【黄瀬編2】の続き






赤司に案内されたのは応接室だった。
「身内が経営している病院だから融通が利くんだ。信用もできるしな」
そう言って奥のソファに座るよう促され、大人しく腰掛ける。
赤司はテーブルを挟んだ向かいのソファに座った。
「マスコミ対策にも慣れている。お前が顔を出しても騒ぎになることも漏れる心配もない。守秘義務は万全だ。お前が気をつけてさえいればな」
だから安心するといいと、赤司は事も無げに言う。
そう言えばこの建物は、一般の病棟とは別の建物で、面会時間外なのに病院の人はオレを裏口から入れてくれた。
フロアに入る扉でなんか番号を入力してた気がする。
そんで黒子っちの病室は、広めの個室だったと思い出す。
ソファとテーブルまであった。
出る時に見たネームプレートは空欄だった。
いわゆるVIP待遇とでもいうんだろう。
そんな風に扱ってもらうなんて、ちょっとお金があるぐらいでできることではない。
赤司の家柄と言うものを思い知ったのはこれで2度目だ。
…でも何でここまでするんだろう。
やっぱり赤司は黒子っちのこと…。

そんなオレの心情を知ってか知らずか、赤司は現況報告という名の、受け入れがたい現実を突きつけた。

黒子っちが車道に飛び出し車にはねられ、重症を負ったこと。
たまたま居合わせた赤司が入院の手続きから家族への連絡など行ったこと。
出血の割にケガは大したことなかったが、意識が戻らず寝たきりであること。
いつ意識が戻るかわからないと言われたこと…。

”黒子がここに入院してることを知っているのは、オレ以外3人だけだ”
”黒子のご両親と降旗君。
今回ばかりは、黒子の交友関係が少ないことに感謝したよ。
人の口に戸を立てるには限界があるからな。
休学手続きも済ませてある。
いつ目覚めるかは分からないが、いつでも戻れるように”

”火神や青峰達には何も連絡していない。
だからアイツらは何も知らない。
知らせたら必ず、お前に連絡がいくと思ったから。
そうしてお前を責めるだろう。
だけどそれはアイツらの仕事じゃない。
なにより黒子がそれを望まないだろう。
それをするのは、黒子の役目だ”


途中からほとんど聞こえてなかった。
なに?どういうこと?
黒子っちが車にはねられた?
飛び出して?
目を覚まさない?
意識不明…?
酷く悪い夢でも見ているようだった。
なんで…事故に…
…黒子っちは、どうしてそんなとこに…


「…お前はあの日、どこで何をしていた?」
「…へ?」
気付けばオレは間抜けな声を出していた。
「…黒子が事故に遭ったあの日、1月31日。お前は、どこで、何をしていたと聞いている」
赤司のまっすぐな瞳がオレを捕らえる。
…誤摩化すことは許さないと、その目は告げていた。
分かってる、オレはもう逃げることは許されない。
膝に置いた手をぼんやりと見つめながら、ポツポツと話し始めた。

あの日…あの日、黒子っちの誕生日…オレは…
「…仕事が早く終わったから…ケーキとかピザとか買って…家に帰った…」
「…!?…何時頃だ?」
「…6時くらい…だったと思う…」
「……それで?」
「…黒子っちがいなかったから『何?』」
遮られ思わず顔を上げると、赤司は驚いた表情をしていた。
あの日、黒子っちがいなかった。
それはオレにとっても初めての出来事で驚いたけど、どうして赤司まで驚くのか。
「それがどうかしたんスか?」
「いなかった?黒子が?」
「…そうっスよ。せっかく早く帰って来たのに黒子っちいなかったから…」
「…だから?」
「……………友達を…呼んだんス」
瞬間、赤司をまとう空気が変わるのが分かった。
「……女か…」
「…………」
断定された言葉は確かに真実で、だけど肯定するのはためらわれた。
死刑台にのせられた気分だった。

「……途中で黒子っちが帰って来たみたいで『もういい』」
辛そうな声で、赤司は話を遮った。
もうこれ以上は聞きたくないと、その声音は告げていた。
「…黒子は、お前と女との情事は何度も目にしていたはずだ。今更それであんな行動を取るとは思えない」
心臓が止まるかと思った。
なぜ、赤司がそれを知っている。
「…なぜ知ってるかという顔だな。それについては後で話す。今はお前の話だ」
オレの動揺をものともせず、赤司は忌々し気に話を進める。
「…黒子は何を見た?いつもと違う、イレギュラーな事があったはずだ」

