『ボクは人魚姫になりたかった』番外編?黒子が黄瀬の恋におちるまでの話(6/28イベントでの無配本です)。



=================


ボクと黄瀬君は、中学で出逢った。
バスケ部に二年から入って来て、あっという間にボクを追い越して行った、天才。
だけど努力も惜しまない、どこまでもバスケにひたむきな、尊敬できるチームメイト。
最初は嫌われていたのに、なぜか突然好かれるようになった。
「尊敬できる人に敬意は忘れない男っスよ!!」
「はあ…」
「反応薄っ!」
もっとなんかないんスか~とにこにこ笑いかける黄瀬君に、何も返せずにいた。
なんかってなんだろう…黄瀬君はボクに何を求めているのか。
あめ玉とか、ご褒美の言葉とか?
しかしそんな幼稚な物を、黄瀬君が求めるはずがない。
ない頭をひねりながら必死に考えるボクに、黄瀬君は不思議そうな目を向けて来る。
「なにそんな悩んでるんスか?」
「なにって…キミが”なにかないのか”って言うから、その”なにか”を考えているんです」
我ながら馬鹿らしい答えだと思っていると、黄瀬君はとても驚いた表情をした。
「そんなこと…考えてくれてたんスか?」
「そんなことって…」
キミが言ったんでしょう。
そう続けようとしたボクの言葉は、青空に吸い込まれた。
「黒子っちって真面目なんスね」
黄瀬君が、あまりにも嬉しそうに笑うから、ボクは言葉が出なかった。
同級生の、しかも同じ男の笑顔を”可愛い”と思ったのは初めてだった。
(また、その笑顔を見たい)
そう思ったのも、初めてだった。
新緑の芽が出始める、季節だった。



あの笑顔がもう一度見たくて、ボクは黄瀬君をよく観察するようになった。
そうすると、黄瀬君はとても表情豊かなことがわかった。
よく笑って、怒って、泣いて、すねて。
元より少なかった表情がミスディレクションのせいでほとんどなくなったボクには、とても眩しく見えた。
たまに、ボクの視線に気付いた黄瀬君と目が合うこともあった。
観察しているのがバレて、恥ずかしい気持ちをごまかすようにお辞儀をすると、黄瀬君ははにかみながら小さく手を振ってくれた。
たったそれだけのことが嬉しくて、ぼくは増々、黄瀬君の観察に励んだ。
嫌がられたらやめようと思っていたけれど、止められることもなかった。
黄瀬君はいい人だ。
ボクは黄瀬君を観察するだけでなく、黄瀬君のことが気になるようになっていった。
今頃笑っているのかな、怒っているのかな、泣いているのかな、なにしているのかな。
…人を観察するようになって、こんなことは初めてだった。
キミは今、何を、考えているの?


ただ黄瀬君は時々、とても寂しそうな瞳をする瞬間があった。
沢山の人に囲まれている時、ほんの一瞬見せるその表情に、ボクは胸の痛みを覚えた。
なんでそんな寂しそうな表情(かお)をするんだろう。
いつも明るくて、勉強以外なんでもできて、友達も多くて、女性にもモテて。
そんな黄瀬君でも、人に言えない悩みがあるのか。
黄瀬君にあんな表情をさせる悩みとは、一体どんなものなのか。
(ボクに手助けできることがあればいいですけど)
願わくば、その悩みがなくなりますようにと、ボクは祈った。


 ■

あの件以来黄瀬君は、何かとボクになつくようになった。
休み時間の度にボクの教室に顔を出しては、チャイムが鳴るギリギリまで話をしていく。
昨日の晩ご飯から始まり、何時にベッドに入ったけど中々眠れなかったとか、朝ご飯はコンビニのおにぎりで食べ飽きたとか、女の子に囲まれて遅刻しそうになったとか、さっきの授業は以外と面白かったとか、そんな他愛ない、黄瀬君の日常をボクに見せてくれる。
「おにぎりに飽きたんですか?おいしくないですか?」
「ん~おいしいけど、さすがにね。新しい種類も発売するけど、好みなのはあんまないんスよね。そうだ!黒子っちが新しいおにぎり作ってよ」
「ボクですか?そうですね…バニラシェイク味なんてどうでしょう」
「やめて!想像するだけでも変な味っス!混ぜるな危険っスよ!」
「そうでしょうか、以外と合うと思うんですけど。黄瀬君だったら何味がいいですか?」
「オレ?オレはもちろんオニオングラタンスープっス!好きなんだけど、レトルトはあんまおいしくないし手作りはめんどくさくて」
それもうおにぎり関係ないですよね、とのボクの言葉は、チャイムにかき消された。

