* * *



今にも死にそうになりながら体育館で練習の用意をしていると、森然、梟谷と合宿に参加するメンバーが次々と到着してきた。

騒がしい声が聞こえてきたので視線を向けると、木兎サンの後ろを歩く赤葦の姿が目に入る。

珍しく覚束ない足取りに疑問を抱き顔を見ると、まるで世界の終わりのような表情をしていた。

嫌な予感がした。

こちらを見た赤葦と視線が合った瞬間、必死の叫びが聞こえてきた。

 

”お前もか孤爪…

 

…赤葦もおれと同じ気持ちのようだ。

あの子への気持ちを自覚し、己の愚行を後悔し、どうかまだあの子が自分を好きでありますように。

 

自覚した赤葦は厄介だと思う余裕もないまま、死刑宣告を言い渡される被告にも似た思いで、あの子の到着を待った。



  * * *

 

月下旬、夏休み最後の週末。

度目となる東京合宿。

バスはそろそろ今回の合宿場所である音駒に着くらしい。

隣の日向が話しかけてきた。

「影山、嬉しそうな顔してる」

「嬉しいに決まってるだろ」

当たり前だ。

「だよなおれも楽しみ

影山と泊まれるからとか日向は言ってた。

仲間と泊まればバレーし放題だもんな、わかるぜ。

でも俺はそれ以外にも楽しみなことがあった。

久々に本物の研磨さん、赤葦さんが見れる。

…嫌われていても見れるだけで幸せだ。

試合なら対戦もできるしな、やっぱりバレーは最高だ。

そんなことを考えているうちに、バスは音駒に到着した。

 

割り当てられた教室(部屋)に荷物を置き、練習着に着替え体育館に向かうと日向がバタバタと着いてきた。

「早えーよお前

「てめえが遅いんだろ」

なんで文句言われなきゃなんねーんだ。

「ちょっと王様、そんな急がなくてもバレーは逃げないよ」

「ああ!?

なぜか月島、その後ろを山口も着いてくる。

「着いて来なければいいだろ

「何君に着いてきてると思ったのそんなわけないデショ。目的地が同じだけだから」

「っぐ」

ニヤニヤした顔で月島が笑い飛ばす。

本当ムカつくなこいつ。

 

イライラしながら体育館の入り口に差し掛かると、日向が突然叫んだ。

「研磨久しぶりこんちはっす赤葦さん

見ると体育館の入り口前に、研磨さんと赤葦さんがいた。

 

うおおっ

本物の研磨さんと赤葦さんだ

早速見れるなんて運がいい。

今日はいいことがありそうだ。

ここからでもわかる、人の輝きが…さすが王子様。

 

さっきまでのイライラは消え、ドキドキした気持ちで入り口に向かう。

日向は2人に駆け寄り話しかけている。

研磨顔色悪くねえ赤葦さんも具合悪そうですけど大丈夫ですか

なんだと

「…ちょっとね」

「…大丈夫だよ」

久々に聞こえた研磨さんと赤葦さんの声は、確かに具合が悪そうだった。

…そんな声もかっこいいな。

なんて感心してる場合じゃねえ。

具合悪いって、大丈夫なのか

「全然大丈夫そうに見えないんですけど」

「今にも倒れそう…」

月島に山口まであんなこと言ってる。

そんなにか。

 

心配になり研磨さんの顔をじっと見ると目が合い、心臓がドキッと跳ねた。

だけどすぐ目をそらされてしまった。

ちょっと悲しかった。

前は笑いかけてくれたのに。

それより確かに、顔色が悪かった。

というか、白い。

マジで大丈夫なんすか

 

赤葦さんはどんな様子なのかとそちらを見ると目が合い、すぐにそらされてしまった。

さすがにへこんだ。

 

そんなに嫌われてたのか…。

俺も挨拶したかったけど、何も言わずに通り過ぎるのがいいか。

赤葦さんの顔も真っ白で心配だけど、俺がいても役に立たねえしな。

 

日向達の横を通り過ぎようとしたら、体が後ろに引っ張られる。

!?