「………」
声が出ない。
嫌な汗が額を伝う。
すらすらと言葉にできるほど、オレの神経は図太くもなければ非情にもなれていない。
だってきっとそのせいで、黒子っちは
「黄瀬」
だけど赤司は、審判の時を待ってはくれない。
「…お前と女は、何を」
…俺はロープに首をかけた。
「………リビングのソファで………した……」
赤司の息が詰まるのがわかった。


「…それまでは、そこでしたことは無かったと言う事か」
「……オレの部屋でだけだった…」
「ソファとは、水色のあのソファか」
「…………」
赤司は何度かオレ達の部屋に来た事があったから、ソファの存在も、それがどんな物かも知っている。
「…つまり、あの日、何らかの用事で外出していた黒子は、帰宅した際お前と女とのソファでの情事を目撃し、再び部屋を出て…事故に遭った……そうだな?」
「…………」
何もかも赤司の言う通りだ。
あの日オレが、あんな事をしたから黒子っちは…


この部屋に来て初めての長い沈黙が訪れる。

雪が降っているせいだろう、外も静かで、エアコンの音だけが部屋に響く。
…なんで赤司は、何も言わないんだろう。
悪い夢でも見てるようだと思った。
オレのせいで黒子っちは事故に遭って意識不明だなんて…
…でも元はと言えば黒子っちが悪いんじゃない…?
黒子っちがいてくれれば女なんて呼ばなかった、ソファですることもなくて…
気付けばそのまま口にしていた。
「…黒子っちが悪いんスよ…」
「………黄瀬?」
「黒子っちがいなかったから、だからオレは」

「…まえは…お前は何を言ってるんだ…?」
心底意味がわからないと言った声で赤司は尋ねる。
その声が震えているのは、気のせいではないだろう。
だけど止まらなかった。
そうだ、黒子っちがいてさえくれれば、こんな事にはならなかった!
「あの日!飲み会も女の誘いもあったけど、黒子っちの誕生日だったから全部断って帰った!黒子っちの好きなもの色々買って!なのに、黒子っちはいなかった!」
あの日、玄関を開けた先に広がる暗闇が頭の中で蘇る。
オレは独りなのだと現実を突きつけてくる、大っ嫌いな闇。
「だから女を呼んだ!黒子っちがいれば呼ばなかった!黒子っちがいなかったのが悪い!オレは悪くない!!!」
立ち上がりそう叫んだオレを、信じられないものでも見るような目で赤司が見ていた。
限界だった、
黒子っちがいなくて辛いのに
その原因を作ったのも黒子っちなのに
どうしてオレがこんなに苦しまなければいけないんだ

「…あの日、黒子っちはもしかしたらオレの知らない奴と『黄瀬!!』」
叫びながら赤司も立ち上がる。
声には確かな怒りが含まれてて、それ以上言うのは許さないと目は告げていた。
「それ以上、黒子を侮辱するのはやめろ」
「…侮辱?なんでそうなるんスか。赤司っちもオレも知らないだけで、黒子っちは他の誰かと『それは無い』」
はっきりと告げられたその言葉に、更なる苛立ちがつのる。
どうしてお前が、黒子っちを分かった風な事を言うんだ。
「なんでそんな事言えるんスか。赤司っちに何が分かるっていうんだよ」
「…あの日、オレは黒子を食事に誘った」
「……なんの話っスか?」
思いがけない言葉に目が開く。
赤司の顔には苦渋の色が浮かんでいた。
「…黒子が毎日どんな思いをしていたか知っていた。せめて誕生日くらいはそんな思いをして欲しくなかった。だからその日に会えないか誘った。どうせお前は何もしないと思ったからな」
「……は?」
そんな事は初めて聞いた。
黒子っちは赤司に話していたというのか。
…それよりも、赤司は黒子っちを”そう言う意味で好きではない”って言ってたはずだ。
なのに、一体どういうつもりだ。
って事は、黒子っちは赤司と…?
激しい怒りが込み上げてくる。
「…だが、黒子は断った。お前が帰って来てくれるかもしれないと…そう言って」

…信じられなかった。
赤司の誘いを断った事も、オレを待っていると言ってくれた事も。
オレの事なんてどうでもよかったんじゃないの……?
好きじゃなくなったオレの事なんて…

…でも、そうだ。
黒子っちはいつだってオレを待っててくれた。
どんなに仕事で遅くなっても、ケンカをしても、…オレを好きじゃないと分かっても、黒子っちは毎日家で、オレの帰りを待ってくれてた。
オレの好きなオニオングラタンスープを作って。
その黒子っちがあの日はいなかった。
だからとうとう捨てられたんだって、ヤケになって今までは決してしなかった…リビングで女を抱いた。
だけど、オレを捨てたんじゃないのなら。
待っててくれたのが、真実なら。
「…なんであの時…いなかったんスか…?」

