チーム分けするで。おいで飛雄君」

はい」

試合だ試合だ


こっちに来て初めての試合は楽しかった。

なぜか観客も多くてびっくりした、女ばっかだったけど。

魔法使いはセッターで、俺の知ってる中で誰よりもうまかった。

「やるなあ飛雄君」

「あざす、××さんもうまいです」

「せやろ」

嬉しそうに笑った顔に心臓がビョンって跳ねた。

胸がドキドキ言ってる…なんだこれ


何試合かした後、そろそろ昼飯の時間だと誰かが言った。

いつまででもやりたかったけど、言われれば確かに俺の腹も限界を訴えていた。

仕方ねえ。

腹が減ってはバレーできねえ。

渋々帰る用意をしてたら、魔法使いが話しかけてきた。

「飛雄君も家来はる

「昼飯ごちそうしはるよ」

その時周囲がざわってなった。

なんだ

昼飯…誘ってくれた、のか

「行かないです、あざす」

また周囲がざわってなった。

すげーなんかざわざわしてる。

”×××ナンデアンナヤツ””×××ノサソイコトワルナンテ”とか聞こえてきた。

どういう意味だ

魔法使いはびっくりした顔してた。

「ほんまに来ーひんのみんなも一緒やしごちそうばっかやで遠慮いれへんよ

遠慮じゃないです」

いれる

遠慮ってことだよな

じいちゃんが作ってくれたポークカレー温玉のせは今日で日目だ。

日目が番うまいんだよな。

魔法使いはすごく意外そうな顔で俺を見てた。

なんだ

飯粒ついてたか

「…ええね飛雄君」

なんかつぶやいたかと思ったら、にっこり微笑まれた。

「飛雄君は明日も来はるの

来ます」

毎日バレーします。

「ほなまた明日な」

そう言いながら俺の頭をポンポン叩くと、魔法使いと弟子たち(と観客)は去って行った。

その仕草に心臓がまたビョビョンって跳ねた。

さっきからなんだこれ。


胸のドキドキはその後も治らず、でも気にせず家帰ってポークカレー食った。

じいちゃんに言われて水筒忘れたことに気がついた。

やべえ。

ドキドキが残ったまままた公園行った、水筒は元の場所にあった、よかった。

体育館前で魔法使いが来るのを練習しながら待ってたけど、その日は現れないまま夜になった。

ちょっと悲しかった。

ドキドキはいつの間にか治ってた、よかった。

もう少し待ってみようかと思ったけど、腹も減ったし帰ることにした。

そういえば”また明日”って言われたことを思い出し、嬉しくなって朝より早く走って帰った。

明日も魔法使いに会えるんだ、バレーの試合できるんだ。

変な言葉遣いだったけど、遠くの国から来たからか

本物の魔法使いなのかもしんねえ。

しばらく日本にいるのかな。

そうだといいな。



次の日、俺はいつもより早く公園に向かった。

犬の散歩してる奴と歩いてる奴はいたけどラジオ体操も魔法使いもまだだった。

練習してたらいつの間にかラジオ体操が始まってたのでした。

ラジオ体操の後はいつもの場所で練習した。

体育館横のベンチは荷物の指定席みたいになった。


昨日と同じ時ちょっと前になったらうるさい集団が来た。

もしやと思って近づいたら、たくさんの人の真ん中に魔法使いがいた。

向こうも俺に気付いたみたいで、俺と目が合うと笑顔を返してくれた。

心臓がビョンって跳ねた。

またかよ

「おはようさん飛雄君」

「おはざす

魔法使いは今日もキラキラしてた。

昨日よりキラキラが強くなってる気がする。

胸がまたドキドキ言い始めた。

なんだよこれ。

「今日も負けへんよ」

「俺のセリフです」

今日もこの人と試合出来るのか、楽しみだ。

そう思っていたら後ろからなんか聞こえてきた。

「へえ、この子が××が気に入った子

「男かよ」

「目つきわりー」

「ただのガキじゃん」

振り向くと、いつの間にか弟子たちに囲まれていた。

昨日はいなかった奴らだ。

新しい弟子か、さすが魔法使い。

みんな俺より背が高かった。

「なんすか」

なんの用だと口にすれば、奴らはゲラゲラと笑い出した。

「なんすかだって生意気」

「気強えー」

「こんなののどこがいいんだよ。バレーはちょっと上手いらしいけど」

ちょっとじゃねえって言い返そうとしたら誰かの声に邪魔された。

「あんたらには関係へんやろ」

その声は魔法使いのいるところから聞こえてきた。

魔法使いの声とは思えないような重い声で、一瞬にしてその場が静まり返る。

びっくりして魔法使いを見ると、にっこり微笑まれて心臓がビョビョンって跳ねた。

本当になんだこれ!?

