* * *

 

 おれは孤爪研磨、音駒高校年、男子バレー部所属、一応セッター。

趣味はゲーム、好きな物はアップルパイ、苦手な物は…他人。

目標は、できるだけ他人と関わらず生きてく事。

…おれには、誰にも言えない秘密がある。



 「練習試合始めます

試合開始のホイッスルが鳴る。

月初旬。

おれ達は見知らぬ高校の体育館にいた。

(高校名は聞いたけど忘れた。だって試合が終われば関係ない)

今は微妙だけど、昔取った杵柄とやらで音駒には練習試合の申し込みが結構ある。

クロや夜久君、虎なんかは練習試合はあればあるだけ喜ぶけど、おれはそんなに好きじゃない。

疲れるしめんどくさい。

何より相手は知らない奴ばかり。

 

整列し、礼をする。

この瞬間が一番嫌いだ。

 

”マジであいつがセッター

”こんな奴がレギュラーなんて音駒も大した事ないな”

”主将変な髪型してんな”

”今時モヒカンってw”

”さっさと終わらせてユカちゃんに会いに行こ”

”こんなチビ相手に本気出すのも可哀想だよな…うまく手加減できっかな”

 

対戦相手の悪意が否応なく流れ込んで来る。

いつもなら聞こえない距離なのに、試合前になると神経が研ぎすまされるのかよく聞こえてしまう。

ああいやだ。

慣れたとは言え、聞いてて気分のいいものではない。

「研磨

クロが様子をうかがうように声をかけて来る。

「お前いつも試合前不機嫌になるよな、なんかあんのか

”また何か言われたかったく研磨の実力も知らねえくせに”

 

「…別に」

おれの答えはいつも同じ。

だってクロ達はなにも知らない、気付かない。

だから言わない。

「…ま、なんかあったら言えよ」

”こいつ頑固だからな。下手な詮索は禁物だ。なんかあれば言うだろ”

 

…クロはいい奴だ。

おれの性格を知って、踏み込んで欲しくない所は踏み込まない、けど見放す訳じゃなく適度な距離を保って接してくれる。

おれの事は時々めんどくさいと思ってる事も知ってる。

でも決して嫌がってない事もバレーではすごく頼りにされてる事も、初めて会った時からおれを悪く思った事は度もない事も、知ってる。

たったつしか違わないのにと釈然としない思いもありつつ、結構嬉しかったりする。

それに自分に厳しく他人に優しい。

あまり人を悪く思わない。

 

なんでそんな事がわかるかって

 

…おれは人の心が読める、”テレパス”だから、だ。



人の心が読めるなんて、他人から見たらうらやましい力かもしれない。

でもそれは持たないからそう思えるだけで、はっきり言ってこんな力欲しくなかった。

 

トモダチに”実は他人の心が読める、何考えてるかわかるんだ”なんて突然言われたらどう思う

頭おかしいと思うか、気味悪がって離れるかだ。

クロとか夜久君は優しいからそんな事はしないかもしれない。

でも絶対、今までのようには接してくれなくなる。

自分の心を読まれるなんて、おれだったら絶対嫌だ。

(ちなみにmぐらい近づかないと心の声は聞こえない)

(逆に言えば、おれのm以内にいる人の心の声は否応なく聞こえる)

 

それにこの力は、知りたくもない真実を強制的に聞かせてくる。

「一番好き」と隣の彼氏に言いながら、心の中では別の男とのセックスを思い出してたり。

「お前の力になりたいんだ」と悩む親友に言いながら、”苦しむお前を見るのは楽しい”なんて思ってたり。

「なんでそんなことするの」と友達のために怒りながら、”そうなるように仕向けたのは私だよ”なんて心の中では嗤ってたり。

裏の顔とか、どうにもできない家庭環境とか悩みとか。

そういうのって知るだけでもオモい。

男子も女子もセックスに興味ありませんって言ってる奴程、心の中ではすごい事考えてたりするし。

しかもこういうのは女子の方が結構エグい。

女子に夢を抱いてる虎なんかを見てると、男子の方が純情なんじゃって思う。

こういうものを聞かされるのは、結構シンドイ。

 

