走って体育館まで来たけど照明は消えてて暗かった。

入り口を開けようとしても鍵がかかっているのだろう、開かなかった。

烏養さんはどこだ、話って新速攻のことかとウロウロして、はたとマネージャーさんに言われたことを思い出す。

急いで裏に回ろうと体育館の角を曲がったら、急に腕を掴まれた。

!?

びっくりして悲鳴をあげるどころではなかった。

そこにいたのはまさかの

「待ってたよ影山」

「…赤葦さん……」

う…ぉぉぉぉおおおおっ

何でこんなところに!?

月明かりに照らされた赤葦さんの顔は、息するのも忘れるほどキレーだった。

「ごめんね、急に呼び出して」

なんで赤葦さんが謝るんすか

俺は烏養さんを探しに来たんです。

あ、やべえ、掴まれた腕が熱い。

「あの…烏養さん見ませんでした

「うん、それね、俺」

烏養さんが赤葦さん

赤葦さんが烏養さん

まさか烏養さんが変身して赤葦さんに…

…毎日死ぬ、幸せで。

 

「それは困る」

「え

何が困るんすか

っつーかなんの話すか

いきなり何をと思ったけど、赤葦さんがちょっと困ったように微笑んでて、その顔がまたキレーで、ドキドキがもうやばかった。

赤葦さん俺の腕を離さなくて、そこからドキドキが漏れてしまう気がして離して欲しかったけど、それも嫌だとか、自分でも何考えてるのかわからなくなってきた。

「監督が呼んでるって嘘ついて、飛雄に来てもらったんだよ」

突然、赤葦さんの後ろから声が聞こえてびっくりした。

姿を見なくてもわかる、大好きなこの声は…

「研磨さん…」

赤葦さんの後ろから、研磨さんが姿を現わした。

月明かりに照らされた研磨さんもため息が出るほどキレーで、俺はもう寝てるんじゃないか、これは夢なんじゃないかって思った。

そしたら急に研磨さんが俺の右手を握ってきてびっくりした。

!?

「本物だよ」

なんてキラキラした笑顔で言うから、心臓が爆発するかと思った。

爆発する前にどうにかしねえとって思ったら、腕を掴んだままだった赤葦さんが、掴む対象を俺の左手に変えてきて更にびっくりした。

!??

「影山の手、熱いね」

なんて眩しく微笑むから、心臓とか内臓とかなんか全部爆発した。

「騙してごめんね、でもこうでもしないと影山と話せないと思ったから」

もう何を言われてるのかも理解できなくなってきて、このままじゃ立っていられなくなるのも時間の問題だった。

それは怪しまれるからその前になんとかこの事態を乗り切らなければと、ようやく口にした言葉は

「…あの、話ってなんすか

だった。



長くなるかもしれないからと言われ、体育館裏手の階段とこに座る。

手は離されてちょっと残念だった。

両手は一生洗いたくねえけど、さすがにな。

バレーのためにも手は清潔にしねえとな。

 

そんなことを考えてる内に、研磨さんは俺の右に、赤葦さんは俺の左に座った。

…またもや人に挟まれる形になり、ここが楽園か天国か、やっぱ俺は死んだのかって思った。

悔いなし。

あ、ダメだ。

まだバレーで金メダル取ってねえ。

 

研磨さんと赤葦さんはなぜか楽しそうに笑ってる。

なんでそんな楽しそうなんだろう。

人が楽しそうだと俺も嬉しい。

やっぱり好きだなあって思った。

好きって幸せだ。

 