赤司も必死にその答えを探しているようだった。
「…オレにもわからない。…あの日、黒子は確かにお前を待っていると言った。黒子がそう言った以上、別の予定を入れる事は考えられない。切羽詰まった用事…黒子にとって、その時でなければならない重要な何かがあり、必要に駆られて出かけたとしか…」
一体何だと言うんだろう。
その日でなければ…わざわざ黒子っちの誕生日でなきゃいけない、重要な用事って。
黒子っちとの付き合いは長いのに、オレは黒子っちの事を何にも知らないんだ…。
改めて突きつけられた事実にショックを受けるオレに、赤司が思いついたように疑問を投げかける。
「1ついいか?さっきお前は”黒子が帰って来たみたい”と言ったな。姿を見たわけじゃないんだな?」
オレは頷く。
「なぜ黒子が帰って来たとわかった」
「……ケーキの箱が、落ちてたから…」
「ケーキ?」
「ショートケーキとチョコケーキ…去年オレが買ってきたのと同じ…」
「………どこに落ちていたんだ?」
なんでこんなことを聞くんだろう。
「…廊下…リビングのドアの前…」
「………」
「…あと、靴が」
「靴?」
「黒子っちがいつも履いてて、オレが帰って来た時には無かったスニーカーがあったから、履き替えてまた出てったんだと思った」
そこまで口にした瞬間、赤司が言葉を失った。
そんなに驚くような事だったろうか。
訝しんだオレに、非情な刃が突き刺さる。
「…運ばれた黒子は、靴を履いていなかった。現場にも靴が無く足先が冷えきっていたことから、靴も履かずに歩いていたのだろうと医者は言っていた。…真冬の、積もった雪の上を、だ」

頭から水を浴びせられた思いだった。
つまり黒子っちはあのシーンを見て裸足で飛び出した…
…それほど、それほど黒子っちには衝撃だったと言うのか|。
あのリビングで、ソファの上で、女を抱いたのが。

「…はっ…なん…で…」
息が苦しい。
上手く息を吸えているのかわからなくなってくる。
「…黄瀬?」
訝し気な赤司の声が聞こえる。
「…黒子っちは…俺を…好きじゃないのに…」
…そう、黒子っちはオレをそういう意味で好きではなかった…はずじゃないか。
そうでなければ、オレは
「……黒子はお前を愛してい『そんなわけないっ!!』」
抑えきれない感情が溢れ出る。
「黒子っちがオレを好きだったなんて…まして愛してたなんてそんなわけねーんだよ!!」
嘘つくな!
それ以上何も言うな!
訳の分からない怒りで目の前が真っ赤に染まる。
「好きだっつーんならセックスするだろ!なのにアイツはしなかった!!2年半待った、でもさせてくんなかった!!それどころか吐きやがった!!だからアイツは、オレのことなんて好きじゃねーんだよ!!!」
「それは違う!」
叫びを遮るように赤司が怒鳴り、思わず息を止める。
赤司が怒鳴るなんて、記憶の限り初めてだった。
動きを止めたオレに、うってかわって悲痛な表情で赤司は告げた。
「…黒子はしなかったんじゃない、できなかったんだ」
「…はっ、意味わかんねっス…」
しないもできないも一緒だろ。

しばしの沈黙の後、絞り出すように告げられた赤司の言葉は
「……黒子は…非性愛者なんだ……」
「…ヒセイアイシャ……?」
初めて耳にしたその言葉に眉をひそめる。
目を伏せた赤司に告げられた言葉の意味は、オレにとって死刑宣告も同然だった|。






エアコンの音だけが響く部屋に、沈黙が訪れる。
ソファに沈んだ体が重い。
さっきから頭が痛い気持ち悪い吐き気もする。
体のムカムカと頭のぐるぐるで世界が揺れる。
今オレはどこにいるんだろう。
…黒子っちは、どこ?