「ほな行こか、飛雄君」

そう言うと魔法使いは俺の手を取り、弟子たちの間から連れ出した。

繋がれた手が熱くて心臓が溶けるかと思った。

魔法使いの背中もキラキラしてた。

胸はドキドキ言いっぱなしだった。


いっぱいバレーして、また誰かがそろそろ飯の時間だって言い出した。

今日はこれでお別れかと寂しく思ってたら、魔法使いはまた昼食に誘ってくれた。

しかもメニューはポークカレー

今日の昼飯はそうめんだってじいちゃん言ってた…。

じいちゃん昼飯用意してくれてるし帰んなきゃ、でも魔法使いともう少し一緒にいたい、ポークカレーも食いてえ。

どうしようと悩んでたら”家ん人気にしてはる”と聞かれた。

そうですと答えたら”連絡すればええやんけ”って言われて公衆電話に走った。

もしもの時にとじいちゃんに迷子札持たされててそこにテレカが入ってるの思い出した。

ありがとうじいちゃん。

ポケットから迷子札(テレカ)を取り出しじいちゃんに連絡した。

友達に昼飯誘われたけど行ってもいいかって聞いたら、なぜか泣かれた。

大丈夫かじいちゃん

失礼するんじゃねえぞって許してもらえたので、魔法使いのとこに戻ったら”携帯持ってへんの”って聞かれた。

持ってないっすって答えたら”なんで”って聞かれたから、必要ないですって答えた。

そしたら魔法使いはびっくりした顔して、笑った。

”ほんま、飛雄君はおもろいね”

また心臓がビョビョビョーンって跳ねた。

魔法をかけられたんじゃねえのかってぐらい、心臓は暴れまくりだ。

胸はドキドキドキドキうるさかった。


王子様の家は公園から歩いて10分位の所だった。

弟子たちももちろん一緒だ。

着いた先は、大きな塀に囲まれた城みてえなでけえ家だった。

弟子たちはどうだすげえだろとかこの辺で一番大きいんだぜ、でもベッタクでお前とは住む世界がとかなんか色々言ってた。

俺は感動した。


魔法使いは本物だったんだ…

こんなに家がでけえのは弟子たちと住んでるからだよな。

どこもかしこもピカピカなのは、弟子たちが毎日掃除してるからだ

そういえば魔法使いは俺の願いをつとも叶えてくれた…

毎日(昨日と今日)バレーの試合できるし、

今日もポークカレー食えるし、

俺とバレーしてくれた

すっっっっっげー!!

本物の魔法使い初めて見た

ランプの精にも会えるかな


「ブフッ

感動のあまり空想するのも忘れていたら、隣で魔法使いが吹き出した。

なんか面白いことでもあったんすか


キラキラした部屋に案内され、でっかいテーブルの上にはポークカレーと骨の付いた肉とサラダとスイカと桃とメロンとブドウとあとなんか見た事ねえ果物とかケーキとかが並んでた。