驚いて後ろを振り返ると、研磨さんが俺のTシャツの裾をつかんでいた。

「…久しぶり、飛雄」

研磨さんが話しかけてくれた。

目は地面を見てたけど。

なんだこれ夢か

「…影山、元気だった

いつの間にか進路をふさぐような形で赤葦さんが立っていた。

目は俺の後ろ(月島か)を見てたけど、話しかけてくれた。

ほっぺをつねりたくなったけど耐えた。

そんなことしたら怪しまれる。

久々に至近距離で見た研磨さんと赤葦さんはやっぱりすごくキラキラしてて、白い顔も眩しいことこの上なかった。

こんな顔もかっこいいなんてずるいよな。

 

【研磨王子様と赤葦王子様に、国中の人々は夢中だ。

滅多に国民の前に姿を現さない2人の王子様の写真は大人気。

その人気に目をつけた王様は、2人をアイドルとしてデビューさせる計画を立てる。

俺はプロデューサーとして抜擢され、今までにないバレーとアイドルを融合させた戦略で大ヒット

KIRAMEKISETTERS』のグループ名でデビューした人は、あっという間に世界で人気NO,のトップアイドルに

デビュー周年記念のパーティーの日、こっそり人に呼び出された俺は、感謝の気持ちだとサプライズでプレゼントをもらった。

人の手のひらに置かれた小さな箱、それを開けるとそこには…未だかつて誰も見たことのない、人の寝顔の写真が入っていた

”これ…もらっていいんすか…

”うん、飛雄/影山に受け取ってほしいんだ”

俺は感動のあまり泣き崩れ…】

 

そこまで空想した瞬間、突然研磨さんがしゃがみ込み、赤葦さんは膝から崩れ落ちた。

!?研磨!?赤葦さん!?

やっぱり具合悪いんじゃないですか」

「ほ、保健室!!

思わぬ事態に日向が叫び月島が駆け寄り山口が慌てふためく。

具合悪いんすか大丈夫すか

しゃがみ込んだままの研磨さんを揺さぶってると、何かを呟く声が聞こえる。

なんすか

必死に聞き取ろうとしていると、月島の必死な声が聞こえてくる。

あいつも同じように、地面に突っ伏した赤葦さんに声をかけ続けていた。

「赤葦さん、もう一度お願いします」

 

ようやく聞き取った言葉は

「……………神様(神よ)…感謝します…」

だった。

 

2人がおかしくなった

日向が叫び

「やっぱり保健室

山口は慌てふためいて

「……うわぁ…」

月島の声はものすごく低かった。

 

神様が見えたのか

度も見たことねえ。

本当にいたのか、すげえ

やっぱ王子様は違うな。

 

奇跡的に回復した研磨さんと赤葦さんは、何事もなかったかのように練習に励んでた。

木兎さんや黒尾さん達もビックリしてた。

神様パワーか、すげえな。

よかった。



休憩に入ると、研磨さんと赤葦さんが話しかけてくれた。

夢かと思った。

嬉しかったけど、また前みたいに急に避けられたらどうしよう、でも嬉しい。

そう考えてたら赤葦さんが話してくれた。

「こないだはごめんね。友達の友達の友達の従兄弟が飼ってた猫が死んじゃって、その猫が影山に似てて…。影山を見ると思い出して辛くて、つい避けてしまったんだ」

そうだったんすか。

それは悲しいっすね。

「…おれも。ごめんね飛雄」

研磨さんもそう言ってくれた。

嫌われたわけじゃなかったんだ。

本当によかった。

「…研磨さんと赤葦さんにそこまで思われてたなら、その猫も幸せだったと思います」

研磨王子様と赤葦王子様に可愛がられ、2人の膝の上で息をひきとる猫の姿が浮かんだ。

ちょっと泣きそうになった。

研磨さんと赤葦さんも泣きそうになってた。

 

今度その猫の写真見せてもらうことになった。

次の約束ができて嬉しかった。



昼飯も一緒に食った。

前は正面に座ってた赤葦さんが今回は俺の右に座って、研磨さんは左に座ったから、俺は人に挟まれて座る形になった。

今度こそ夢じゃないかと不安になり、ほっぺをつねる。

「可愛い頬が赤くなってるよ」

そう言いながら赤葦さんが俺の右のほっぺをなでるから、死ぬかと思った。

死にそうになりながら飯かっこんだ。

「ついてるよ」

今度は研磨さんが、俺の左のほっぺについてたであろう飯粒とってそのまま食うから、また死ぬかと思った。

一生顔洗わねえ。

 