「…だから、性行為はできなくとも黒子はお前を愛していた」
誰かの声が遠くで聞こえる。
「…それだけは確かだ」
…ああ、この声は、赤司だ。
…そうだ、オレは今、赤司と話を…
…ええと、赤司はなんて言ったんだっけ…?
黒子っちはオレをそーゆー意味で好きじゃなかったって思ってたけど、本当は黒子っちもオレと同じ好きで…愛してくれてたんだって…
ただ、セックスができないだけなんだって…
…………そんなことあるの……?
…そんなわけ、ないのに…
黒子っちがオレを好きだったなんて……
非性愛者ってのも…都合のいい言い訳かなんかじゃないの…
「……黒子っちが…オレを好きだったってどうして言えるんスか…?」

「…黒子は離れなかっただろう?」
「……………?」
何を言い出すんだろ。
「お前の理不尽な要求を受け入れ周囲との接触を断ち、何があっても黒子は、お前のそばにいただろう?」
…そうだ、オレを好きじゃないくせに、いつまでいるんだろうって思ってた。
なんで、いてくれるんだろうって。
「…黒子は言っていた…お前が、そう言ったからだと」

「…………は?」
意味が分からない。
「オレは何度も離れろと言った。別れろと言っているわけではない。ただ一度、距離を置いた方がいいと…それしかないと思った。だが黒子は……そばにいて欲しいというお前の望みを叶えるために、そばにいることを選んだ」
「………………………んだそれ…何勝手にそんなこと…っ」
赤司がオレ達を引き離そうとしていたなんて知らなかった。
そんなこと知ってたら合うなんて許さなかったのに。
…だけど、黒子っちは覚えててくれてた…
…………そんな何年も前の事を覚えてて……断って…くれてた…
けど
「…オレが望んだからって……別に好きじゃなくてもできるしそんな義務感で『ならお前はできるのか?』」
苦痛に顔を歪ませた赤司と目があう。
「お前は、好きだった相手が自分以外の人間を抱き、その様を見せつけられ、泣き苦しんでも尚、そいつのそばに居続ける事ができるのか?」

…………できる…わけない。
っつかそんなことしない。
好きだったって事はもうただの友達でしかないわけで、見せつけるのも趣味悪いなって思うけど恋人じゃないなら誰と何をしようと勝手だし、そんなに苦しいなら………あれ?
「…え、だってそれじゃ、なんで黒子っちは離れなかったんスか…?」
そうだ、好きじゃないことがわかったなら別れれば済む話じゃないか。
いっつも泣いてた黒子っち。
なにがそんな苦しいのか分からなかったけど、ならいなければいいのにって思ってた。
泣くほど嫌なら見なければ、離れれば、オレを捨てればよかったのに。
…なのに、こんな目に遭うまでそれをしなかった。
なんで…?
どうして…?

わけがわからず赤司を見ると、その顔には苦痛の色が浮かんでいた。
なんでそんな顔をするんスか?
「…1人にしないでと、言ったそうだな…」
…なんだ、そんな事まで話してたんだ。
もうオレの事なんてほ放っといて、2人で付き合っちゃえばいいんじゃないんスか。
「だから黒子は、そばにいた。今自分がいなくなったら、お前が1人になってしまうからと…お前が別の誰かを見つけられるまでそばにいると、そう言って………」
「…………っだからなんで…そんな事……」
「っまだわからないのか!?」
テーブルを叩く衝撃音と共に告げられた、赤司の言葉は
「…黒子はお前の幸せを願っていた…!…お前が自分以外の誰かと幸せを見つけられるまでそばにいようとっ…それだけ……………お前の事を愛していたんだ…っ」





完全に理解不能だった。

頭が真っ白になる。
息が、できない。



「……………ない……」
「…黄瀬?」
「…そんなわけ…ない、黒子っちが、オレを、好きだなんて」
「っどうしてわからないんだ」
赤司の顔は辛さを訴えていて、どうしてお前がそんな顔をするんだって余計苛ついた。
どうしてって、そんなこと
「わかるかよ!わかるはずねーだろ!!オレも好きだった!大好きだった!本当に大切だった!だから好きって言い続けたしプレゼントもした!欲しい物を聞いたりもした!だけど黒子っちはなにも無いって言った!プレゼントもいらないって言った!」
黒子っちに喜んで欲しくて、色んな物をプレゼントした。
黒子っちが望む物はなんでもあげたかった。
だけど、黒子っちは喜んではくれてたけど、いつも申し訳なさそうだった。
喜んで欲しいのにって悲しくなって、でもそうじゃなかった。
「…一緒にいられるだけで幸せだって言ってくれた………。嬉しかった、そんな事言われたの初めてだったから。…オレも、オレも黒子っちがいてくれれば幸せだったから………」
あれが欲しいとかどこに行きたいとか、高級レストランで食事したいとかお小遣いが欲しいとか誰々に合わせて欲しいとか。
そんな事は一度も言わなかった。
なのに黒子っちは、いつだって笑ってた。

