【黄瀬編5】の続き






2年になり、たまたまのぞいた体育館でオレの運命は大きく変わった。
初めて凄いと思える人に出会った。
青峰っち、赤司っち、緑間っち、紫原っち。
灰崎っちもバスケは凄かったけど、どうしても好きになれなかった。
青峰っちのプレーはどんなに真似しようとしてもできないし勝てないしで悔しかったけど、嫌な事もなにもかも忘れて熱中できるのが嬉しかった。
心の底から楽しいなんて何年ぶりだろう。
オレはバスケに夢中になった。


そこでオレは黒子っちに出逢った。


最初はなんでこんなショボい奴がって見下してた。
でも練習試合で黒子っちのプレーを見て、オレが間違ってた事に気付いた。
黒子っちはショボくなんて無かった。
チームのために自分を犠牲にするなんて、オレには到底できっこない
凄い人だと思った。

それからは態度を改めて黒子っちに接するようにした。
調子のいい奴なんて青峰っちには言われたけど、オレだってこんなこと初めてなんだから見逃して欲しい。

青峰っち達といるのは心地よかった。
何かを聞かれる事もなく、ただ話したい事を話して、バスケして、なんていうか自然体?でいられた。
青峰っちにはなんでお前がモテるんだなんてしょっちゅう言われてたけど、そんな事言われたの初めてで嬉しかった。
緑間っちや紫原っちは、オレのバスケを認めてくれてた。
カッコいいからとかじゃなく、オレが自分で選んで頑張ってる事で認めてもらえたのが嬉しかった。
黄瀬ちんより黒ちんの方がかっこいいのに~って言われた時は思いっきり頷いた。
緑間っちにラッキーアイテムだって本物の兜を渡された時はどうしようかと思ったけど、オレの星座が最下位だったからって言われて、心配してくれたんだって嬉しかった。
(その兜は今も大切にしまってある)
赤司っちは…正直何考えてるのかよくわからなかった。
でも他の人と同じように接してくれて、贔屓されるかいきなり嫌われるかが多かったオレには、嬉しかった。
ただ、同い年なのにこの落ち着き具合はなんだろうってちょっと心配だった。
桃っちはオレより黒子っちに夢中で、黒子っちの取り合いできーちゃんのバカ!なんて言ってくるのが嬉しかった。

黒子っちといるのは嬉しかった。
静かで、でも芯は熱くて、曲がった事が嫌いで、真っすぐで真面目で、誰よりもバスケが大好きな、優しい人。
一緒にいられるだけで、なんか嬉しかった。
そんな事初めてだった。

なんて言うか、女子も男子もオレに気に入られよう、好かれようって人ばっかりだったから、オレの顔色を全く気にしない、でも受け入れてくれるこの人たちが好きになった。

灰色だったオレの世界で、6人は色を宿した。



黒子っちはオレの話をよく聞いてくれた。
ただ会話の流れで口にしただけの言葉を真面目に考えて、一生懸命答えようとしてくれる。
オレそんなこと言ったっけ?ってことまで覚えてくれてて、次の日とかに”こうするのはどうですか?”って黒子っちの考えを聞かせてくれたりする。
今まで誰も、そんな風にオレの話を聞いてくれる人はいなかったから、凄く嬉しくて黒子っちになんでも話すようになった。
今までオレの周りの奴は、話を聞いてるフリして聞いてないとか、わかるふりしてだから私を見てって流れにもってくとか、いつの間にか相手の話になってたとか、ただオレの言うことにうんうん頷くだけとか、会話はしてるのに心には何も残らない動かないって事ばっかだったから。

でも黒子っちはいつでも嫌な顔1つせず、ちゃんと話を聞いててくれてるんだって返事をしてくれて、それでいて何かを押し付けるでも無く、おかしい事はおかしいってちゃんと言ってくれて、なんて言ったらいいかわかんないんだけど、オレの事を理解しようと、わかろうとしてくれてるんだって思えて、とにかくオレは黒子っちと話をするのが楽しくて嬉しくてしょうがなかった。
嫌がられたらさすがに控えようって思ってたけど、いつだって黒子っちは無表情なその顔を少し綻ばせて微笑んでくれるから、オレは毎日黒子っちの教室に通った。
黒子っちが教室にいない時は探した。
なんとなく今会わないともう会えないんじゃって不安になって、黒子っちの隣の席の奴とかに行き先を知らないか聞いたりした。
内心必死で探して、見つけられたら喜んで駆け寄ると、黒子っちはやっぱり控えめな笑顔を見せてくれるから、その顔が見たくていつも黒子っちを探した。
黒子っちが友達以上の「特別」になるのに、時間はかからなかった。