カレーはまさかの温玉のせ

すげえなんだこれ、温玉のせがうまいのは世界共通なのか

”好きなやけ食ってええで”って言われたから好きなだけ食った。

”カレーうまいやろ”って聞かれたから”うまいっす”って答えた。

”せやろ”って嬉しそうに笑うから心臓はビョンビョン跳ねまくりだった。


飯はどれもうまかった。

特にメロンがうまくて、ばあちゃんメロン好きだから食わせてやりてえなって思ったけど無理だからばあちゃんの分も食った。

苦しかった。

魔法使いは食べる姿もキラキラしてた。

なぜかよく目が合って、胸はずっとドキドキうるさかった。


食後、”暑いさかい、午後は家で遊ぼか”と魔法使いは言った。

プールもゲームもなんでもあると。

弟子たちはさんせーとか言ってた。

だから俺は帰る事にした。

そしたら慌てて止められた。

なんで帰るのか聞かれたから、家の中でバレーできねえですって答えたらビックリしてた。

まあ練習はできるけど、ボールぶつけて高そうな家具とか壊したら大変だ。

”俺と遊びたくへんの”って聞かれて返事に困った。

遊ぶのはいい、バレーしたい。

でも一緒にいたい。

でもやっぱバレーしたい。

バレーしたいんでって言ったらまたビックリされて、”ほな俺も”って魔法使いは言った。

弟子たちがすごい騒いでたけど、”あんたらはここにおればええ、飛雄君ちょい待ってて、こしらえてくる”って言って部屋を出てった。


よくわかんないままその場で待ってたら、突然弟子に突き飛ばされた。

勢いが強くて尻餅をついた。

「なにするんすか

「お前目障りなんだよ

何人かの弟子たちは俺を取り囲んで喚き始めた。

こいつら体育館前で俺に突っかかってきた奴らだ。

遠巻きに見てる弟子たちもいた。

ちょっと気に入られたぐらいで調子乗んなとか帰れとか言われた。


…俺調子に乗ってたか

記憶にねえ。

それに俺だって帰りたいけど、待っててって言われたから待ってるんだ。

でも弟子がそう言うってことは、帰っていいのか…

そう考えてたら、急に胸ぐらを掴まれた。

「おい聞いてんのかよ

聞いてません」

考え事してました。

そしたらそいつが急に腕を振り上げた、その時。

「何してはるん

魔法使いが戻ってきた。

肩から大きなクーラーバッグぶら下げてた。

あれにランプが入ってんのか

もしかして見せるために持ってきてくれたんすか


そんな俺の期待とは反対に、魔法使いは無表情でゆっくりと近づいてくきた。

キレーな人は表情がなくなるだけでこんなに怖いのかと思わず息を飲んだ。

胸ぐらを掴んでたそいつは急に手を離すと話し始める。

「い、いやこいつがお前の悪口言うから」

言ってねえ」

なんでそうなるんだ

「嘘つけ言ってただろ」

「そうだそうだ金持ちのボンボンに取り入るのは楽勝だってな」

「俺らはお前のためにこいつを制裁してただけだって、なあ

俺を囲んでる弟子たちは、遠巻きにしてる弟子たちに同意を求め始めた。

その弟子たちも気まずそうにうなずいてる。

なんでだよ

俺そんなこと言ってねえだろ

誰かと間違えてんのか!?


話を聞いてるのか聞いてないのか、魔法使いは弟子たちを気にすることなく俺の前まで来た。

座ったままの俺は見下ろされる形になる。

…悪口なんて言ってねえのに。

でも弟子たちの言う方を信用するだろうな、なんせ弟子だから。

やっぱ帰ってればよかった。

もうバレーしてくれねえよな。

願いを叶えてくれたお礼もしたかったけど無理か。

…ランプの精見たかった…。


「フッ」

なぜか軽く笑った魔法使いは俺の前にひざまずくと、優しく微笑み手を差し出した。

「怪我してへん

その微笑みは、俺の心臓のど真ん中を貫いた。


「…王子様」

「へ

何を口走ったのかもわからないほど、俺は一気にのぼせ上がった。



【魔法使いの正体は王子様だった

王子様は貧しい国を救うため、魔法使いになる旅に出て見事魔法使いとなったのだ。

たくさんの弟子もでき、王子様は最初の目的である立て直しのため、国へ帰ることに。

王子様との別れを悲しむ弟子たちの中、最後の弟子である俺はただ人、王子様に呼ばれ告げられた。

”国を立て直すのにあんたの力が必要なんや。一緒に来て手伝ってくれへん

”喜んで…”】



「ブフォッ」

急に吹き出されてびっくりした。

王子様はコホンと咳をすると、俺の手を取り立ち上がらせ弟子たちに言い放った。

「あんたらは好きにしててええさかい、俺の邪魔せんといてや」

そう告げると手をつないだまま歩き始めたので、引きずられるような形で俺も後に続いた。

頭がぼーっとして、王子様だけでなく世界の全てがキラキラして見えた。


城を出たところで、歩きながら王子様に謝られた。

「堪忍な飛雄君」

なんで謝るんすか」

「あいつらにえげつないこと言われたやろ」

帰れって言われただけで…俺は悪口言ってません

えげつない

言われたこと思い返してたら大事なこと思い出した。

悪口なんて言ってねえです

信じて、もらえないかもしんないすけど…。

「信じるで」

「え

立ち止まった王子様は振り返ると手を繋いだまま、俺の目を見つめながら言った。

「俺は、飛雄君の王子様やから」


【国中にファンファーレが鳴り響く。

無事国を立て直した王子様の、今日は結婚式だ。

隣にいるのはあの時、人だけ連れ帰って来た俺…。

”本当に…俺でいいんすか

”そのつもりで連れてきたんよ”

キラキラした笑顔でそう告げた王子様は、チューをしようと顔を近づけ…

”ちょっと待ったー!!

まさかの邪魔が入る。

”影山お前が本当に好きなのは俺じゃないのか!!

