【黄瀬編6】の続き

 

 

 

 

世界に色が戻ってから、オレは誰かと付き合うのをやめた。
告白されてもバスケに集中したいからと断った。
前は誰かと付き合ってないと不安だったけど、今は誰かと付き合ってなくてもいいやって思えるようになった。

…世界に色が戻ったあの日から、オレは黒子っちをそーゆー目で見るようになってた。
黒子っちはどんな風にしてるのかなとか、黒子っちはあの時どんな声なんだろうとか、着替えの時に見える肌が白くてすべすべしてそうで、触ったら気持ち良さそうだなとか、そんなことばっかり考えてた。
寝ぐせをつけてくるのも可愛かったし、黒子っちがオレを呼ぶ声も好きだった。
黒子っちとキスしたい、それ以上の事もしたい!
自分からセックスしたいと思ったのは初めてだった。

男なのに、って思わないでもなかったけど、モデルとかそっちの世界では同性愛って珍しい事でもなかったし結構普通に受け入れられてたから、あんま性別で悩む事はなかった。
でもそれはオレだけで、オレがそーゆー目で見てるって知ったら黒子っちは気持ち悪いって思うだろうなって、それ位の常識は持ち合わせてた。
好きになってほしかったけど、黒子っちに嫌われるのも失うのも怖かったから、必死でこの気持ちを隠した。
黒子っちといると嬉しくて、でも振り向いてもらえないのが苦しくて。
こんな気持ちは初めてだった。
恋はあったかいけど苦しいと、初めて知った。
苦しいけど、今はただ、バスケして青峰っち達と競い合って、黒子っちがいてくれたらそれでいい。



段々部活の雰囲気が悪くなった。
青峰っち達ともしゃべんなくなって、なんか離れて?って、黒子っちの元気もなくなってって、赤司っちまでなんか前と変わっちゃって、なんとかしようと頑張ったけど、オレにはどうすることもできないまま。
中学最後の大会が終わって、黒子っちは姿を消した。

部活でも教室に行っても会えなかった。
ショックだった。
オレはあんなに黒子っちを必要としてたのに、黒子っちはそうじゃなかったんだって。
黒子っちは青峰っちしか見てなかった。
所詮「友達」じゃ、こんなに脆い関係でしかない。
もっと強い繋がりが欲しい。
…恋人になりたい。
黒子っちと付き合いたい。
黒子っちに、愛されたい。
その思いは強くなった。

自分の気持ちを隠そうとした事を激しく後悔した。
たとえ好かれてても、会えないんじゃ意味がない。
どうせいなくなるんなら後悔が少ない方を選ぼうと、今度会えたら思いを伝える決心をした。


黒子っちの教室に通う事がなくなると、卒業を控えているせいか、告白される事が多くなった。
でも全て断り続けた。
オレが欲しいのは、黒子っちだけだから。
それ以外はいらない。


部活に出る事もなくなって、黒子っちにも会えなくて、ぼんやりする事の多くなったオレを女の子達は心配した。
どうしたの?元気ないねって声をかけてくれる。
だからつい、オレもうダメっスとか答えるんだけど、その度に女の子達は”大丈夫だって”って言う。
何が大丈夫なのか聞いても、オレだからとしか言わない。
黄瀬君だから、涼太だから大丈夫って。
何がダメなのか聞く事もないまま、”信じてるから。大丈夫だって”って。

バッカじゃねぇのって思った。
信じてるってオレの何を?
オレになにができるって言うんだよ。
バスケでは青峰っちに勝てない、青峰っちは部活に来なくなって壊れて、赤司っちもおかしくなって、黒子っちもいなくなって。
…黒子っち1人、振り向かせる事もできないオレに。

大丈夫なんかじゃない。
オレは、大丈夫なんかじゃ、ない。

今にも怒鳴り出したい気持ちを堪え、そうっスねって笑顔で答えた。

大丈夫って言葉が大っ嫌いになった。




高校はいくつか推薦をもらえて、家にはなるべくいたくなかったから通える範囲で一番遠い神奈川の高校を選んだ。
寮のある所も迷ったけど、黒子っちにはなるべく会いに行きたかったから候補から外した。
一人暮らしも迷ったけど、お金はなるべくためておこうと家から通う事にした。