そんなこと考えてたら、赤葦さんが楽しそうに口を開いた。

「影山って、今好きな人いる

「…いません」

予想もしない質問にびっくりしたけど、答えはあらかじめ持っていた。

「え本当に

本当っす」

なぜかびっくりした顔で赤葦さんは更に聞いてくる。

何でだ

日向とか山口とか澤村さん、金田一とかにも聞かれたことあるけど、こう答えたらすぐ納得してくれたのに。

「…じゃあ気になる人は

そう聞かれて考える。

気になる人…いっぱいいるけどとりあえず宮城なら

「……及川さんと牛島さん

「…誰それ

急に低くなった声にびっくりする。

どうしたんすか赤葦さん、また具合悪くなったんすか

大丈夫っすか

「牛島って白鳥沢の

他にも牛島さんがいるんすか」

もしかして全国には別の牛島がいるのかもしんねえな。

気になる人っつーからとりあえず、セッターで超える目標の及川さん、全国へのラスボス牛島さんを選んだけどダメだったか

人のいる東京の選手にすればよかったのか…。

東京…とりあえずは佐久早聖臣だよな、本指の。

あとは…

 

気になる選手の名前を頭の中に思い浮かべていると、赤葦さんが口を開いた。

「そうだね、牛島は気になるよね」

その声はいつもの優しさに戻っててホッとした。

赤葦さんも気になりますよね、全国出てますしね。

「オイカワサンは知らないけど…どんな人か今度教えてね」

研磨さんもそう言ってくれた。

東京の選手じゃなくてもよかったんだ、よかった。

及川さんの話をしようとしたら

「それはまた今度」

って人に言われた。

残念。

 

その後しばらく、人とも何かを考えてるみたいで何も聞かれなかった。

話ってそれだけか

夏は夜でも暑いな。

でも今は少し風が出てきて、少しマシな感じだ。

風に揺れる木々を眺めながら、さっきの質問を思い返していた。




”今好きな人いる

 

今までに何度も聞かれたことだ。

そして答えはいつでも”NO”。

…嘘だけど。

いつだって本当は”YES”だった。

 

初めて人を好きになってから今まで、常に誰かに恋をしていた。

だけど相手はいつも男の人で、それは誰にもバレてはいけない秘密。

相手が男だと言わなければ、”好きな人がいる”。

そう答えるくらいなら平気かと思ってた。

でも。

 

の時に好きだった及川さん。

”飛雄って好きな人いるの

ある日、そう聞かれ答えに困った。

及川さんですと言えるはずもなく、でも嘘はつきたくねえな。

相手の名前を言わなければ大丈夫だろう。

そう思い事実を口にした。

”います”

”どこの誰!?どんな奴何か勘違いしてんじゃない

あ、もしかして俺お前及川さんのこと大好きだもんね”

 

冷や汗が吹き出した。

なんでわかるんだ

必死で隠してたはずなのに。

ただでさえ及川さんには嫌われてて、部活では何も教えてもらえねえのに。

その俺から好かれてるなんて知られたら、益々嫌われてしまう。

そしたらこうして話しかけてくれることもなくなるのか

もう度と、名前で呼んでもらえなくなるのか

…それは嫌だ。

それだけは、嫌だ。

 

”…違います。俺は及川さんは好きになりません”

だからまた、名前で呼んでください。

 

すがるような思いで必死に口にしたその言葉は、だけど、人生で度目の後悔をもたらした。

 

”…だよね、安心したあーあ、お前なんかに好かれるなんて可哀想、その子”

 

真冬の海に突き落とされたかと思った。

冷たくて苦しくて、もがいてるのに水面はどんどん遠ざかる。

氷点下の海水は俺の動きを奪い、遠ざかる光を見つめながら底のない海に沈んでいった。

 

…男の人だけじゃなくて、誰かを好きになるのもダメなのか。

俺に好かれるのは迷惑なんだ。

なんでそこまで嫌がられるのか全然わからない。

でも思い返せば確かに、子供の頃からそうだった。

それはずっと変わってなかったのか。

俺はバカだから、度失敗したぐらいじゃわからなかったんだ。

 

及川さんは頭が良くてみんなから頼りにされてて、人気者で。

その及川さんが言うから確かなんだろう。

アリガトウゴザイマス、間違いに気付かせてくれて。

…間違いに気付く時って、なんでこんなに胸が痛えんだ。

 

