* * *

 

「森然高校の父兄の方から、スイカの差し入れでーす」

東京合宿日目の午後。

休憩に入ると、マネージャー達がスイカを持ってきてくれた。

すげえ

うだるような暑さが一転、スイカの冷たさに癒される。

暑い中で食うスイカはどうしてこうも美味いんだ。

切れまでいいと言われ、あっという間に切れを平らげ最後の切れを手にした瞬間、菅原さんの顔が頭に浮かんだ。

いつも優しい、大好きな菅原さん。

いつも俺を幸せにしてくれるのに、俺は菅原さんに何も返したことがない。

そう思い辺りを見回せば、涼しそうな木陰の下、菅原さんが音駒のリベロと副主将と楽しそうにスイカを食ってた。

スイカ嫌いじゃなさそうだ、ならこれあげれば喜んでくれるよな

名案を思いついた俺は、スイカを落とさないよう両手で抱え菅原さんの元へ走って行った。

「菅原さん、よかったらこ…」

ドシャッ

 

気づいたら目の前に地面があった。

何が起こったのかわからなかった。

「影山がコケた

「ちょw大丈夫かw」

「見事なコケっぷりだなおいw」

周囲から笑い声が聞こえる。

そうか、俺はコケたのか。

どうりで顔も足も痛えわけだ…

スイカ!?

「スイカ!?

勢いよく顔を上げると目の前にスイカが落ちてた。

形は崩れどう見ても洗えば食えるような状態じゃなかった。

せっかく喜んでもらえると思ったのに…。

「スイカの心配かよ

「怪我の心配しろよな、変なとこ打ってないか

「大丈夫か影山

ショックのあまり転んだままボーゼンとしてた俺に、大好きな、だけど今は聞きたくなかった声が聞こえた。

「そんなにスイカ食いたかったら俺のスイカ『大丈夫影山』『飛雄大丈夫』…え」

菅原さんの声にかぶさるように聞こえた声に驚き顔を上げた俺の目に、研磨さんと赤葦さんの姿が映った。

 

その瞬間、天から降ってきた本の矢が俺の全身を貫いた。

 

手を差し伸べるその姿はキラキラ輝きまるで…

「王子様…」

「「え」」

!?

今俺変なこと言わなかったか!?

なんだ王子様って

俺の王子様は菅原さん…

「影山

人の間から、菅原さんが手を差し出してきた。

「念のため傷を診てもらおう。まだ時間はあるし一緒に行くから」

そう言って俺の手を掴み、起こしてくれる。

「大地、ちょっと保健室行ってくる」

「ああ。もし時間に遅れそうなら監督には俺から伝えておく」

「頼んだ。ほら、行くぞ影山」

「…はい」

菅原さんに引っ張られるようにその場を後にする。

後ろから日向とリエーフの声が聞こえた。

相変わらずうるせえなあいつら。

菅原さんは俺の手をずっと握ってる。

暑いのに悪いです。

「あの、俺もう大丈夫すよ歩けます」

「…うん。俺が繋いでたいだけだから」

「…

大好きな菅原さんと手をつないで歩いてる。

…すごく嬉しいはずなのにドキドキしねえ。

今までは見るだけでドキドキしたのに、なんでだ

菅原さんの後ろ姿を見る。

ぴょんと跳ねた髪がゆれてる、かわいい、でも。

あんなにキラキラ輝いてたはずなのに、今は優しい先輩にしか見えなかった。

なぜか崩れたスイカを思い出した。



怪我は大したことなく、その後すぐ練習に戻れた。

よかった。

「よかったな」

菅原さんがポンポンと頭を叩いてくれた。

嬉しかったけど、ドキドキはやっぱりしなかった。

 

体育館に戻ると丁度練習が始まるところだった。

日向や月島にからかわれながら(ムカつく)辺りを見回すと、赤葦さんと目が合った。

瞬間、ブワッと顔が熱くなり、心臓がドッドッドッて暴れ始めた。

まさかと思って落ち着かせようと視線をそらせば、今度は研磨さんと目が合った。

瞬間、またブワワってきてドッドッドッて心臓がなって、思わず視線をそらした。

ああこれはきたなと思った。

 

いやいやいくらなんでも早くねえか

菅原さん好きになってまだ4ヶ月だぞ

今までは年周期だったじゃねえか。

なのになんで今回はこんな早ええんだ。

しかも研磨さんと赤葦さん…なんで人同時なんだよ…。

 

今までにないパターンに動揺してると、集合の号令がかかる。

これからまた試合だ

この事は後で考えることにした。

バレーだバレー!!