そう叫んだその人は、バレーの神様だった…】


「ブフォッ」

王子様の吹き出す声で我に帰る。

「まさかのバレー…」

なんか呟いてるけどよく聞こえなかった。

ふと疑問を口にする。

「…王子様って、どういう意味すか

そのまんまの意味」

いたずらっぽく笑うと、王子様は手をつないだまま、また歩き出した。

夏の日差しは強くて暑かった、だけどそんなことは気にならないくらい、繋がれた手が熱かった。

心臓は今までにないくらいビョビョビョビョビョってしてて、このままどうにかなっちまうんじゃないかって心配だった。

でもずっとこのままだったらいいのにとも思った。

王子様は本物の王子様だったのか。

だからこんなキラキラして見えるんだ。

王子様のいる世界は、こんなにも眩しかったんだ。



公園に着くと、王子様は俺の手を離した。

ちょっと寂しかった。

その時ふと、王子様は肩からでかいクーラーバッグを下げ、その手には俺の荷物を持ってることに気が付いた。

そう言えば城を出る時、荷物のことをすっかり忘れていた

今頃気付くなんてバカか俺は

「すみません、持ちます」

慌てて手を伸ばすと、なぜか王子様も空いてる方の手を伸ばしてきた。

(さっきまで繋いでた手だ)