高校に入学して、黒子っちに会いに行った。
遠回りな告白は断られて、まだまだこれからなんて思ってたけど、事態はそれどころじゃなかった。
火神っちが、いた。
青峰っちと同じ、天性の才能を持った凄い奴。
なんでって思った。
なんでこんな奴が、黒子っちのそばにいるんだ。
黒子っちはバスケが好きだ。
だからバスケの強い奴に憧れる。
案の定、黒子っちは火神っちしか見てないように思えた。
火神っちも青峰っちも、黒子っちにそういう感情は持ってないってわかったけど、いつどうなるかわからない。
だからそうなる前に振り向いて欲しくて、練習も必死にして、モデルのバイトもなるべく減らし、今までにない位頑張って頑張った。
でもどうしても火神っちにも、青峰っちにも…黒子っちにも勝つことはできなくて。

黒子っち達の優勝で、ウィンターカップは幕を閉じた。

青峰っちに勝てたら、火神っちに勝てたら告白しよう。
(そうすればきっと黒子っちは振り向いてくれる)
そう決めてたオレは、早くても黒子っちと付き合えるのは夏までお預けだって思ったけど、ある事に気付いて過去最大の焦りを感じた。

原因は、赤司っち。

ウィンターカップ後から、赤司っちの黒子っちに対する態度が変わった。
って言っても、わかりやすく何かしたわけじゃないから、きっと誰も気付いてない。
黒子っちを見続けて来たオレだから、気付けた。
黒子っちに向けられる赤司っちの視線、黒子っちを見る時の、目の奥に潜む感情。
恋慕のような、愛しい者を見るような、だけど切ないような、そんな瞳。
決して「友達」に向けるものではないその目に気付いて、オレは言葉を失った。
火神っち達が最大のライバルだと思ってたらまさかのラスボス出現に、目の前が真っ暗になった。

だからオレは黒子っちに告白することにした。
玉砕することはわかってる。
でも、”今”は火神っち達に敵わなくても、いつか越えて、その内モデルとかでももっと稼げるようになって、赤司っちまでは無理だけどそれなりに地位もお金も手に入れてみせる、黒子っちを夢中にさせてみせる、幸せにしてみせるから、だから、予約ってことでお願いします。
誰も好きにならないで。
誰の物にもならないで。
そんな気持ちでした告白はミラクルを起こした。
あの時の雪景色とキレイな月明かりは、今も目の裏に焼き付いている。


天にも昇る気持ちで黒子っちと付き合い始めたオレは、その週末、黒子っちには内緒で1人京都の赤司っちを訪ねた。
そして呼び出した体育館裏で土下座した。

”黒子っちを奪らないで”

恥も外聞もプライドもかなぐり捨てて、赤司っちに必死でお願いした。
家もお金も外見…はどうかわからないけど、勉強もスポーツも、オレが赤司っちに勝てるものなんてほとんどなかった。
オレができるのは”コピー”で、そんなものどうしたって”オリジナル”には敵わない。
黒子っちを想う気持ちだけは負けない自信があったけど、気持ちだけでどうにかなる世の中じゃないことは痛いくらいに知っている。
だから、赤司っちが本気で黒子っちを手に入れようと思ったらオレは敵わない。
黒子っちも、赤司っちに告白なんてされたらそっちを選ぶに決まってる。
黒子っちもオレをずっと好きだったって言ってくれたけど、気持ちなんていつ変わるかわからない。
そんな不確かなものに期待するより、オレにできる事をしようと決めて。
オレにできたのは、赤司っちの情に訴えることだけだった。