授業と休み時間の長さが反対になればいいのに、との迷言を残し、黄瀬君は教室に戻って行った。
ボクは竹取物語の解説を聞きながら、黄瀬君のことを考えていた。
オニオングラタンスープを作れば、黄瀬君は喜んでくれるだろうか。


その日の夜、母にオニオングラタンスープの作り方を聞いた。
しかし母も作ったことがないと言うので、父のパソコンでレシピを調べてもらった。
必要な材料を書き出し、明日作りたいからと母に頼んだ。
母は快く引き受けてくれた。


次の日、音楽室に行く途中で黄瀬君に捕まった。
「黒子っち捕まえたっス!どこ行くんスか?」
「次が音楽の時間なので、音楽室に行くんです」
「途中までオレも一緒に行っていいっスか?」
「いいですよ」
黄瀬君は、教室にボクがいないと探しに来る。
そしてボクを見つけると、嬉しそうにかけよって来る。
その姿が子犬のようで可愛くて、ボクはわざと黄瀬君に見つかるように、黄瀬君の教室の前を通るようにしている。
ボクが急いでいる時はその場で別れ、そうでない時は途中までついてきて、いつも他愛ない話を始めるのだ。
黄瀬君とのそれは、バスケの次に、楽しみな時間になっていた。


「黒子っち、オレのことよく見てるっスよね」
渡り廊下で不意に告げられた黄瀬君の言葉は、ボクを凍らせるには十分だった。
…まさか突っ込まれるとは思いませんでした。
ボクによる黄瀬君の観察は、黄瀬君公認ではなかったのか。
なぜ今頃そんな話を持ち出すのか。
渡り廊下の窓から見える空は、青いけれど白い雲が多かった。
そういえばそろそろ衣替えの季節だと逃避しそうになる頭を必死に整理し、苦し紛れの言葉を口にする。
「え、あ、そう、ですけど、そんなには、見ていませんよ」
「そんなことねーっスよ。オレそーゆーのに敏感なんス。あ、今も黒子っち見てるなーって気付くんスけど、その度に振り返ってたら黒子っち見てくれなくなっちゃうかなって、たまにしか目を合わせないことにしてるんス」
得意げな表情でそう告げる黄瀬君を前に、固まることしかできないでいた。
そんなに気付かれていたとは。
自慢じゃないが影の薄さには自信がある。
そのボクの視線に気付くなんて…黄瀬君はどこまで万能なのだろう。
もっと見ていたかったんですけどね…。
ボクは観念し、口を開いた。
「そ…うでしたか。すみません。迷惑でしたらもう」
「へ?迷惑なわけないじゃないスか。むしろ嬉しいっス!」
「…え?嬉しい、んですか…?」
「そ、嬉しいっス」
にこにこといつもの笑顔を浮かべながら話す黄瀬君の真意をつかめずにいた。
「なんでですか?見られるって嫌じゃないですか?お仕事で慣れてるからですか?」
お前が聞くなとツッコまれそうだが、聞かずにはいられなかった。
「んー…本当は、オレの外見にしか興味がない奴らになんてあんま見られたくないんスよ。なんつーかそーゆー奴らって、結局は自分のことしか考えてないんス。オレの外見がいくら稼げるのか、優越感を得られるのか、どれだけの価値があるのか、おこぼれをもらえるのか。仕事だからやってるっスけど、正直反吐が出るっすわ」
ビックリした。まさか黄瀬君がそんな風に考えていたなんて。
モデルを始めたきっかけがお姉さんの応募だとは聞いていたが、そんな嫌悪感をもっているとは知らなかった。
「黄瀬君は好きでモデルをやってるんじゃないんですか?それじゃなんのために、その…」
ボクの問いかけに、黄瀬君はためらいを見せた。
聞いてはいけないことだったのかと後悔が頭をよぎった時、黄瀬君の口から思わぬ言葉が飛び出した。
「…欲しかったものが、手に入ると思ったんス」
それは、初めて聞く声音だった。
あきらめと、悲しみの色を滲ませた、とても弱々しい声。
その瞳には、時折見せる、あの寂しさが浮かんでいた。
「そ」
「でもね、黒子っちはいいんス」
それは、なんですか?
ボクの言葉を遮るように、黄瀬君は再び話し始めた。
その声は、いつもの明るい黄瀬君の声で、瞳から寂しさは消えていた。
「黒子っちになら、いっぱい見られてもいいかなって。こんなん初めてっスよ」
照れくさそうにはにかんだ黄瀬君に見つめられて、ボクの心拍数は謎の急上昇をとげる。
「な、なんでですか…?」
どんどんどんどん、上昇を続ける心拍数。
一体どこまであがるのか。
心臓が破裂する。

