【黄瀬編7】の続き

 

 

 

 

オレは増々黒子っちに夢中になり、バスケも勉強も(補習になって会える時間が減るのは嫌だった)、モデルのバイトも(お金を貯めたかった)もちろん黒子っちとの付き合いも頑張った。
黒子っちはああ言ってくれたけど、やっぱり気持ちはいつ変わるかわからないから、黒子っちにずっと好きでいてもらえるよう、できる限りを尽くした。
しょっ中会いに行ったし、頻繁にメールも電話もしたし、あんまり何が欲しいとかどこに行きたいとか言ってくれなかったから、黒子っちが好きそうだったり似合いそうな物をプレゼントしたし、黒子っちも楽しめそうな場所を選びデートも沢山した。
その度に黒子っちは喜んでくれるけど、ボクは君といられるだけで幸せですから無理しないで下さい、君の大切なお金は君のために使って下さいって言われて、段々プレゼントしたりデートする回数も減ってった。
そんな控えめな所も好きだと思った。
でもオレは喜んでもらいたかったから、ちょっと不満だった。
今まで付き合った子は、同じ事したらいっつも喜んでくれてたのに。
変なの。
…ああだけど、今までは与えてもなにかが削られて行くようだった。
でも黒子っちには、あったかいとか嬉しい、もっとあげたい喜んでほしいって気持ちしかわかなくて、不思議だって思った。
変で、不思議で、大好きな、人。



ささやかな不満を感じながらも幸せな日々は続き、高校卒業と同時にオレと黒子っちは一緒に住む事になった。
卒業したら家を出ると決めてたから、どうせならと黒子っちにダメ元でお願いしたらまさかの”ふつつか者ですがよろしくお願いします”。
もう結婚でよくね?って思ったけど、まだ稼ぎが不安定だったから、もっと足場をしっかりさせてからプロポーズしようと決めた。
だから大学に入学してからは、バスケのために抑えてたモデル業を本格的に始めた。
高校の頃は嫌気が差すこともあったけど、社長とかマネージャーとかと話してる内に、オレには向いてるのかもしれないって思うようになってたから。
この世界でオレは生きてく!って決めたら、なんか楽になった。
一日も早くプロポーズできるよう頑張るから、待っててね黒子っち!

住む部屋はいくつかピックアップしてた中から、黒子っちがよさげな所を更に絞って、いくつか見学した上で決めた。
本当は広めのワンルームでもよかったけど、まだ体の関係は無かったし、そうなると1つのベッドじゃキツいから2部屋あるとこにした。
黒子っちとめでたく繋がれたら、1部屋は物置にすればいい。
家賃は大学生×2人分にしては高めだったけど、駅から近いしセキュリティもしっかりしてるし貯金もそれなりの収入(モデルでの)もあったからすぐに決めた。
ボクそんなに払えませんって黒子っちは言ってたけど、全部オレが出すから平気!って言ったら怒られた。
なんで?
ボクは君と対等でいたいんですってよくわかんない事言われて、でもオレはここがいいんスって言ったら、少し悩んだ後、じゃあ家事を多めにボクがしますって言ってくれて。
家賃はオレが多めに払う代わりに、家事のほとんどを黒子っちが引き受けてくれる事になった。
全部オレが出すのにって不満だったけど、新婚さんみたいで興奮した。

引っ越しの日、全ての私物を新居に運んだ。
家には何も残さなかった。
もう、あそこに戻る事はない。
「姉」からのハナムケの言葉は”これで私たち本当の家族になれる”だった。



黒子っちとの暮らしは夢みたいだった。
帰ったら黒子っちがいて”お帰りなさい”、ご飯を食べる時も黒子っちがいて”いただきます””ごちそうさまでした”、寝る時も黒子っちがいて”おやすみなさい”、朝起きても黒子っちがいて”おはようございます”。
初めて黒子っちに”お帰りなさい”って出迎えられた時、嬉しかったけど、こういう時なんて言うんだっけって考えてたら、”黄瀬君?ただいまはないんですか?”って言われて、ああそう言えばいいのかって、泣きそうになるのを堪えながらただいまって言った。
声が震えてないか心配だったけど、”はい、お帰りなさい。今日もお疲れさまでした”って頭なでてくれるから、思わず黒子っちに抱きついた。
すごくビックリしてたし、いいんですか?なんて言ってたけど、嬉しいからいいんスって答えた。
次の日の朝も、先に出るオレを玄関まで見送ってくれて”行ってらっしゃい、気をつけて下さいね”って言ってくれるから思わずキスした。
やっぱりビックリしてたけど、したかったからって言ったら嬉しそうに微笑んでくれて。
それからは行ってらっしゃいとただいまの時はキスして抱きしめるのが日課?になった。
セックスしたくなるからって今までしなかったのが悔やまれるほど、あったかい気持ちになった。
黒子っちは、あったかい。
あったかいは、幸せ。


大抵黒子っちの方が先に帰ってたけど、黒子っちがバイトの時とか、オレの撮影が早く終わったりとかで、オレの方が先に帰ることも稀にあった。
今までは、誰もいない、暗い部屋に帰るのが嫌で嫌で仕方なかったけど、黒子っちが帰ってくるんだと思えば平気になった。
オレが先に帰った時はご飯を作って待ってた。
料理はろくにした事無かったけど、料理番組見れば大抵その通りに作れたから苦じゃなかった。
黒子っちはオレの作ったご飯をおいしそうに嬉しそうに食べてくれて、おいしいですってほめてくれる。
誰かのために作るのがこんなにも嬉しいって事、初めて知った。

