【黄瀬編1】の続き





2月3日。
黒子っちの誕生日から3日が過ぎた。
この間オレは一度も部屋に帰らなかった。
毎日マンションまでは行ったけど、部屋に明かりがついてないと分かった時点で帰るのを止めた。
そして今日も、明かりのついてない部屋を見上げた後、連れて来た女に急用が入ったからと別れ、適当なホテルに1人で泊まった。
今にも雪が降り出しそうな、厚い雲に覆われた夜だった。

ベッドに横になるけど、中々眠れない。
あんなことがあってからも、黒子っちはオレが帰るまで起きて待っててくれたし、帰りが明け方になった時「なにかありましたか?心配です」ってメールが送られて来たりもした。
好きじゃないオレのことでも心配はしてくれるのかって、嬉しいのか怒りたいのかよくわからない気持ちになったけど、それからは朝、出かける前に遅くなるって言うようにして、だけど黒子っちがいない部屋には帰りたくなかったから、黒子っちが絶対いるって時間以降に帰るようにした。
黒子っちは体力がないから寝ないとダメな人だし、なるべく日付が変わる前には帰るように。

…してたのに、黒子っちがいないんじゃ帰れない。
オニオングラタンスープを食べたいのに、黒子っちからの連絡は何もなくいい加減イライラしてくる。
帰ったなら、冷蔵庫の中のケーキに気付くはず。
なのに何も反応がないのはなんで?とか。
ソファでヤったのそんなに嫌だった?それなら新しいのを買うからいいでしょ?とか。
オレが何日も帰らないのに、黒子っちは平気なの?とか。
もしかして黒子っちも、もう帰ってない?オレのことは、やっぱり、もう…?
段々ネガティブな思考で頭がいっぱいになり不安がこみあげる。
あれだけ突き放して欲しいと願いながら、いざそうなったら怯えるなんて、俺はどこまでバカなんだろう。
返事をもらえないのが怖くて、自分からは電話もメールもできないでいるのに。

そこまで考えた所で、別の可能性を思いついた。
黒子っちの誕生日、赤司に会うと言っていた。
もしかしたら赤司がプレゼントとか言って黒子っちを連れ回しているのではないか。
赤司は黒子っちに執着してたから、その可能性は大いにある。
そうだ、そうだよ、なんでこんなこと今まで気付かなかったんだ。
確かに会っていいとは言ったけど、泊まりとなるなら話は別だ。
そんなことは許してない。
貸金庫にあるUSBを思い浮かべながらベッドから飛び起り、赤司の番号をタップする。

「くろ『…遅かったな』」
ワンコールもせずに繋がった電話の向こう。
”黒子っちを返せ”と言おうとした勢いは、赤司の言葉に飲み込まれた。
思わず怯んでしまいそうになる位、今までに聞いたことがないような重苦しい響きだった。
赤司がひどくイラついてるってわかったけど、それはこっちも同じだ。
「…遅かったって何がっスか?それより黒子っち知んねぇっスか」
「|」
「え?」
「住所を送る、黒子はそこにいる」
それだけ告げると通話は切れた。
「病院…?」
よく聞き取れなかったけど、そう言ってた気がする。
いやでもそんなとこに黒子っち用はないしと否定して、だけどメールで送られて来た住所と名前は確かに病院の名前だった。
なんで黒子っちがそんなとこに…?
もしかして知り合いが入院でもしたのだろうか。
それなら連絡がなかったのも明かりが付いていたなかったのも頷ける(ずっと部屋に帰ってなかったんだろう)。
それぐらいメールで教えてくれてもと思いつつ、それどころじゃなかったのかもしれない。
オレはタクシーに飛び乗った。