「ヒミツ!」
急接近した黄瀬君の瞳に、心臓が止まった。
そんな整った顔に、無邪気な笑顔で、こんな目の前で言われたら、頷くしかなかった。
空気を読まないチャイムの音が聞こえ、黄瀬君は満足そうに教室へと戻って行った。
黄瀬君の瞳が、その時の笑顔が、音楽の授業中、ボクの脳内を占めていた。


夜、母に手ほどきを受けながらオニオングラタンスープをなんとか完成させた。
器用そうな黄瀬君が”めんどくさい”と言っていた通り、手間ひまと時間のかかるメニューだった。
何度も鍋を焦がしそうになりながら、ようやく完成した煮つめたそれは見るからにおいしそうで、なるほど黄瀬君が好きというのも頷ける。
練習疲れで眠気を訴える体にカツをいれながら、がんばった甲斐があったというものだ。
本当はできたスープにトーストとチーズをのせ、オーブンで焼くそうだが、さすがに学校ではそこまでできないので、トーストの代わりにおにぎりで我慢してもらおう。
ちょっと形は違うけど、スープにいれれば立派な”オニオングラタンスープ味のおにぎり”だ。
…おにぎり入りスープ?
細かいことは気にしない。
炊飯器にお米をセットして、ボクはベッドに横になる。
そうして考えるのは、黄瀬君のことばかり。

最近、気付いたことがある。
黄瀬君に対する、違和感。
黄瀬君はよく笑うけど、その笑顔はどこか壁を感じるものだということに。
笑っているけど、笑ってない。
怒っているけど、怒っていない。
泣いているけど、泣いていない。
表面を取り繕いその場をしのいでいるだけで、黄瀬君の本心ではないのではないかと、ボクは思っている。
どうしてそうなのかはわからない。
それは、あの、時折見せる寂しそうな瞳に理由がある気がした。

ただ、ボクに向けてくれる笑顔は黄瀬君の本心であると感じるものではあった。
心から楽しそうに話してくれる姿が嬉しくて、何時間でも黄瀬君の話を聞いていたいと思っていた。
寂しそうなあの瞳を、してほしくはなかった。
明日はどんな話を聞かせてくれるのだろう。
…どうしてこうも、黄瀬君のことばかり考えるのだろう。
答えの出ない自問自答を繰り返し、眠りについた。


翌日、数学の小テストを前に、己の愚行を後悔していた。
(ボクはバカだ…)
オニオングラタンスープ入りの魔法瓶と、炊きたてご飯のおにぎりの入った、折りたたみ式のケース。
それらを保冷剤とともに保冷バッグに入れ、ボクの鞄に忍ばせてある。
黄瀬君が喜んでくれればと意気込んで用意はしたが、ボクは意味不明な数列を前にふと、ある重大な事実に気付いた。
(頼まれたわけでもないのに、男からこんな差し入れもらっても嬉しいわけないですよね…)
黄瀬君はモテる。モテる故にプレゼントや差し入れをもらうことも多い。
作り笑顔で受け取る黄瀬君は、それらに興味がなさそうだった。
受け取り持ち帰るけれども、黄瀬君がそれらを使っているところをみたことがない。
お弁当とか、手作りの食品に至っては、きっぱりと断っていた。
「変な薬盛られたことあるんスよ。それ以来手作りは受けとんねぇって決めたんス」
モテるのも大変なんだなと、しみじみ思った。
そんなことがあったのに、なぜボクは目の前のエサ(黄瀬君の笑顔)に釣られて、肝心なことを忘れていたのか…。