黒子っちが用意してくれるご飯はほとんどが手作りだった。
節約と健康のためにって。
黒子っちは、レパートリーが少なくてすみません、あんまり上手にできなくてすみませんってなんか謝ってたけど、なんでそんな事を気にするのか不思議だった。
オレのために作ってくれたってだけで、どんな料理もごちそうなのに。
実際、黒子っちの作ってくれるご飯はどれもこれもおいしかった。
炊きたての白いご飯はこんなにもおいしんだって、初めて知った。
黒子っちは色んな事を教えてくれる。

なにかリクエストはありますか?って聞かれた時は、毎回オニオングラタンスープって答えた。
それ一昨日も言いましたよね、そんなに同じ物ばっかりで飽きませんか?って言われたけど、黒子っちが作ってくれるのに飽きるなんてあり得ない、中学の時に作ってくれたのホント嬉しかったんスよって言ったら、毎日出してくれるようになった。
嫌になった飽きたら言って下さいねって。
いいお嫁さんをもらったと思った。
(まだ結婚してないけど)






そうして幸せな日は続いたけど、胸の奥底にくすぶる黒いモヤモヤが日に日に大きくなってる事にも気付いてた。
黒子っちはオレを好きって言ってくれるけど、やっぱりどうしても、いつかいなくなるんじゃって不安は拭いきれずにいた。
それどころか、幸せになればなるほど、好きだと思えば思うほど、いなくなった時の絶望を想像してしまい、その度にどうしようもなく叫びたい気持ちになった。
いっそ監禁すればこの不安から逃れられるんじゃ…そう考えた事もあったけど、そんな事したら黒子っちは笑ってくれなくなる、それじゃ意味ないって思って止めた。
オレの幸せのために黒子っちを犠牲にしたんじゃ意味がない、黒子っちも幸せでなくちゃ。
そう頭ではわかっていたけど、じゃあそのために、どうすればいいのかはわからなかった。
オレは黒子っちがいてくれれば幸せだけど、黒子っちは?
黒子っちはオレといて幸せなのかな?
そう疑問に思う事もしばしば。
幸せだって言ってくれるけど、たまに辛そうにしてる事があって。
2人でソファに座ってる時に抱きしめようとすると、ビクってなって、別に何もしないのに、まだ怖いのかなってちょっと悲しくなったり。
オレは何でも黒子っちに話すけど、黒子っちからはあんま話してくれない。
悩みとか、たまに見せる辛そうな表情の原因とか。
オレには言えない事なのかな、もしかしてオレの事で悩んでるのかなって考え始めたら、ネガティブな事ばっか思い浮かんでくるからなるべく考えないようにした。
黒子っちはオレを好きだと言ってくれる。
キスして抱きしめてくれる。
ずっとそばにいるって言ってくれた。
…だから、黒子っちはもしかしてオレといるのが辛いのかな、なんて。
バカな考えだと、そう、思ってた|。





6月18日。
オレの誕生日。
事務所が開催してくれたバースデーパーティーでは、沢山の人がお祝いしてくれた。
純粋に嬉しかった。
|そろそろ22時になるかと言う頃、酔っぱらった事務所の先輩が彼女と上手くいってないとこぼし始めた。
なんでも、3年付き合ってる彼女がいるけど、最近セックスさせてくれなくなった、メールの返事も減った、もしかして他に好きな奴ができたのかもって。
”どうせ浮気だろ、付き合ってるのにセックスしないってそれしかない”
誰かが呟いたその言葉に、オレの思考は停止した。
”え、でも、付き合っててもセックスしない人もいるじゃないスか”
思わず口からこぼれたその言葉は、すごい勢いで否定された。
”付き合ってるってことは好き同士だろ?なのにしないなんてあり得ねーよ。好きだったらしたいと思うのが普通だろ。しないって事は好きじゃないんだろ”
柄にもなくムキになる。
”でも、好きって言ってくれるし、キスもハグもするんスよ?それにずっとそばにいるとも言ってくれたんス”
そいつは笑いながら言い放った。
”お前の話かよ、そんなの友達同士でもできるだろ。外国じゃキスは挨拶って言うしな。口でだけならなんとでも言える。どうせ他の男とセックスしてるよ。ゴシューショーサマ”


その後の事は覚えてない。
気ついたらタクシーに乗っていた。
窓には雨が流れていた。


まさか、そんなはずない。

好きって言ってくれた。
キスして抱きしめてくれた。
ずっとそばにいるって言ってくれた。

…黒子っちはオレを好き。
オレを好き、なはず。

…だけど。
じゃあどうして黒子っちはプレゼントを受け取ってくれないの?
(もういいなんて言うの?)
どうして黒子っちは対等でいたいなんて言うの?
(お金出させてくれないの?)
…どうして、セックス、させて、くれないの……?



…確かめなきゃ、黒子っち
確かめなきゃ。

……それで、もし、もしも。
もしも黒子っちの気持ちが離れつつあったら、繋ぎ止めなきゃ。
セックスなら自信がある。
男同士のやり方も勉強した。
セックスでなら、きっと黒子っちを繋ぎ止められる。
だから、
頑張るから、
望むものは何でもあげるから、
物でも金でも快楽でも、
オレにできる事はなんでもするから

置いてかないで
独りにしないで
オレを捨てないで|




…祈るような気持ちで縋ったオレの手は払いのけられ
(拒絶した姿は「母」と重なり)



……黒子っちもオレをいらないんだ…………っ!



世界は再び色を失い、何かが壊れる音がした。

(…………ああ、それでもアンタだけはキレイなままだった)