それに。

おれは他人からナメられる見た目と性格だと自覚してる。

「よろしく」と笑顔で言いながら”なんでこんな奴”と心では思ってる。

「精一杯戦おうな」と爽やかに言いながら”こいつに負けるわけねー”と嘲笑ってる。

多くの他人は、おれに取って悪い本心しか抱かない。

そのまま口にする奴もいる。

直接的にも間接的にも、悪意を向けられると言うのは慣れたとは言え結構堪える。

 

目立つ人間…いわゆる人気者だったり、頼りにされるような奴の周りには人が群がる。

群がると言う事はそれだけこれらの嫌な思いをする事になる。

だからおれは目立ちたくないし、できるだけ他人と関わらずに生きて行きたいと思う。

 

そんなおれがなんでバレーをやってるかというと、クロに頼まれたからというのが大きい。

楽しい時もあるから嫌いじゃないし。

疲れるしめんどくさいけど。

それにバレーを通してできるトモダチは、おれを悪く思わない(最初はナメられる事もあるけどプレーすると良い方に変わる)から結構好きだ。

 

おれはクロと少しのトモダチがいればそれでいい。



…そう、思っていた。

 

 

   * * *



「来週、烏野来るってよ」

次予選突破だってよ、そうじゃなきゃ面白くねえ”

 

月中旬、練習の合間の休憩時間。

体育館の外階段、ちょうど木陰になる、休憩には持ってこいの場所でスマホをいじっているとクロが声をかけてきた。

上機嫌な口ぶりからクロの喜びがうかがえる。

「よかったね」

他人事かよ。研磨は嬉しくねえの

”影山君に会えるだろ”

 

心臓が止まるかと思った。

なんでクロの口からその名前が出てくるの

「…なんで

「影山君に会えるだろ」

”なんだ研磨、もしかして無自覚か”

 

クロのニヤつく顔もムカつくけど、無自覚とかなにそれ

それじゃまるで、おれが飛雄の事好きみたいだ。

「…誤解してる。おれは飛雄の事なんてどうも思ってない」

嘘だった。

本当は今も気にはなってる。

でもあんな風に思われたら、関わる気になんてなれない。

 

「誤解ねえ…俺はなにも言ってないけど何がどう誤解なんだよ」

”思い切り意識してるじゃねえか、素直になれよ”

 

「クロには関係ない」

これ以上話しても無駄だと会話を終了し、体育館に戻る。

丁度練習が再開する頃だった。

「んなマジ切れすんなって」

”こいつが切れるなんて本気だな”

 

だから何でそうなるの

クロはどうしてもおれが飛雄を好きな事にしたいようだ。

頭沸いてるとしか思えない。

 

おれは飛雄を好きだけど、それは友達としての好きで、おれにそっちの趣味はない。

だから気持ちには応えられない。

…飛雄が、おれを好きでも。



影山飛雄。

烏野高校の年セッターだ。

初めて翔陽との速攻を見た時は驚いた。

あんな技もあるのかって。

プレーを見る限り天才ってやつなんだと思う。

でももっと驚いたのはその前。

飛雄に初めて会った時の事は、忘れようがない…。



あれは月のGW、監督と縁のある高校(烏野)との練習試合のため仙台まで遠征した時の事。

合宿最終日、試合会場の体育館前で烏野と挨拶を交わした時だった。

烏野の第一印象は、強そう、怖そう、だった。

また色々思われてるんだろうなと思ったけど、全然そんな事はなく、烏野の人達はおれを見ても見下すこともナメることもしなかった。

意外だった。

後から聞いたけど、烏野は随分弱くなっていたのが、今の年(翔陽や飛雄達)が入って全国を狙えるレベルになったのだという。

だから、相手(おれ達)を見下す余裕もないのだと知った。

 

翔陽と会うのはちょっと気まずかった…何も言ってなかったから。

案の定、なんで教えてくれなかったのかと責められた。

だって聞かれてないし…おれから会話をふるのめんどくさい。

 