なんとか死なずに飯食い終わって片付けしようとしたら、赤葦さんが

「ついでだから片付けとくよ」

って、自分のと俺のトレーを持ってってくれたから、やっぱり死ぬかと思った。

ボーッとしてたら研磨さんが

「飛雄、ちょっとかがんで」

って言うからかがんだら、左のほっぺに唇ぶつけてきた。

なぜか食堂がざわってなった。

何でそんなことするのかわからないでいたら

「またご飯粒、ついてたから」

そう楽しそうに笑うから、今度こそ死ぬかと思った。

 

赤葦さんが戻ってきたのでお礼を言おうと思ったら、怖い顔で研磨さんを睨んでた。

なんかあったんすかって聞こうとしたら急に顔を掴まれ、赤葦さんの唇が右のほっぺにぶつかった。

研磨さんといい、なんでぶつけるのかわからなかったけど

「消毒だよ」

そう優しく微笑むから、死んだ。

 

食堂に駆け込んできた日向とリエーフが

「なんでもういるの!?

って叫んでてうるさかった。

誰のことだ。

日向の後から来た月島が

「騙しましたね」

って後ろを歩いてた黒尾さんに話しかけて

「騙してねーよ。俺も知らなかっただけだって」

って黒尾さんが答えてた。

なんの話だ

 

その後、午後の最初の休憩ん時に菅原さんに聞かれた。

なんかすげー必死だったからびっくりした。

「孤爪君と赤葦君にキスされたって本当か!?

内容にもびっくりした。

ききききキキキキスなんて、そんなこと

「…するわけないじゃないすか」

俺なんかに!!!

 

でも菅原さんは引き下がらなかった。

「でも食堂で見たってやつらが昼食ん時」

食堂

昼食

一緒に食ってほっぺ撫でられてパクってしてもらって、片付けてもらって唇ぶつけられて…これか

「…唇がほっぺにぶつかっただけです」

そうか、キスに見えるのか。

そうだったらよかったけどな。

ありえねえ。

すごく疲れたように菅原さんは呟いた。

「そっか…うん、影山はそのままでいろよ」

嫌です、俺はもっと強くなります。




その後は休憩になっても日向や月島、菅原さんに話しかけられるだけで、研磨さんと赤葦さんが来てくれることはなかった。

ちょっと残念だったけど、目が合うと微笑んでくれて、死にそうになった。

好きだな。

2人はいつ見てもキラキラしてて、空想の中の研磨王子様と赤葦王子様もかっこいいし嬉しいけど、やっぱ本物には敵わねえ。

またこうして笑いかけてもらえるようになって、俺は幸せだ。

こんなに幸せでいいのか



夕食は日向、月島、山口、菅原さんに澤村さんと一緒に食った。

研磨さんも赤葦さんもその時は食堂にいなくて、ちょっと残念だった。




 

食後、菅原さん達と風呂場へ向かう。

すると風呂場の入り口で女の人に声をかけられた。

「影山君、監督さんが探してたよ」

確か…梟谷のマネージャーさんだ、髪縛ってない方の。

マネージャーさんに礼を言って烏養さんの部屋に行こうとすると、菅原さんや日向、月島に止められた。

「俺(僕)もついてく」

菅原さん達呼ばれてないっすよね

1人で大丈夫っす。先風呂入っててください」

人は難しい顔をして、マネージャーさんに”本当に監督””赤葦君に頼まれたとかじゃなくて”とか聞いてた。

何で赤葦さんの名前が出てくるんだ

マネージャーさんも同じだったようで不思議そうな顔をしながら”赤葦に用があるの呼ぼうか”って逆に聞いてた。

「じゃあ伝えたから戻るね」

そう言ってさっさと去って行った。

菅原さん達は少し話してて、あの様子なら大丈夫だろうって言われた。

何のことかよくわかんなかったけど、俺は人で烏養さん達のいる部屋へ向かった。


部屋の前まで来たら、また女の人がいた。

確かこの人も梟谷のマネージャーさんだ、髪縛ってる方の。

「よかった~影山君人で来てくれたんだ

呼ばれのた俺だけっすよね

「あのね、監督さん体育館の方まで探しに行っちゃったんだ。だから体育館、第の方ね、に行ってくれる多分裏の方にいると思う」

ごめんね、って言われたけどこっちがスンマセン。

わざわざ待っててくれたんすよね。

「あざす」

お礼を言って急いで体育館に向かおうとすると声をかけられた。

「よろしくねー

何がっすか

 

 

 

 

【8へ】