「…こっちの方がええやろ

いたずらっぽく笑いながらまた俺の手を掴むと、そのまま歩き出した。

ついに心臓が爆発して、気付いたら体育館の前にいた。


体育館の中を覗いたけど、バスケの試合をやっててバレーはしてなかった。

残念に思いながら、体育館横でバレーの練習することになった。

いつものベンチに荷物を置いて、ボールを取り出す。

俺のボールを見て王子様は”よう練習してるんやね”って感心したように言った。

当たり前です、バレー好きです。

”せやけど、普通ボールに名前は書かへんやろ”って笑われた。

だって俺のボールです。

だいぶ薄くなって読めなくなってきてたから、そろそろまたなぞっとかねえと。


王子様と人でバレーした。

最初は胸がドキドキ言ってたけど、いつの間にか治って頭の中はバレーになってた。

王子様に”一服せん”って言われて結構時間が経ってたことに気づいたけど、したりなかったから人で練習を続けた。

王子様は俺の荷物の指定席でもあるベンチに座って休んでた。

しばらくしてたら”ネッチュウショウになってまうよ”って王子様が言うから、俺も休憩する事にした。

王子様の隣に座る。

なぜか今までにないくらい緊張した。

なんでだ

麦茶を飲もうとしたら王子様が”ちょい待ってて”って言って、どこかに行った。

その後ろ姿を見ながらふと思う。

気付くと王子様のことばかり考えてる。

キラキラ輝いて絵本の中から飛び出て来たようなその人に、俺の頭はいつの間にか占領されていた。

バレーに出会ってから、こんなことは初めてだった。


すぐに戻って来た王子様は缶ジュースをつ持ってて、つを俺にくれた。

びっくりしてなんでですかって聞いたら”麦茶、さすがにぬるくなってるやろ”と、冷たいオレンジジュースをくれた。

金持ってねえですって言ったら”おごりや”って言われた。

その時の姿も声も全てがキラキラしてて、写真に撮ってでっかく印刷して部屋の天井に貼りてえなって思った。

ジュースを受け取る時なぜか、さっきよりもさらにすごく緊張した。

王子様はコーヒーだった。

大人だ

今好きな飲み物は何かって聞かれたらダントツ位でオレンジジュースだ。

ジュースはあんま好きじゃねえけど。

「あれジュース好きじゃないん

急に聞かれてびっくりした。

顔に出てたか

「…甘いのはあんまりです」

「フッ、おごった人の前でそれしゃべる

王子様は楽しそうに笑った。

本当の事を言っただけなのになにがおかしいんだ

「甘いもん好きやと思ったんやけどな」

びっくりした。

俺は見た目から(自分ではよくわからねえけど)コーヒーとか大人っぽいものが好きそうとか言われた事はあっても、そんなこと言われた事は一度もなかった。

「…なんでそう思ったんすか

かいらしいやろ。考えが乙女ちゅうか…今ん無し」

カイラシイ

オトメ

なんだそれ日本語か

「…可愛いってことや」

かわいい。

それってあれだよな、ネコとか犬だよな。

王子様も動物好きってことか



【王子様は動物王国の王様とも仲良しだ。

動物王国とは文字通り、動物が立って歩いて人間の言葉をしゃべる国だ。

王子様の国と動物王国が手を組んで、世界の王者とバレー対決することに。

俺は王子様の国の代表として他の動物たちと試合に出ることになった。

シロクマの強烈サーブにライオンのスーパーレシーブ、俺のトスを高く跳んだカンガルーがスパイク…できねえ

あいつ跳べるけど手は短いから打てねえ

そこへ颯爽と現れる王子様…

”俺の出番やな”】



「ブヴォッ」

王子様が飲んでたコーヒー吹き出した。

苦かったのか

「…まあ、飛雄君はかいらしいってことや」

口からコーヒー垂らしてる姿もかっこよかった。


オレンジジュースをちびちび飲みながら考える。

王子様はどうして俺と一緒にいるんだろう。

初めて会ったのに、なんで”友達になりたい”と言ってくれたんだろう。

なんでこんなに、優しくしてくれるんだろう。

「…なんで、俺と友達になったんすか

飛雄君おもろいやろ」

王子様は当然だと言わんばかりに答えてくれた。

面白い

俺が

そんなこと言われたの初めてですごく嬉しくて、自然と口元が緩んだ。

そしたら王子様はびっくりしてた。

「…飛雄君、今みたいな顔、他ん奴らの前でしたらあかんよ」

…やっぱりか。

俺の笑顔は怖いとよく言われる。

普通に笑ってるだけなのに、なんでだ。

王子様を怖がらせたくねえ。

なるべく笑わないようにしねえと。

そう決心したら、王子様は俺のほっぺをなでてながら言った。

「俺の前でならしてええけど」

息が止まった。

その後のことはよく覚えてねえ(悔しい)。



日が暮れてきて、王子様はそろそろ帰ると言った。

寂しく思っていると、王子様に四角い箱を渡された。

開けたらメロンが入ってた。

クーラーボックスの中身はこれだったのか。

ランプじゃなかったのかとちょっとガッカリした。

「それあげる」

!?なんでっスか

思いもよらないことを言われびっくりした。

「家じゃ食べきれへんさかい、よかったらもろて

あざす

あんなに弟子がいるのに食べきれないって、そんなに一杯あるのか、すげえな

ばあちゃん喜ぶな、じいちゃんもメロン好きだし今夜はごちそうだ

人ではしゃいでいると声が聞こえた。

「…また明日な、飛雄君」

顔を上げた俺の目に、夕日に照らされた王子様の、優しい笑顔が映った。

その笑顔は、俺の心臓に焼きついた。



その日の夜は王子様の事で頭がいっぱいだった。

また明日も会えるんだ、王子様本当かっこよかった、バレーのレシーブもトスもすごかった、カレーうまかったな、メロンも美味しかったしオレンジジュースの空き缶持ち帰ってくればよかった今度はじいちゃんのカレー食わせてやろう、王子様の手も熱かった、コーヒーを拭う姿も絵になってたな、名前呼ばれるの嬉しい、つだけ年上なのになんであんな大人びてるんだやっぱ王子様だからか、もっと王子様といたいバレーしたい、etc。