ある時、黒子っちがオレを見てる事に気付いた。

視線を感じてそっちの方を見ると、大抵黒子っちがいた。
他の人は黒子っちは見つけ辛いって言ってたけど、色づいてたからオレにはすぐわかった。
人間観察が趣味って言ってたから、オレもその対象かなって最初は気にしなかった。
でも気のせいじゃないくらいしょっ中見られてて、青峰っち達もそうなのかなって思ったけどそうでもなくて、こんなに見られてるのはオレだけっぽかった。
黒子っちを怒らせるような事しちゃったかなってドキドキしたりしたけど、そーゆー事でもなかった。
なんて言うか黒子っちの視線は、今までの誰とも違うものだった。
オレに何かを期待したり、逆に嫌悪を向けられるようなものでもなかった。
ただ見てるってわけでもなく、不快さを感じるものでもない。
なんとなく、なんとなくだけど、気のせいかもしれないけど、その視線に優しさみたいなものを感じて。
その理由はわからなかったけど、もしかして黒子っちもオレの事、オレと同じ「特別」って思ってくれてるのかなって嬉しくなった。
そう気付いてからは黒子っちの視線を感じたら、目を合わせるようにした。
そんで手を振ろうとするんだけど、その前に黒子っちはなんでかお辞儀をするから、それがまたおかしくて、オレは笑いながら手を振った。
でもそうすると黒子っちはすぐいなくなっちゃうから、ありゃって思って、なるべく気付かないフリをした。

…だけど、黒子っちの「特別」はオレだけじゃないって知った。
青峰っちと赤司っち。
バスケを止めようとしていた黒子っちを、青峰っちと赤司っちが助けた。
黒子っちが自分の力でもぎとったレギュラーだけど、2人がいなかったらバスケを辞めていたと嬉しそうに話してた。
オレは生まれて初めて嫉妬を覚えた。
でも、2人がいたから黒子っちがいるのも事実で、オレと出逢わせてくれるために頑張ってくれたんだって思ったら感謝しかなかった。


ある時赤司っちに釘を刺された。
”暴力沙汰は決して起こすな”
あまりにも急すぎて、最初何を言われてるのかわからなかった。
灰崎っちじゃあるまいし、オレ今まで一度でも暴力ふるった事あったっけ?
(灰崎っちと危なかった事はあったけど)
?が顔に出てたんだろう、おや?という表情をした赤司っちの口からとんでもない事実が飛び出した。
”「黒子がお前を誑かしレギュラーの座を維持している」一部の部員の間でそんな噂が流れてるのは知ってるな?”
大声で叫んだオレは悪くないと思う。
なんでも、黒子っちへの妬みは1年の頃からあって、率先していた先輩達が卒業し落ち着いて来てたのが、オレが入って来た事で再燃?したんだとか。
レギュラーに選ばれない鬱憤を、見下した相手にぶつける。
どこの世界でもあることだけど、それが黒子っちへ向かう事は許せなかった。
そもそも最初のオレの態度が問題だったと言われた時には凹むほど落ち込んだ。
オレが知らなかった事に驚いてたけど、何もする必要は無い、今まで通りでいいと言われた。
今まで通り、誰よりも遅くまで黒子と共に練習し、試合で結果を出す。
そうすればその内文句を言う奴はいなくなるって。
そんなんでいいのかって思ったけど、赤司っちが言うなら間違いないんだろう。
じゃあなんでこんな事話したの?って聞いたら、お前の耳に入って暴力沙汰になったらお前の評判に関わる、そうなる前に話したんだって言われた。
確かに別の人からそんな噂流れてるって聞いたら、とりあえず噂してる奴なんとしてでも見つけ出して…何するかわかんない。
”お前は帝光バスケ部の…オレの、大切な友人だからな”
まっすぐオレを見つめながら、気のせいか少し笑ったように言われて、なぜかふと、赤司っちとは一生の付き合いになるんじゃないかって気がした。
だからオレも、赤司っちは大切な友達、いや、親友っスよ!って言ったら、光栄だって返されて何か恥ずかしかった。
なんでオレが知ってると思ったのか聞いたら、てっきりオレが噂の事を知ってて、黒子っちを守るために休み時間毎に通ってるんだと思ってたって。
通ってる事を知られてた事に今度はオレがビックリしたけど、お前は目立つからなって言われて、赤司っちには言われたくないって思った。
ならなんでそんなに通ってるのか聞かれて、おしゃべりしてるんスって答えたら、”黒子だからな”って納得してた。
程々にしておけ、って台詞は聞こえないフリをした。



