【黄瀬編4】の続き






誕生日の翌日、元気の無かったオレにある先生が声をかけてくれた。
茶色いロングヘアの若い女の先生だった。
音楽の先生だ。
悩み事があるなら力になるよ、話をするだけでも楽になるよって言ってくれて、オレは先生に昨日の事を話した。
全部は言いたくなかったから「家族」に愛されてると思ってたのに、本当は愛されてなかった、苦しいって言った。
そしたら先生は”それは辛いね、悲しいね”って言ってくれた。
オレの気持ちをわかってくれるんだって嬉しかった。
”可哀想…こんなに綺麗なのに”って言われたのはよくわからなかった。
オレ可哀想なの?でも皆、オレは幸せだって言うよ?
キレイなんて、男が言われても嬉しくないし。
”でも大丈夫、私が愛してあげるから”
そう言って抱きしめてくれたのが嬉しくて、服を脱がそうとする先生の手を、オレは拒めなかった。
その時の先生の目は、オレを押し倒した友達のお姉さんと同じ目だと思った。
オレはその日、童貞を失った。

それからは毎日、先生のいる教室に通った。
放課後、人気がなくなると先生はオレを抱きしめてくれた。
それ以上の事…セックスも毎回ではなかったけどした。
オレはそれがあんまり好きじゃなかったけど、大好きだからするんだよって教えてくれたからがんばった。
先生はオレを好きなんだ、愛してくれるんだって嬉しかったから。

誰にも内緒と言われた。
バレたらもう会えなくなるからって。
それは嫌だったから誰にも言わなかった。
守ってれば、偉いねって頭をなでてくれた。
涙が出そうになった。
灰色になってしまったオレの世界で、先生だけは色鮮やかに映った。


いつものように先生のいる教室を訪れたけど、その日先生はいなかった。
残念に思ったオレの目に、机の上に置かれていた雑誌が映った。
年上の女の人が表紙のそれは、いつも友達が見てるような雑誌とは雰囲気?が違って見えた。
所々付箋が貼ってあって、何気なくそのページを開いた。
そこには色んなバッグの写真があって、その1つ、ピンクの小さめな、ゴールドの鍵がついたバッグに付箋が貼ってあった。
チャイムが鳴ったのでそれ以上は見れなかったけど、先生はあのバッグが欲しいのかなって思った。
そう言えば先生と付き合ってもうすぐで1ヶ月になる。
値段は確かゆきちさんが3人ぐらいだったはず。
オレは小遣いをかき集め、ブランド名を必死に思い出し、そのブランドの入ってるお店を調べ週末買いに行った。
人生で初めての大きな買い物は、望んだ通りの結果をもたらしてくれた。
先生はとても喜んでくれて、いつもより一杯抱きしめてくれた。
プレゼントをして喜んでもらえるのって、こんなにも嬉しいんだって初めて知った。


夏休みに入る前、先生が学校を辞めると知った。
人気のある先生だったから皆残念がってたけど、オレは平気だった。
学校で会えないなら学校の外で会えばいい。
だってオレと先生は付き合ってるんだから。
そう言えば学校の外では一度も会った事無いな、デートしたいなって次の予定を考えてた。

なのに先生はお別れだって言った。
もうオレとは会わないって。

オレは嫌だと言った。
離れたくないって。
でも先生は無理だって言う。
どうして?って聞いた。
先生は嬉しそうな顔をしながら”結婚するから”と言った。
お見合いで出会った年上の会社経営者と結婚するんだって。
わけがわからなかった。
先生はオレの事が好きだったんじゃないの?
オレと付き合ってたんじゃないの?
…愛して、くれてたんじゃないの?

好きだったけど、それとこれとは別だと言われた。

”これ、あの人がくれたの”
そう言って先生は持っていたバッグをオレに見せた。
それは初めて見るバッグだった。
黒い革のようなものでできた、シルバーの鍵がついていて、オレがあげたバッグとは何もかもが正反対だった。

”これね、涼太君がくれたバッグの何倍もの値段がするんだよ。
涼太君に買えるの?
私はずっとこれが欲しかったの。
先生を辞めて、なりたかった専業主婦になるの。
だからバイバイ、楽しかったよ”

そう言って先生はいなくなった。



その日はどうやって家に戻ったのか覚えてない。
気付くと真っ暗な玄関に迎えられ、その場にうずくまって泣いた。

オレの世界はまた灰色だけになった。





それからオレは、色んな人と付き合いまくった。
みんな灰色で同じようだったから誰でもよかったけど、キレイとかかわいい子ばっかりだったと思う。
自分で言うのもなんだけど、オレに告白しようって思えるのが自分に自信のある人ばかりだったんだろうなって、後になって気がついた。
告白されて、その時付き合ってる相手がいなければOKして、欲しいと言われれば可能な限りプレゼントしたし、オレも色々もらたっし、求められれば抱いた。
もちろん避妊には気を遣った。