七割を埋めるので必死だった答案用紙を提出しながら、とりあえず話すことにした。
思い上がりかもしれないけど”作った”と言えば、それだけで黄瀬君は喜んでくれる。
そんな気がする。
食べてもらえなくていい。
黄瀬君が喜んでくれることを目標に、保冷バッグを手にし黄瀬君の教室に向かった。

相談があるからと二人きりの昼食に誘ったボクに、黄瀬君は笑顔で応えてくれた。
いつもは青峰君達と昼食を共にしているのになぜ二人きりかというと、みんなの前で弁当を出し、黄瀬君が断った場合、青峰君が無理にでも食べさせる恐れがあるからだ。
テツの飯が食えねーのかと、幻聴まで聞こえて来る。
ボクはいい友達を持ちました。

青峰君の優しさに感謝しつつ、今日は行けない旨、赤司君に連絡した。
”珍しいな。黄瀬の態度が目に余るようならオレがなんとかするから、いつでも相談しろ”
赤司君から返って来たメールに、ボクは首を傾げる。
他の人から見ると、黄瀬君が一方的にボクになついているように見えるんでしょうか…。
”大丈夫ですよ、今日はボクから誘ったんです”
そう返信し、ボク達はまず購買に立ち寄った。
黄瀬君は焼きそばパンとコロッケパン、いちごみるくジュースを購入した。
ボクはお弁当を持って来ているからと何も買わなかったのだが、外れてはいないだろう。
(黄瀬君、手作りした物は食べませんしね、ボクが食べましょう)
少しの虚しさを抱えながら、ボク達は裏庭へと向かった。


うっそうと茂る木に囲まれたベンチにボク達は腰を下ろした。
汗ばむ程の気温のせいか、ボク達以外は誰もいない。
木陰と、木々の間を渡る風のおかげで、暑さはそれほど感じなかった。
「相談ってなんスか?」
パックジュースのストローを差しながら、黄瀬君はなぜか嬉しそうに尋ねる。
後ろめたさを感じながら真実を告げた。
「ごめんなさい。相談と言うのは、黄瀬君と二人になりたいための嘘でした」
「え!?そうだったんスか。黒子っちの相談って、初めて頼られたみたいで嬉しかったんスけどね」
残念そうな黄瀬君の姿に、良心が痛む。
すみません黄瀬君、これから更にキミに嫌な思いをさせてしまいます…。
「でも、オレと二人になりたかったって嬉しいっス!」
無邪気な笑顔を向ける黄瀬君に、思わずときめいたボクは悪くない。
男相手にときめくってなに!?と自分にツッコミを入れながら、バッグから魔法瓶とおむすびの入ったケースを取り出した。
「黒子っちのお弁当、どんなんっスか?」
わくわくした表情を浮かべる黄瀬君に、スープの中身がこぼれないよう気をつけながら、まずは魔法瓶を手渡す。
「一口もらっていいの?」
一口ぐらいなら許容の範囲内なのか。
そんなことを考えながら、期待のまなざしを向ける黄瀬君に決死の宣言をした。
「最初に言っておきます。黄瀬君が手作りの差し入れ…食べ物を受け付けないと言うことは知っています。ですので、嫌でしたら残してください。というか嫌でしょうから無理して食べないでくださいね」
つとめて明るく振る舞いながら、ケースからおにぎりを取り出しラップを外す。
「黄瀬君が好きと言っていたので作ってみたんです。これと合わせれば、黄瀬君リクエストの”オニオングラタンスープ味おにぎり”の完成です」
無意味なドヤ顔をさらしながら手渡そうとしたが、黄瀬君はスープを抱え、見つめたまま、微動だにしなかった。