付き合えただけでも嬉しかったのに、抱きしめて、オレの悲しみを受け止めてくれて、黒子っちが笑えばオレも笑って。
好きだからもっと触れたくて、でもキス以上はさせてくれなかったけど、それでもよかった。
もっと一緒にいたくて勇気を振り絞ってお願いした同棲も受けてくれて。
黒子っちのいるあの部屋に帰るのが嬉しくて。
お帰りなさいって出迎えてくれて、一緒にご飯を食べられるのが、何よりも幸せだった。
…まるで夢のような毎日で、だから
「………幸せを感じれば感じるほど、怖くなった…。黒子っちがいなくなるのが…いつか飽きて捨てられるのが…。だから黒子っちにもっとオレを好きになってもらいたくて、欲しい物が無いならお金稼ぐの頑張ろうって思って…だけどそれも黒子っちはいいって…家賃も生活費も全部出すって言っても聞いてくれなくて…」
好きになってもらえて受け入れてもらっても、それを維持するには…ずっと好きでいてもらうにはどうすればいいのかわからなかった。
今までそんな風に思った人はいなかったから。
だから必死に考えた。

物でもなく金でもない。
バスケでは火神や青峰に敵わない、頭の良さでは赤司や緑間を始め他の奴にも、性格は自分でもいいとは言えないし、カッコいいとは言ってくれてたけど、外見なんてもんに黒子っちが魅かれてるとは思えなかった。もしそうだったとしても、年を取るにつれ変化していくそれで、引き止められるとは到底思えなかった。
「……オレは焦った。何かないか、オレにできることで、黒子っちをつなぎ止められる何かはって……」
あの日、言われた言葉が決定打となり、くすぶっていた不安は爆発した。
そして気付いた。
「………セックスでなら…つなぎ止められるんじゃないかって」

「………………」
赤司が言葉を失ったのがわかった。
…きっと情けない奴とでも思ってるんだろう。
持ってる奴に持たない者の気持ちなんてわからない。
「上手だって、気持ちいいって何度も褒められた。最高だって、オレとのセックスが一番悦いって何度も言われた。だからこれならオレにもできる、黒子っちを気持ちよくさせられる、そしてオレの体に夢中になってくれればっ………そう…思って…」
一生分ぐらいの頭を使って考えに考えて、やっと見つけ出したのに。
これで、黒子っちはいなくならない、捨てられない、やっと安心できる。
そう思ったのに。
「…なのに黒子っちはそれも拒んだ。もうオレはどうすればいいかわからなかった。嫌いじゃないって言ってたけど、好きならしたくなるはずで、黒子っちは結局…オレと同じ好きじゃなかったんだって思った。目の前が真っ暗になった。ずっと欲しかったものが手に入ったと思ったのに、それは幻だったんだって………」
アイツはオレの手を払いのけた。
オレの目の前で、吐いた。
「オレを好きだって言ったのに、オレと同じ好きじゃなかった。ずっとアイツは騙してたんだ。そんなアイツを信じて期待して…オレが喜ぶのをアイツは嘲笑ってたんだ」

「幻なら消えると思ったのにいつまでたっても消えなかった。なんで消えないんだ、友達の好きが欲しかったんじゃない、そんなものいらないから早く消えろって思った。だから選ばせた。オレと他の奴らを」

「そうすれば出てくと思った。考えるまでもないって。なのにアイツはオレを選んだ。わけがわからなかった。…そんなことで喜びを感じるのもキツかった。そしていつまでも居座って今までと同じようにご飯とか用意してくるから…怒りがわいた。裏切ったくせに、まだオレを苦しめるのかって。そんなことしたらまた期待してしまいそうになるのに」

「だから女を抱いた、アイツに見せつけるように。オレはもうお前なんか必要ない、お前なんか好きじゃない。だからどこにでも行け。早く出てけ。オレを捨てろっ…………そう…思ってたのに………」
…好きだったから、
オレからその手を離す事はできなかったから
そっちから離して欲しかったのに


黒子っちがオレを好きだったなら
理由があってセックスできなくて
本当にオレを好きだったんなら
…オレを愛してくれてたんなら

「…っ手を離したのは…っオレじゃないか……っ!」

目の前が真っ暗になる。
なんでなんでどうしてなんでだって黒子っちは
オレは

「………黄瀬…お前は…」
「…教えてよ赤司っち…」
何かがオレの頬を伝う。
「……………オレは…………どうすればよかったんスか……?」


聞きたくない
思い出したくない
忘れたいのに
呪いの言葉はどこまでもつきまとう

”産みたくて産んだんじゃない”
”早く死ねばいいのに”


痛いよ
傷いよ
苦しいよ

助けて
…助けて黒子っち
抱きしめて、頭をなでて、そうして優しく囁いて
”ボクがいますよ”


……黒子っちは、どこ?





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