会ったら文句の1つでも言ってやろうと意気込んで駆けつけたけれど、それが叶うことはなかった。
病院に到着し、待ち構えていた警備員に案内されたのは一般病棟とは別の建物だった。
通された病室。
ドアを開けたオレの目に飛び込んだのは、薄暗い室内でベッドに横たわる人物の姿。
「…黒…子っち…?」
街灯に照らし出されたその水色の髪は、どう見ても黒子っちだった。
だけど頭には包帯が巻かれており、鼻からはチューブが伸び横の点滴に繋がっていて、状況が理解できなかった。
なんで、黒子っちが?
おぼつかない足取りでベッドに近付くオレに、声がかけられる。
「随分遅かったな」
驚いて声のした方を見ると、ベッドの奥に置かれたソファに座る赤司と目が合った。
「赤司…っち…なんで…」
なんで赤司がここに?

「たまたま現場に居合わせてな」
意味がわからなかったけど、酷くイラついてるようだった。
釈然としない思いを抱きつつ、弁明する。
「…遅いってもタクシー飛ばして来たんスけど。つかなんで赤司っちがいるんスか?案外暇なんスね。それより」
「3日」
「へ?」
言葉を遮られ思わず聞き返したオレを、赤い2つの目が捕らえる。
その目には怒りよりも…もっと…憎しみのようなものが込められていた。
「黒子がここに運ばれてからお前が来るまで、3日もかかった」
予想だにしない言葉に頭が真っ白になる。
「連絡があれば知らせてやろうと思っていたがそれすらなかった。この3日間、お前はどこで何をしていた」
「ちょっ…待って…………何…言って…」
必死で怒りを堪えているかのような語調だったが、意味を理解するのに必死だった。
3日前に運ばれた…?
黒子っちが…?

「黒子っちに何があったんスか!?」
「質問に答えろ」
立ち上がり、今にも胸ぐらを掴みそうな勢いの赤司だったが、そんなことどうでもよかった。
「教えろよ!黒子っちに何があったんだよ!アンタは知ってるんだろ!!」
たまらず赤司に詰め寄る。
こんなのは聞いてない。
こんなことになってるなんて知らなかった。
わかってたら、もっと|。
「っ黒子っちは……………無事なんスか……?」
最悪の事態を想像してしまい、視界がにじんむ。
顔を上げていられなかった。
嫌な汗が手ににじむ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
離れて欲しいとは思ったけど、こんなのは聞いてない。
もう2度と合えないかもしれないなんて、そんなことは考えもしなかった。
黒子っち黒子っち黒子っち。
黒子っち黒子っち黒子っち黒子っち黒子っち黒子っち黒子っち黒子っち黒子っち…。

答えが返ってこない事に苛立ち赤司を見やると、呆然とした表情で突っ立っていた。
「…赤司…っち…?」
…なんでそんな表情をしてるの?
「………お前は…………」
「…?」
「…お前は……いや、一方的な側面からオレがただそう思い込んでいただけ…か………だとしたらオレは………っなんてことを…!」
何かに耐えるように顔を歪ませ、両手を握りしめる赤司の体は震えていた。
それが怒りなのか、それとも別の何かからくるものかは、わからなかった。
「赤司っち、黒子っちは」
「…無事だ」
目を伏せながら赤司は教えてくれた。
ようやく安心できたけど、オレにはまだ聞かなきゃいけないことがある。
「あ『黄瀬』」
オレの言葉を遮った赤司は、ベッドに横たわる黒子っちを見つめていた。
その目に先ほどまでの激情は無く、静かな海のようで。
何かを、決意した目だった。
「場所を変えよう。話がある…少し、長くなる」

…遂に、来たと思った。
どんな話なのかは想像もつかないけれど、逃げることは不可能で。
…いや、逃げることもできるけど、ここで逃げたら、オレはもうオレでいられなくなる予感がした。
「話」はきっと今までのオレを壊すものだと、思った。
逃げ続けていた現実に追いつかれてしまったんだ。
それは黒子っちの形をしていたのだと、ふと思った。

窓の外には、雪が降り始めていた。




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