激しい後悔の波が押し寄せた。
…やってしまいました…。
きっと黄瀬君はどん引きしているのでしょう。
いくらなついているとは言え、男の友達から弁当の差し入れなんて嬉しくもありません。
しかも手作り品が嫌いと言い切っていた相手にですよ?
嫌がらせ以外の何ものでもありませんね…。
明日から黄瀬君にどんな顔をして会えばいいのか、いっそオールミスディレクションがいいのかと悩み始めたボクに、黄瀬君の声が響いた。
「…っスか?」
「え?」
「これ、黒子っちが、作ってくれたんスか?オレの、ために」
スープから視線を動かさないまま、黄瀬君は問いかけた。
「はい、母についててもらいましたし味見もしたので、まずくはないと思いますが…」
なにも失うものはないと、ボクはありのままの事実を告げた。
それでも何の動きも見せない黄瀬君にしびれを切らし、せめてその表情をうかがおうと顔を覗き込んだボクの目に映ったのは、信じられない光景だった。

黄瀬君の目から、涙が、こぼれていた。

「…え、黄瀬君!?そんなに嫌でしたか?」
まさかここまで嫌がられるとは思わなかった。
泣くほど傷つけるとは思わなかった。
取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
ボクはなんということを…!
泣きたい気持ちを抑えながら、手にしていたおにぎりを投げ出し急いでハンカチを取り出した。
「黄瀬君、あの、本当にすみません」
黄瀬君の顔を見られぬまま、ボクはハンカチを差し出す。
「…なんで謝るんスか?」
「泣かせるつもりはなかったんです…」
「へ?」
「え?」
まるで今、泣いていることに気付いたかのように、黄瀬君は頬をなぞった。
「……っ」
黄瀬君は何かに衝撃を受けているようだったが、ボクはそれどころじゃない。
一体この不始末をどう詫びたらいいのか。

とりあえず涙だけでもぬぐわせてもらおうと、黄瀬君の頬に手を伸ばした瞬間。
ボクの右手を、黄瀬君の左手が受け止めた。

「ねぇ、黒子っち。嬉しくても、涙って出るもんなんスね」

その涙さえ愛しいのだと言わんばかりに、あふれる涙をぬぐうこともせず、黄瀬君はゆっくりと顔を上げた。
あとからあとから、こぼれ落ちる涙はそのままに、どこまでも幸せそうな笑みを浮かべ、まっすぐにボクを見つめる瞳が。




ああ。
好き、だ。
ボクは、彼が、好きなのだ。
彼に、恋を、して、いるの、だ。

あんなに黄瀬君を観察するのも、気になるのも。
黄瀬君のことばかり考えるのも、黄瀬君に、恋をしているからだ。


「…黒子っち?どっか痛いんスか?」
「…え?」
黄瀬君に言われて気付く、ボクの目からも涙がこぼれていた。
「…なんでしょう、黄瀬君のが、移ったんですかね」
ハンカチで涙をぬぐう。
「なんスかそれ、おかしな黒子っち」
とめどなくこぼれる涙を気にする事もなく、黄瀬君はまた楽しそうに笑った。
ボクもつられて笑った。


…ああ。
恋とは、好き、という感情は、なんと甘くて、残酷なのだろう。

ボクは男で、彼も男だ。
どうして男同士なのに、こんな感情が生まれるのだろう。
結末がわかり切っている物語に、どんな意味があるというのか。

…もし、ボクの思いを黄瀬君に伝えたらどうなるだろう。
黄瀬君は優しいから、ボクが傷つかないよう断って、変わらず接してくれるかもしれない。
…それはないだろう。
男同士だ。
気持ち悪いと、罵られるかもしれない。
もう二度と笑いかけてくれることもなくなるかもしれない。
ボクならいいと言ってくれたその理由を、永遠に聞けなくなるかもしれない。

初めて芽生えた、この感情(こい)を、隠し通そうと決めた。
せめて、大切にしよう。
いつか、自然に消えてなくなるその日まで。
その日までどうか、そばにいさせてください。
寂しがりやな、キミのそばに。

ふと見上げた空は、どこまでも澄んでいた。
その青さに、なぜか泣きたくなった。
太陽が眩しい、夏の初めだった。