そんなことを考えながら布団でゴロンゴロンしてたらじいちゃんに”どうしたんだ”って聞かれた。

だからこういう人がいて友達になってこんな事があって今日もらったメロンとかもその人がくれてこんなこと考えてってぶわーっと勢いのまま話した。

「それは恋だな

「コイ…

コイって鯉か池にいる。

でも俺今そんな話してねえぞって思ったらそうじゃないと言われた。

「その子見て心臓打ち抜かれたんだろ

「…おう

「その子ともっと一緒にいたいと思ったんだろ

「…おう」

「その子がキラキラして見えんだろ

おう」

「それが恋だその子を好きになったんだよ

「好き……」

「飛雄も男になったんだな」

じいちゃんは嬉しそうだった。

「…いい事なのか

「ああ、恋をすると飯もうまくなるしバレーも上手くなるぞ

そんなにいい事ばっかなのか

確かに飯は毎日うまいしバレーも上手くなった気がする…王子様がキラキラしてるのは恋だからか

恋っていいもんだな


初めての恋という体験に俺は浮かれた。

恋のおかげで飯もうめえし、バレーも上手くなった。

王子様といると嬉しい、楽しい、幸せだ。

心臓が跳ねまくって胸がドキドキうるせえけど。

これも全部王子様のおかげか。

じゃあ王子様に伝えねえと

王子様を好きになったおかげで幸せです、ありがとうございます、これからも一緒にいたいですって。

なんて答えてくれるかな。

連絡先教えてもらえるかな

宮城に帰っても王子様とたまに電話とかして、また会えたらいいな。

何度もバレーできたらいいな。

今までにないくらいワクワクした気持ちで、その日は眠りについた。



翌朝、公園に行こうとする俺にじいちゃんがお金をくれた。

”ジュースのお礼と言って今日は飛雄がおごってやれ、そうすればその子も喜ぶぞ”って。

王子様が喜ぶ。

俺でも喜ばせられるのかと嬉しくてじいちゃんに礼を言って、はしゃいで公園に向かった。

危うく水筒を忘れるところだった、ネッチュウショウ、ダメ、絶対。

公園に着いて練習してラジオ体操した。

王子様が来るまで練習して待ってようかと思ったけど、早く喜ぶ顔が見たくて自販機でコーヒーを買っておくことにした。

じいちゃんがくれたのは500円。

缶ジュースは120円だから…本買ってもおつりがくる

自販機を見ればコーヒーの種類がいっぱいあって、どれ選んだらいいかわからなくて困った。

昨日、王子様が飲んでたものをよく見とけばよかった。

悩みに悩んで青いのと黒いのと金色のつのボタンを押した。

お釣りを見たらもう本買えることに気がついて、虹色のやつのボタンを押した。

これで大丈夫だろ。

本もあればどれかは王子様好きだよな。

俺の分を買う金はなくなったけど、麦茶があるし王子様が喜んでくれるならそれが番いい。

早く来ねえかな、来たらすぐ渡そう。


体育館の横、いつものベンチに荷物を置いて人で練習してた。

ざわざわする声が聞こえてきたので、時計を見たらいつもの時間、時ちょっと前になっていた。

慌ててベンチにボールを置いて缶コーヒーを抱える。

もう冷たくはなかったけど、飲む分には問題ねえよな

声の方を見れば予想通り、王子様と弟子たちがやって来た

今日も王子様はキラキラして輝いてた。

「おはようさん飛雄君」

「おはざす

すぐに缶コーヒーを渡すと、王子様はびっくりしながら受け取ってくれた。

「もろてええん

「はい俺、××さんが好きです恋したおかげで毎日幸せです











「飛雄どうした、まだ10時だぞ、もう腹減ったのか

突然聞こえてきた声に驚いたら、じいちゃんが目の前にいた。

なんでじいちゃんが公園に

「今からそうめん茹でっから、スイカでも食って待ってろ」

…ここ、公園じゃねえ、じいちゃん家だ。

なんでだ

俺、公園にいたはずなのに。

「荷物はどうした忘れたのか

…荷物

ボール

シューズ

水筒

持ってない

なんで

ボールを忘れるなんてあり得ねえ。

「…飛雄

じいちゃんが心配そうに顔をのぞき込んで来る。

大丈夫だよじいちゃん。

俺はいつも通り、公園に行って、バレーして、王子様に会って、そして………

ほっぺを何かが伝う。

「どうした飛雄何があった」

じいちゃんの大きな手が頭を優しくなでる。

「っちゃん……」

「うん、どうした

「お、俺って……っきもちわるいの………

目から涙があふれた。


聞かれるままに話した。

缶コーヒーを本買ったこと。

会ってすぐ王子様に渡したこと。

好きです、恋してますって言ったら……


”男同士で気持ち悪い”

”友達面して近づくとか最低だな”

”裏切りやがって”

”二度と近付くんじゃねえ”


そう言われ、気付いたらここにいたこと…。


「男同士ってお前…その子男の子だったのか!?