相変わらず灰色の世界で、だけど6人は鮮やかに色づいたまま、季節は夏を迎えた。

忘れもしない、あの日。


いつもは昼食を赤司っち達と食べるけど、その日は相談があるから2人で食べませんかって黒子っちに誘われた。
黒子っちに相談してもらえる日がこんなに早く来ると思ってなかったオレは、飛び上がるほど嬉しかった。
相談ならあんま人がいない方がいいかなって屋上にしようかと思ったけど、さすがに暑いからってんで中庭のベンチで食べる事にした。
オレはいつものように購買で適当なパンを買って、そこに向かった。
黒子っちはお弁当を持ってて、ちょっとうらやましかった。
オレは女の子に手作りのお菓子とか弁当とかを渡される事も多かったけど、全部断ってた。
例えば青峰っちとかに手作りって言われてもまだちょっと無理かなって感じだったけど、黒子っちの手作りなら食べられる、むしろ食べたいって思ってた。
手作りは受け取らないって公言してる男に、そんな事言われても困るだけだろって思ってたから絶対言わなかったけど。

黒子家の味がどんな物か知りたくて、一口だけならちょうだいって言ってみても平気かな?うん、友達なら普通だよね?なんて思ってた、ら。

黒子っちに渡された、水筒よりも2周り位大きな魔法瓶。
そこに、入ってたのは……。


オレが好きって言ってたから作ったって、黒子っちの声が聞こえる。


オレの目に映るのは、オニオングラタンスープ。
好きなものを聞かれたら、必ずコレを答えてた。
友達の家で食べて好きになったスープ。
また食べたかったけど自分で作る気にならなかったし、作ってくれる人もいなかった。
インスタントはどうしても好きになれなくて。
女の子が”得意だから作ってあげる”って言ってくれた事は結構あったけど、皆が皆”だから家に来て(家に行かせて)”ってばっかりで、オレが口にする事はなかった。
(まあ手作りは断ってたから当然っちゃ当然かも知んないけど)

それが、今、目の前に。

オレは話した内容をあんまり覚えてない。
だってどうでもいい事ばっかだから。
(約束とかはさすがに覚えてるけど)
それは黒子っちが相手でも同じで、ただ単に話をしたくて色々しゃべってただけで、話の内容なんてどうでもよかった。
ただ黒子っちが反応を返してくれるのが嬉しかった。
だから黒子っちに好きなものを聞かれて答えた事も覚えてない。
いつそんな話してたっけ?
なのに、黒子っちは、やっぱり覚えててくれてて。
家に呼ぶとか恩に着せようとする事も無く。
それどころか、黒子っちは、なんて言った?
オレが、手作りの食べ物は受け付けないって知ってて?
それでも、作ってくれたの?
おにぎりなんて、オレそんなものリクエストしたっけ?
忘れてたのに。
オレは、忘れてたのに。
黒子っちは、覚えててくれた。
黒子っちは、作ってくれた。


オレが、好きだから

オレの、ために

オレだけの、ために







なぜか突然黒子っちに謝られハンカチを差し出され、言われて気付いた。
いつの間にかオレの目から、涙がこぼれてた。


黒子っちが手を伸ばして来たからその手に触れたくて、でも右手は涙で汚れちゃったから左手で受け止めた。
オレのために、スープとおにぎりを作ってくれた、あったかい手。
手の温もりが、確かにある体温が嬉しくて涙はあふれ続けた。
涙は悲しくて流すものだと思ってた。
だけど、今は。
胸が締めつけられるように切なくて、でもあったかくて、…幸せで。
ああ、嬉しくても人は泣くんだと初めて知った。

その涙が灰色を落とすように、黒子っちを中心に世界はじわじわと色づいていって。



何故か黒子っちの目からも涙がこぼれてた。
どうしたのって聞いたらオレのが移ったなんて言うから、じゃあいい涙だって思った。
黒子っちも嬉しいんだと思ったら増々嬉しくなって。
黒子っちと2人で笑い合った。






その日から、オレの世界はまた色鮮やかになった。
黒子っちのいるこの世界は、キレイだと思った。
黒子っちの髪色に似た青い空を、オレは一生忘れないだろう。



黒子っちに、恋をした。




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