そうして俺はまたつ、学習した。

”好きな人いる

そう聞かれたら必ずこう答えよう。

”いません”

 

俺は誰も好きにならないんで、安心してください。

ただ、心の中で思うことだけは許してください。

 

 

   * * *   



「影山」

赤葦さんの声で我に帰る。

視線をそちらに向けると、難しい顔をしてる赤葦さんと目があった。

どうしたんすか

なんか悩みでもあるんすか

話ってもしかしてそれですか

俺でよければ相談にのります。

「…俺は、影山と仲良くなれて嬉しいよ」

俺もです

びっくりした。

そう思ってたのは俺だけじゃなかったんだ。

「だから…その、悩んでることとか、苦しんでることがあったら話してほしい。俺なら、力になれるから」

またまたびっくりした。

同じチームでもないのに、そんなこと言ってくれる人は初めてだ。

やっぱり赤葦さんは優しい。

この人を好きになってよかった。

…だからこそ、本当のことは言えない。

「あざす、ないっす」

「……そう…いつでも俺は待ってるから」

どこか寂しそうな顔で赤葦さんはそう言ってくれた。

さっきまでは楽しそうだったのになんでだ。

 

…”いつでも”なんて、どこまでも優しい人だ。

合同合宿は来年もあるのかな。

そうだといいな。

そしたら来年も、研磨さんと赤葦さんに会えるのに。

 

「飛雄は、後悔したことある

急に研磨さんに話しかけられ、またまたまたびっくりした。

しかもなんてタイムリーな質問するんすか

研磨さんまっすぐ俺を見つめてる。

う…ぉぉぉおお。

そんな目で見つめられたら色んなものが爆発するからやめてください。

あ、でももう爆発したからいいのか。

よくねえ

どうすっか…こんな質問初めてだ。

なんて答えたらいいんだ。

ないですって言えばそれでこの話は終わり、な、はず。

だけど。

…………これ以上、この人達に嘘はつきたくねえな…。

内容を言わなければ平気だよな

 

「…あります」

そう答えると、研磨さんはほっとしたように息を吐いた。

「おれもあるよ」

マジか

研磨さんみたいな人でも後悔すんのか。

「つい最近もしたばっか…大切なことって、なんで後から気付くんだろうね」

わかりますその気持ち…

もっと早く知ってれば、あんな思いすることもなかったのにって。

「でも、それがあるから同じ過ちは繰り返さないって戒めにもなるし、前に進めることもある」

そうすよね、そうなんです。

俺も度の後悔があったから、それ以降同じ間違いは犯さずに済んでます。

それで今の俺は幸せです。

ウンウンと深く頷く。

「そうですね」

「……だけどその後悔自体が、間違ってる場合もあるよね

「…え

意味がわからず研磨さんを見れば、その目は変わらずおれを見つめてた。

だけどさっきまでとは違う、獲物でも狙うかのような視線に背中がゾクリとなる。

「…間違ったから後悔して、やり直すんすよね

「うん、それは正しい。でもその”間違いだと思ったこと”が本当は間違ってなかった場合もあるんじゃない自分の思い込みでそう決めつけて、”間違ったやり直し”を選んでしまう場合も」

「……

研磨さんの話は難しくて、何を言ってるのかわからない。

「…そうだね、やり直したはずの生き方が間違ってる場合もたまにあるよね。後悔が全て正しい生き方を教えてくれるとは限らない」

赤葦さんも会話に入ってくる。

多分、わかりやすく話してくれてるんだろうけど、さっぱりわかんねえ。

やり直しが間違ってる…そんなことあるんすか

でも俺は間違ってませんよね

だって今、こんなに幸せですよ

そう、思っているのに。

 

「飛雄の後悔って、なに

 

俺のそれが間違いだと問いただすような研磨さんの言葉。

その言葉は、俺を記憶の海へと突き落とした。




 

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