夕食時。

約束通り、研磨さん、赤葦さんと一緒に食った。

赤葦さんが疲れてるようだったから、唐揚げ個あげたら喜ばれた。

心臓が壊れるかと思った。

あと少しで食い終わるとこだったけど、人と一緒にいたかったから残りは出来るだけゆっっっっくり食った。

自分がおかしくなったのではと不安になるくらいドキドキしっぱなしだった。

でも空想に逃げることでそのドキドキを表に出すことはなく、いつも通り振る舞えてた、はずだ。

(その時は研磨王子様と赤葦王子様の戴冠式に出席する俺の物語だった)

(素晴らしい式だった)

研磨さんも赤葦さんも時々吹き出すのは相変わらずだった。

今まではなんとも思わなかったその姿も、今の俺には眩しく見えた。

吹き出す姿もカッコイイなんてさすが王子様だよな…。

でもそう思ってからは人とも吹き出すことはなく、時々何かに耐えているようだった。

残念だったけど、食ってる姿もカッコよかったから問題なかった。



その後、風呂に浸かりながら俺は悩んでいた。

あんなカッコよく見えるなんて、やっぱ好きになったってことだよな…。

でも人か…俺は知ってるぞ、股って言うんだ、こーゆーの。

股はダメだよな、人として最低だ。

だからどっちかにしろ俺

研磨さんか赤葦さん。

そう思いはするものの、人ともカッコよくて優しくて大人っぽくてバレーすごくて、どっちかなんて選べねえ…!!

 

結論が出ないまま、これ以上はのぼせそうだったので風呂から上がった。

どうしたもんかと悩みながら自販機の前を通ったら、梟谷のウィングスパイカーとリベロの会話が聞こえた。

「おいまだ決まんねえのかよ」

「うるせえ今の俺に話しかけんな」

「もうイチゴオレでいいだろ」

「俺も風呂入ってる時はそう思ってた。けど今はものすごくバナナオレの気分なんだ」

「じゃあバナナ買えよ」

「けど教室戻ったらイチゴオレが飲みたくなりそうな気がする」

「うぜえもう両方買えよ

「セレブか

 

天才かと思った。

そうだ、片方を選べねえなら両方選べばいい。

そうだよ、よく考えれば俺の場合、つきあうなんてありえねえから股にならねえよな

ただ空想するだけだ。

想うだけなら何人でもいいよな

よし

俺は研磨さんも赤葦さんも好きだー

 

ごめんなさい菅原さん、今までありがとうございました。

今日から俺は研磨さんと赤葦さんに生きます…。

 

その日の夜は、布団に横になりながら”研磨王子様と赤葦王子様の誕生パーティーに出席し、そこで見初められる俺”を空想しながら眠りについた。

 

 

   * * *



翌日から、なぜか赤葦さんと研磨さんに避けられるようになった。

飯を一緒に食うことも、休憩時間に話しかけられることも、気づいたら隣にいることもなくなった。

飯の時に姿が見える席に座ろうとしても、俺より先に食堂にいて、端の席に背を向けて座ってるから背中しか見えねえ。

隣とかに座ってもいいものかと一瞬考え、でも梟谷の人とか音駒の人が周りにいて空いてなかった。

休憩の時とかに赤葦さんや研磨さんをドキドキしながら見ても、目が会うことは一度もなかった。

俺から話しかける事はできなかった。

(今までした事ねえから怪しまれたら大変だ)



合宿日目の朝。

人で飯食ってると”お前何したんだ”って日向が正面に座った。

俺が聞きてえよ

リエーフも来て”やった飛雄の隣ゲット”って喜んでた。

何がそんな嬉しいんだ

バカはいいよな楽しそうで。

なぜか月島と山口も来た。

ごちゃごちゃ言ってたけどよく聞こえなかった。

 

…気付かないうちに何かしたんだろう。

今まで何度もあったことだ。

こればっかりは、思い当たることがないから直しようがねえ。

聞いて直して、また前みたいに話せるようになりてえけど、避けられてる以上それも迷惑なんだろう。

及川さんで学んだ。

だからと言って悲しくはねえ。

寂しいけど。

新しい空想の世界で今日も幸せな気持ちに浸る。

研磨王子様、赤葦王子様、素敵な気持ちをありがとうございます。

せめて空想の中では笑顔を見せてくださいね。



最終日も、人と一言も話すことはなかった。

ただバーベキューの時、肉を喉に詰まらせた俺に赤葦さんが水をくれた。

ちょっと泣きそうになった。

すぐ別の人のところに行ってしまったから話すことはなかったけど。

赤葦さんがくれた紙コップを持ち帰りたかったけど、菅原さんがゴミ預かるぞって持ってってしまった。

ちょっと悲しかった。

 

止まるトスなんとか成功してよかった。

けどいつでもできるようもっともっと練習しねえと。

 

こうして回目の東京合宿は終わりを迎えた。

 

 

 

 

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