体育館に入り試合の準備をする。

と、烏野の黒髪で目つきの悪い奴に、すごい睨まれてることに気が付いた。

なんでこんなに睨まれてるんだろ。

よく見たらショボい奴だとか、どうせ悪く思ってるんだろうな…。

いつもの事だと気にせずそいつの横を通り過ぎようとしたら、衝撃の声が聞こえてきた。

 

”やっぱ忍者みてえ”



…にんじゃ

にんじゃって忍者

なんで

誰が

 

思わず驚いてそいつを見ると目が合ってしまった。

反射的に目をそらすと、再度衝撃の声が降ってきた。

 

目が猫みてえ夜目に強そう。やっぱ金髪の人は忍者だったんだ”

 

…猫みたいな目。

音駒には何人か当てはまる人はいる。

でも金髪は…金髪だけは…どう考えてもおれしかいない……。



…おれが、忍者

 

どうしてそうなるのか全くさっぱりわからなかった。

混乱に陥ってる内にそいつ…影山と呼ばれた奴は、反対側に行ってしまった。

もうちょっと考えを聞きたかったのに残念だ。

 

今のはおれの空耳だったのか

…でも確かに言った。

口にも出さないし顔を見ても睨んでるだけで、とてもそんなおかしな事を考えてるようには全っ然これっぽっちも見えなかったけど、確かにそう聞こえた。

どうしておれが忍者なんだ…

試合が終わったらまた近づいて(心の声を)聞いてみようと思った。



試合後、影山と何度か接触する機会はあったけど、頭の中はおれへの質問ばっかでめんどくさいから逃げ回った。

忍者はどこいった。

結局別れるまで、影山の頭に忍者の”忍”の字も出てくる事はなかった。

バレーのことばかりだった。

ちょっと、というかかなり残念だった。

 

おれを忍者と思った理由、知りたかったんだけどな…。

 

根暗とかモヤシとか言われる(思われる)事はあっても、忍者は初めてだった。

あまりにも気になりすぎて、帰りの新幹線の中で隣のクロに聞いてしまった。

今思うと黒歴史以外の何物でもない。

「…クロ、おれって忍者っぽい

爆笑され、その後しばらく忍者と呼ばれたのは抹消したい思い出だ。

(クロにトスを一切あげなかったら言われなくなった)

 

影山に会えるのは運が良ければ春高か、遠いなと気をもんでいたら幸運にも、毎年恒例梟谷学園グループの夏合宿で再会できる事になった。

いつもはめんどくさいとしか思わない合宿も、今回ばかりは楽しみになった。

忍者と思った理由を早く知りたくて、影山に会えるのが待ち遠しかった。



待ちに待った日、回目の夏合宿。

チャンスは早く訪れた。

その日の夜、リエーフを振り切って向かった食堂に、影山は人でいた。

ちょっと早い時間だったからまばらに人がいるぐらいで、クロも翔陽もいなかった。

おれは迷わず影山の元に向かった。

話しかけたらとても喜んでくれて(そうは見えなかったけど心の声が丸聞こえだから)、ちょっと嬉しかった。

口元をムズムズさせてるのがおかしかった。

(あんな怖い外見なのに)

これで忍者の理由がわかると喜んだのも束の間、怒涛の質問攻めにあい、忍者の謎が解決される事はなかった。

ちょっとムカついた。

でも、バレーの事で質問されるのは今までにない事だったから(後輩は別)、ちょっと、ほんのちょっとだけ嬉しかった。

諦めきれず、いつでも声をかけてと飛雄に告げた。

いつか疑問は尽きる、そうすれば忍者の謎も解けると考えて。

結果、おれの予測は見事的中した。




それは月下旬、回目の夏合宿の初日。

森然高校に到着した翔陽たちを出迎え、飛雄にも声をかけた。

また口をムズムズさせて喜んでる。

…可愛い。

質問攻めを覚悟していたら、前回までで満足したようで「あざす、今はないです」と告げられた。

研磨さんいい人だ、嬉しいって(心の)声が聞こえてきて本当のことだと知る。

だからおれは飛雄のそばになるべくいるようにした。

翔陽が飛雄の前を歩いていたので、話しかけられるまま隣を歩く(飛雄の前)。

その時だった。

 