なんで驚くんだ

王子様って言ったじゃねえか。

「お前がその子のこと好きそうだったから、ボーイッシュな女の子かと思ったんだよ…」

よくわかんねえ。

「…ごめんな、飛雄の話もっとちゃんと聞けばよかった」

なんでじいちゃんが謝るんだ

じいちゃん何も悪くねえ。

王子様喜んでくれなかった、困った顔してた。

気持ち悪いって、二度と近付くなって、

なんで、なんで、なんで…



じいちゃんは教えてくれた。

普通、男が好きになる(恋する)のは女の子なこと。

男が男を好きになるのは普通じゃないこと。

そう言う人も世の中にはいっぱいいるけど、場合によっては、そのせいで差別されたりいじめられたりすること。

普通の男からすれば、男から好きだと言われても気持ち悪く思ったり、相手を嫌いになることもあること。

それを裏切りだと感じる人もいること…。


「お前の年頃だと、憧れとかそーゆー気持ちを恋愛と勘違いすることもあるし気にするな」

勘違い…

俺は王子様を好きじゃなかったってこと

恋じゃなかったってこと

でも、ならなんでこんなに胸が痛えんだ。

なんで王子様が、頭から出てってくれねえんだよ。

「ボールもシューズも水筒も、新しいの買ってやっから元気出せ」

「…っ取りに…行く」

シューズも水筒もなくてもいい。

でも、王子様も触れたあのボールだけは、せめて持っていたい。

「…取りに行くって…そいつに会うだろ、平気なのかまた何か言われっかもしんねえぞ」

…それは嫌だ、怖い。

これ以上言われたくねえ。

…でも、謝りたい。

優しくて、キラキラしてて、友達だと言ってくれた王子様。

困らせてごめんなさい、裏切ってごめんなさいって謝りたい。

友達になれて、バレーできて嬉しかったですって伝えたい。

「…それでも、いい」

「…あのな、向こうは会いたくねえと思うぞ」

…」

なんでだよ…そんなにダメなことなのか…

男が男に好きって言うのは、そんなに…

謝る事もお礼を言う事も、会う事も出来ない程……

涙は止めどなく流れた。



その後、茹でてくれたそうめんと焼き鳥とスイカを食べてぼーっとした。

まだ太陽は真上にあって、いつもならバレーの練習してるはずなのに体が動かなかった。

気付くと王子様の事を考えてて、その度に必死で打ち消そうとしてバレーの事考えようとして、でもできなくて、なら昼寝でもしようと思っても寝れなくて、もう度と王子様に会えないんだって思うと胸も目も痛くて痛くてどうしようもなくて、どうしようどうしようこのままじゃバレーもできねえって悩んでたら、いつの間にか眠ってた。



夢を見た。

俺は王子様とバレーしてて、いつものバレーの仲間とみんなで対戦してた。

点が入る度に王子様は頭をぽんぽんってしてくれて。

帰る時間になったら王子様に”飛雄君の事が好きや。ずっと一緒にいてくれへん”って告白されて、嬉しくて泣きながら”お願いします”って答えて。

そしたら王子様は俺のほっぺをなでて、そのまま俺にチューを…



「飛雄ー夕飯だぞ起きろー」

この時程じいちゃんを恨んだ事はねえ。

気付いたら夜だった。

眠ってたのか…すごい幸せな夢だった…。

テーブルの上を見ると、そこにはポークカレー温玉のせが。

じいちゃん、作ってくれたんだ。

「シツレンの傷を癒すのは新しい恋をすることだそのためにもたくさん食って寝て元気になれ

シツレンってなんだって聞いたら好きな子にフラれることだって言われた。

そうか、俺はシツレンしたのか。

シツレンすると傷になるのか、だからこんなに痛えのか。

シツレンって苦しいな。

全部が否定されたみてえだ。

王子様に感じてたドキドキとは全然違う、胸が張り裂けそうな痛み。

こんな痛みがあるなんて今まで知らなかった。

新しい恋をすれば痛いのは治るってじいちゃんは言う。

「…なんで治るんだ

「忘れるからだ」

…覚えてちゃダメなの

「…それじゃ辛いままだろずっと痛いしバレーもできなくなるぞ。忘れるから人は生きてけるんだ。早く忘れて、お前を好きになってくれる子を見つけなさい」

じいちゃんの言葉はよくわからなかったけど、王子様を好きなことは忘れなきゃなんねえってことだけはわかった。

痛いのは嫌だし、バレーできなくなるのは困る。

…けど、忘れたくはねえな。


友達になろうって言ってくれたことも、名前で呼んでくれたことも。

一緒にバレーしたことも、頭ぽんぽんしてくれたことも。

ポークカレーうまいですって答えたら笑ってくれたことも、手を差し伸べてくれたことも。

手をつないで歩いたことも。ジュースをくれたことも。

メロンくれたことも、また明日なって言ってくれたことも。

王子様がくれた嬉しさも喜びも、最後に見た、あの優しい笑顔も。

全部全部、忘れたくねえ。


だけど、忘れなきゃいけないんだ。


その日のカレーは、今までで一番苦くてしょっぱかった。




夕飯食った後もぼーっとしてた。

頭に浮かぶのは王子様と、ボールのことだった。

じいちゃんはあきらめろって言ったけど、ボールはどうしてもあきらめきれなかった。

王子様はいつも日が暮れる前に帰ってたし、夜ならもういないだろうから取りに行ってもいいかってじいちゃんに聞いた。

じいちゃんは難しい顔をしてから、”危ないから俺が取って来てやる”って言った。

自転車で公園に向かうじいちゃんを門の前で見送った。


家の周りをぐるぐるしながらじいちゃんの帰りを待った。

すごい長い時間に感じた。

時間位してじいちゃんは帰って来た。

でも手には懐中電灯しか持ってなかった。

”探したけど、ボールもシューズも水筒も見つからなかった”と言われた。

俺の名前が書いてあるのに

”…なんで

”…誰かが間違えて持ってっちまったか…間違えて、捨てられたかだ”