黒子っちと付き合い始めたことと共に告げたその言葉に、赤司っちは一瞬ぽかんとした後、口元に手を当てるとなぜか震え始めた。
それが笑っているせいだと気付いたのは、抑えきれなかったであろう声が聞こえたからで。
余裕な赤司っちにイラつきながら、再度頭を下げようとしたオレに優しい言葉がかけられた。

”オレの「好き」は「そういう好き」じゃないから安心しろ”

意味がわからなかった。
赤司っちの「好き」は友情でないとオレは気付いた。
だからこうして土下座までしたのに、そのことに気付いていながら「そういう好き」…恋愛感情じゃないと言う。
友情でも恋愛でもないならなんだと言うんだ。

”…じゃあ赤司っちの「好き」ってなんスか?”

”……いつか、話せたらな”
少し哀し気な表情をした後、オレを立ち上がらせて赤司っちは告げた。

”おめでとう…黒子を、頼んだ”
その時の赤司っちの瞳は嫉妬とも羨望ともほど遠い、どこまでも穏やかで、なんて言ったらいいんだろう…そうだ、慈愛に満ちたってきっとこういうことを言うんだなって目をしてた。
頼んだって言葉なんかおかしくねえっスか?なんて思いつつ、ただ、赤司っちは大丈夫、オレを裏切らないって思ったんだ。


そうして青峰っち達にも報告して、殴られたり(解せぬ)祝福されたりしながら、オレと黒子っちは順調なお付き合いを始めた。
本当はすぐにでも黒子っちを抱きたかったけど、すぐにセックスしたがるのは愛してない証拠みたいなのを何かで読んだのを思い出して、キスとか抱きしめるぐらいで我慢する事にした。
男同士だしどうかなって思ったけど、キスも抱きしめるのも黒子っちは受け入れてくれて嬉しかったし、気持ちよかった。
抱きしめると石けんの香りがしてたまらなかった。
体まで繋いだらどんなに気持ちいいんだろうって、早く繋がりたくて仕方なかった。
三ヶ月経った頃、ちょうど連休で家が留守になる日があったから、そろそろいいかなって黒子っちを泊まりに誘ったら頷いてくれて、オレの心臓は今までにない位早くなった。

結果として、セックスはできなかった。
黒子っちに拒否られた時は泣きたくなったけど、黒子っちが泣いててビックリした。
泣き止んで欲しくて抱きしめたら、その内落ち着いてくれたからよかった。
嫌われた…?って思ったけどそうじゃないとわかってホッとした。
何にも言わなかったけど、泣くほど怖かったのかなって胸が痛んだ。
黒子っちは男なのに、オレを受け入れようとしてくれてるんだもんね、怖くないはずがないよね。
急ぎ過ぎた事を反省し、黒子っちの心の準備ができるまで待つと決めた。
…黒子っちがオレを抱きたいって言ったら何とか説得する事にして、早く繋がれたらと願いながら、黒子っちが笑ってくれるから、これでよかったんだって思った。

黒子っちはキスとか抱きしめるのは好きみたいで、それはしたそうにしてたけど、そうするとオレの我慢ができなくなるからしなかった。
残念そうにしてたしオレも本当はしたかったけど、それ以上の事をしてしまいそうだったし、それで黒子っちを傷つけたら本末転倒だからと必死に耐えた。


もうすぐキミの誕生日ですねって黒子っちに言われた。
オレの誕生日の1週間前だった。
何か欲しい物はありますかって聞かれたから、ホールケーキって答えた。
何故かキョトンとしてたけど。
でも高いし、黒子っちがくれるなら何でも嬉しいっスって言ったら、君はいつもそれですねって笑った。
好きだと思った。

誕生日に欲しい物を聞かれる事はよくあった。
オレは毎回ホールケーキって答えてる。
涼太って冗談も言うよね、おもしろいねって言われて、オレの誕生日にホールケーキをもらう事は一度もなかった。
今年はどうだろう。
黒子っちは、どうなんだろう。