だってオレは欲しかった。
オレだけを愛してくれる人を。

そうじゃない人にひっかかって、またあんな目に遭うのは嫌だ。
二股とかもしなかった。
相手に失礼だと思ったし、何よりオレが嫌だった。
オレはオレだけのたった1人を、オレの欲しい「愛」をくれる人を、心から愛したかった。


体も物も求められれば与えて、与えられて。
そうして望んだ言葉をもらい続けた。
”大好き” ”愛してる”
だけどどれだけ体や言葉を重ねても、物を贈られても、心は虚しいままだった。
いつも「これじゃない」「違う」って思った。
だから付き合っても関係は長くは続かなかった。
「愛」にも色んな種類があって、オレの欲しい「愛」をこの人は持っていなかったんだ。
いつしかそう考えるようになった。
「愛」をくれる人を、求め続けた。


中学に入学して少し経った頃、モデルの面接に行けと「姉」から告げられた。
知らない間に応募してて、書類審査が通った、あとは最終面接だけだからって。
アンタの取り柄はその容姿だけだから、それで早く自立して家から出てけという言葉と共に。
もう心から泣く事も無くなっていた。

会う人が増えれば、オレの欲しい「愛」をくれる人に出逢えるかも知れない。
そう思い引き受けた。
トントン拍子で話は進み、いつの間にかモデルの肩書きを手にしていた。
「家族」には何も言われなかった。


モデルのバイトを通じて知り合った人達は皆オレを褒めた。
キレイな髪、キレイな顔、背も高くてスラッとしててオレがいると場が華やかになる、目を魅かれる、君のような逸材は久しぶりだって。
面接の時にいた、メガネをかけた人の良さそうなおじさんには何より目がいいと言われた。
”この年頃の子は大抵、もっと売れたい、有名になりたいってギラギラした目をしているものなのに、君にはそれが感じられない”
”どころか別次元…ここではないどこか遠くを見ているようで、世界に一人きりのようだ。それでいて諦めていない。まるで求道者だ”
何も言えずにいたら、その人は優しい表情をした。
”断言しよう、君は売れる、今までとは比べ物にならないほどキミの周りに人が集まるだろう。だがその外見故に、本当の君を見てくれる人は中々いないだろうね。もしそう言う人に出逢えたら大切にするといいよ”
その人は別の人に呼ばれていなくなり、なんて答えたらいいかわからなかったオレはホッとした。
”本当の君を見てくれる人は”…それは、薄々感じていた事だった。

オレを好きだって言ってくれる人はいっぱいいるけど、皆オレの外見にしか興味がない。
カッコいい、一緒にいて楽しい、運動もできて凄い、友達に自慢できるetc。
女の子といる時は大抵相手が話すのを聞いてたし、オレの事も話してって言われても聞きたがってるのはオレが何に興味があるのかとか何が欲しいの私はこれが欲しいの、今度ここ行きたいとかTVやネットの話とかそういうのばっかで、なんて言うかオレにとってはどうでもいいことばかりだった。
家族の事を聞かれる事もたまにあったけど、…先生の事があってから、そういう話を誰にもしないと決めていた。
だからあんまり仲よくないんだって適当に誤摩化すと、皆が皆口を揃えて”そうは見えない、きっと誤解してるんだよ、黄瀬君なら大丈夫”って言う。
意味が分からない。
何が誤解だ、知りもしないのに。
大丈夫って、何を根拠にそんな事が言えるんだ。
こんなにカッコ良くてキレイなのに、愛さない親なんていないんだって。
兄や弟にいたら自慢するしかないんだって。
…じゃあオレは何なんだろうね。
その内オレは家族の事を聞かれても普通だよって答えるようにした。
そうすると、オレは家族に恵まれカッコ良くてスポーツもできて、勉強はちょっとあれだけど友達も多くてモテてるけどいい奴って立ち位置になっていた。
いつも明るく笑ってるから悩みのないうらやましい奴って思われる。
それでいてオレの事が好きだと言う。
好きがよくわからなくなってきた。

おじさん(後に事務所の社長とわかった)の言葉通り、オレは雑誌に取り上げられる事がドンドン増えてった。
アンケート結果もいいみたいで、ファンレターを沢山もらうようになった。
それに伴い顔も名前も知らなかった”オレの知り合い”や”オレの友達”という人も増えて、増々多くの人に囲まれるようになった。
謂れの無い中傷や身に覚えのない嫌がらせなんかも増えたけど、別にどうってことはなかった。
あの時の絶望に比べたら、大した事無い。

そうしてオレは順調にモデル業をこなし、バイト仲間とも付き合うようになったけど、オレの欲しい「愛」をくれる人はいなかった。
与えれば与える程、与えられれば与えられる程、オレの中のなにかが削れていくようだった。
段々何が欲しいのかわからなくなっていた。



世界は色を失ったまま、中学2年を迎えた。




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