”やっぱ研磨さんは忍者だな”

 

…きた。

心臓が大きく鼓動を打つ。

はやる心を抑え翔陽と適当に会話しつつ、飛雄の(心の)声に必死に耳を傾けた。

 

”小柄だし軽そうだから、屋根から屋根へピョピョーンと飛んで”

 

 

”金髪だから誰かに見つかっても「ニホンゴワカリマセーン」で誤魔化せるし”

 

「ブッ」

「うわっ研磨汚ねえ

思わず吹き出すと翔陽から非難の声がかかる。

おれは悪くない。

「…翔陽が変な事言うから」

ヶ月ならmm伸びるかなって言っただけだろ

うんそうだねと適当な言葉を返し、後ろの飛雄に集中する。

 

”風邪か忍者でも風邪ひくんだな”

 

風邪じゃないし忍者でもないから。

 

”研磨さん大丈夫かな、バレーできるかな”

 

大丈夫だよありがとう、バレーはできなくてもいいけど。



【猫背であんま人と視線を合わせないのは目立たないため。

人の記憶に残りやすいと任務に影響が出るから、あまり記憶に残らないよう、忍者は目立たない生活を送る事を義務付けられている。

だから研磨さんは今日も任務のため、息をひそめて暮らすんだ…】



…驚愕した。

おれがこういう性格(目立ちたくない)な事は数日接すればわかる事で、おれと仲良くなった人は「研磨はこういう人間だから」と受け入れてくれる。

それがありがたい。

でも、こんな…こんな風にポジティブというか、前向きに捉えられたのは初めてだ。

(想像の中でだけど)

というか、そんな理由で忍者とか…こんな事のためにあんな忍耐(質問攻め)をおれは…。

あまりのバカバカしさに思わず苦笑した。

 

研磨、今笑った

”珍しいの見た

 

翔陽が目ざとく突っ込んでくる。

うるさい。

「…笑うくらいするよ」

「いや普通はそうだけどよー、研磨あんま笑わねえじゃん。面白い事でもあったのか

”なになに教えて

 

自分では普通のつもりだったけどそうじゃないらしい。

理不尽だ。

それに教えられるわけがない。

後ろの飛雄をチラと見ると、いつもと同じ、何を考えてるのかわからないような顔をしていた。

 

”研磨さん笑ったのか…忍者の里からいい知らせでも届いたのかいつの間にそんなやり取りを…さすが忍者だ”

 

だから忍者じゃないってば。

 

”もしくは、お前の正体に気づいた者がいるから気をつけよ、って忠告か忍者の掟で、正体を知られたらその者を決して生かしておくな、ってのがあって…俺やべえ

 

…どうしよう、腹筋が耐えられないかもしれない。



【でも大丈夫忍者の里ではバレーが大流行

俺は正体を知った者として処分される所を、研磨さんが庇ってくれてお咎めなし。

そのかわり忍者の里でのバレー大会に共に出場し、優勝。

俺は忍者の仲間としてバレーを世界に広める役割を…】



「ごめん、急用思い出した」

「え!?研磨!?

驚く翔陽を置き去りに、おれはその場から駆け出した。



「ブフォッ」

駆け込んだ体育館裏、誰もいない事を確認し、耐えていた笑いを吐き出す。

…なんでバレーなの

掟ってそんな簡単に破っていいの

おれも飛雄もセッターなのに共に出場って、他のメンバーは

しかも飛雄も忍者になってるし、バレーを広めるってもう忍者関係ないよね…

「…飛雄やばい…」

全っ然顔に出さないのにあんな事考えてるなんてすごい。

こんな人間初めてだ。

 

「…他にどんな事考えてるんだろ」

もっと聞きたい。

もっと知りたい。

忍者の謎は解けたけど、影山飛雄という人間への興味でいっぱいだった。



この時おれは、飛雄に夢中なあまり失念していた。

自分の秘密を誰にも話した事はない。

だけど、おれの秘密を知る人間は人いる。

その人が、この合宿に参加していた事を…。



 

 

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