悲しいとは思わなかった。

感じたのは諦めだった。


俺(男)が男に好きって言うとこうなるぞ。

好きって言ったら嫌われて、もう会えないんだぞ。

思い出の物を持つ事も許されないんだぞ…。


そう言われた気がした。

涙はもう出なかった。


じいちゃんに言われるまま風呂に入って布団に横になる。

眠れなくてぼーっとしてると、また王子様が浮かんできた。

忘れなきゃいけねえのにって苦しくて痛くて、だけどどうしても幸せだった。

でも忘れなきゃバレーできねえ。

覚えてちゃダメなんだ。


夢の中で俺は王子様と、笑いながらバレーしてた。

いつまでも、いつまでも。



翌朝、目を覚ますと父さんがいた。

早く休みをもらったから迎えに来たと言う。

「予定より早いけど帰ろうか。クラブの皆も待ってるよ」

うんと答えた。

ばーちゃんの病院によって、最後にどこか行きたいとこはあるかって聞かれた。

王子様を一目見たかったけど、気付かれてまた困った顔されんのも嫌だからどこもないって答えた。





それから俺は増々バレーにのめりこんだ。

好きな人もできたけど、みんな男の人だった。


小学年の時はクラブで同じチームだった年生。

面倒見がよく、優しい人だった。

練習が終わるといつも、”他の奴には内緒な”って俺だけにオレンジジュースおごってくれた。

心臓がぎゅっとつかまれた。

甘い物はそんなに好きじゃないとは、とうとう言えなかった。


小学年の時は同じクラスの奴だった。

頭が良くて、学級委員長で、クラブは違うけどバレーもやってるって言ってた。

GWに出された宿題がどうしても終わらず、渋々行った図書室で起きたフリして眠ってたら声をかけられた。

”どこかわからないの”と聞かれたから”どうしたら終わるのかわかんねえ”って答えたら笑われた。

僕が教えてあげるから場所変えようかって言われて、すがる思いで後を着いて行ったら、そいつは俺の手を引いて歩き始めた。

心臓に何かがぶっ刺さった。

それからテスト前とか沢山宿題を出された時、毎回俺の勉強を見てくれたし、たまにバレーも一緒にした。


中学年の時は、及川さん。

すげーセッターの先輩だとしか思ってなかったのに、”飛雄ちゃん”って初めて名前で呼ばれた瞬間、体に電気が走った。

バレーの事を聞きに行っても何も教えてくれねえくせに、休憩時間とかにはしょっちゅう話しかけてきて、よくわかんない人だった。

でも、好きだった。

最後まで嫌われてたけど。


中学年の時は、金田一。

”チケットもらったから”って映画に誘われて、”バレーしてえから”って断ったのに”部活が休みの日くらい休めよ”って怒られ渋々人で映画見に行って、昼に連れてかれた店で食ったボークカレー温玉のせがすっげえ美味かった。

夢中になって食ってたら”気に入ったか”って聞くから”おう”って答えたら嬉しそうに笑った。

落ちた。

それから度々その店に連れてってくれた。


中学年の時には国見。

梅雨の時期、度だけ風邪引いて熱出して部活を休んだ事がある。

部活終わりに人で俺ん家に来たあいつは、”お見舞い”ってなぜかメロンくれた。

グワってきた。

俺が青城の推薦蹴って白鳥沢受けるって時も、”お前には絶対無理”って言いながら勉強は見てくれた。

いい奴だった。

…バレーではあんな事になったけど。


高校に入学してからは、菅原さん。

GW合宿で、ドライヤーで乾かす習慣のなかった俺の髪を乾かしてくれた後、頭をポンポンと優しく叩かれた。

ドスって心臓に何か刺さった。

バカな俺にもわかるように色々教えてくれた。

菅原さんがいなかったら、きっと今の俺はここにいない。


そして今は、研磨さんと赤葦さん。

転んだ俺に手を差し伸べてくれて、全身を貫かれた。

一時期は嫌われたかと悲しかったけど、誤解だとわかり嬉しかった。

バレーのことも嫌がらずに教えてくれる、優しい人たちだ。




好きになった人たちに、俺のことも好きになってほしいと思わなかったかと言えば嘘になる。

だけどもう度と、好きな人とあんな形で会えなくなるのは嫌だった。


そうして気持ちの行き場所として俺が選んだのは、”空想の世界”だった。

空想の中では、何をしても誰にも責められない。

男の人を好きになっても、好きな人に好きと言っても笑ってくれる。

相手も俺を好きと言ってくれるしチューもしてくれる。

好きな時に好きな場所で好きなだけバレーもできる。

みんなも俺たちを祝福してくれる。

かつて絵本で見た王子様とお姫様のように、キラキラした世界で、人は幸せになるんだ。

…ああ、なんと言う幸せ


だから。

好きな人ができても、付き合いたいとか好きになって欲しいとは望まない。

ただ好きな人を想い、ふと浮かんだ時は幸せな空想をして、幸せな気持ちに浸る。

俺はそれでいい。

 

 

 

 

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