6月18日。
16回目のオレの誕生日。
朝、家を出る前、何年かぶりに「姉」に声をかけられた。
彼女は家から大学に通っていた。
オレが目障りなら家を出ればいいのにと思ってたけど、オレが家を出るまで見張ってるつもりなんだろう。
何もしねーよ。
最近誰かを家に連れ込んでるみたいだけど、問題だけは起こすなと言われた。
そんな人じゃねぇって答えたら、まさか彼女かと言われた。
なんで今更そんな事を聞くんだとうっとうしくなって何も答えないでいると、勘違いするな、どうせ外見しか見てない、お前が誰かに愛されることなんてない、ずっと独りだ、だから早く死ねよ。
最後まで言い終わらない内に、オレは玄関のドアを乱暴に閉めて学校へ向かった。



その日は部活で祝ってくれて、監督が差し入れしてくれた色んな種類のケーキを皆で食べて、この高校に入ってよかったって思った。
途中黒子っちと待ち合わせて、一緒にオレの家に行った。
やけに大きい紙袋を持ってて、何くれるんだろうってワクワクした。
部屋で落ち着いて、黒子っちが紙袋から出したのはホールのショートケーキだった。
火神っちや青峰っち達とお金を出し合って買ってくれたって。
責任持って全部食べて下さいねって、食べるに決まってる。
胸がしめつけられて、泣きそうになった。
(夜お礼メールとかラインを送りまくった)
誕生日おめでとうございますって言ってくれて、今までで一番嬉しい誕生日だった。
とりあえず撮りまくって、勿体なくて中々食べれないでいたら、黒子っちはいつの間にか本を読んでた。
もっと構って欲しかった。
でもそんなとこも好き。

ちまちま食べてたら、これはボクからですって小さな袋を渡された。
鮮やかな黄色の布地に、小さなバスケットボールのイラストがプリントされたクリーナークロスが入ってた。
オレがスマホの画面を制服とかの裾で拭いてるのが気になってたんだって。
自分では気にした事なかったから、オレの事見てくれてるんだなぁって嬉しかった。

黒子っちはいつも、あったかいものをくれる。
不思議な人。
大好きな人。
ずっとずっと、そばにいたい。


ふいに、朝、彼女に言われた言葉が蘇り、気付いたら黒子っちを押し倒してた。

黒子っちが震えてるのがわかって、セックスしようとしてるんじゃないって事を必死に伝えた。
ごめんね怖がらせて。
でも、オレも怖い。
黒子っちがいなくなるのが。
黒子っちもいつか、オレを捨てるんじゃないかって。


言いたくても言えなくて、どうしようどうしようって混乱してたオレを、黒子っちは抱きしめ返してくれて。
ああ、この人になら話してもいいのかもって思ったんだ。

モデルのバイトは楽しいけど、たまに息苦しくなる。
家族仲はよくない、それどころか疎まれてる。
だから家にいても寂しい。
ずっと1人だった。
ずっと他の子達がうらやましかった。
でも今は黒子っちがいてくれるから寂しくない。
黒子っちが好きって言ってくれるから毎日楽しい、幸せ。
だからお願い、ずっとそばにいて。
オレを1人にしないで。
どこにも行かないで。
1人は、寂しい。
独りは嫌だ。

何も言わず黒子っちは聞いてくれて、時折背中をなでてくれた。

”黄瀬君は大丈夫です”

黒子っちの声が聞こえて、思わず固まる。
ああ、黒子っちまでそんな事を言うのか。
でも黒子っちは違かった。
オレが好きになった人は、そんな人じゃ、なかった。

”ボクがいますから”
ボクは君が思ってるより君の事が好きなんです。
…だから君に言われない限り、ボクは君のそばにいます。
君を1人になんかしません。
君の望む限り、ずっとずっとそばにいます。
だから黄瀬君は大丈夫です|

そう言って優しく抱きしめてくれた。
言葉の代わりに涙があふれた。

オレがずっとずっと求め続けたものは、黒子っちが持ってたんだ。

この人を好きになってよかった。
この人を、大切にしよう。
心から愛し尽くそう。

|そう誓ったんだ。





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